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光たる英雄の闇なる思い出
死神は好きなまま、敵も味方も掻き乱す
しおりを挟む南亜郡南部国境 東側 メイセイ隊の持ち場
楚南より出撃した覇攻軍主力部隊のうち、最も早く剣合国軍と激突したのは、ウォンデの副将を務めるディチス・オグルスだった。
単純な武力のみに特化した「夜襲の壊し屋」に代わり、部隊の指揮や作戦立案を担う為、彼は実質的なウォンデ隊の司令官と言うべき存在である。
今でこそ大将の覇梁や、六華将の纏め役たるガトレイが楚南に駐屯している為、従属国部隊の統括は行っていないが、両者がこの地に到着するまではその任務にも就いていた。
そんな彼がメイセイと対峙して早一刻。戦況はメイセイ隊の優勢に進んでいた。
「……ふむ、「飛雷将」の名を謳うだけあって、流石に強い。攻める筈の我等が、よもや反撃に遭って逆に攻められるとは」
メイセイ隊七千 対 オグルス隊一万。
メイセイは兵数の不利を自らの武力で補うべく、普段通り先頭を切り進んでいた。
オグルスにとっての問題は、その武力が予想の二回りほど上を行った事である。
列国に名の知れた猛将が相手であれど、ウォンデの代わりに用兵を司ってきた自分ならば充分に対応できるだろうと思っていただけに、この状況は彼を困らせた。
「うおおぉぉーー!! メイセイ将軍に続けェ!! 覇攻軍を返り討ちだァーー!!」
「雷が如き我等の攻め! その身で知るがいい!!」
メイセイ隊の精鋭は、オグルスの迎撃戦術をものともせずに突き進む。
メイセイ本人の武勇も然ることながら、彼の勇姿に当てられた後続の兵士達もまた、オグルスにとっての脅威足り得た。
(個の力に頼った単純な突撃に見えて、実は本能的に練り込まれた集団戦術という訳か。……あれを止めるには、連れてきた戦力が少々足らぬな。さて、どうすべきか…………む?)
ふと、オグルスは自分の隣に微かな気配を感じた。
指揮官である以前に武人である彼だからこそ、比較的早くに気付けたのだ。
「なっ!? お前達……いつの間に……!?」
彼の左側には、忽然と現れた二人組が立っていた。
一人は白のローブを身に纏い、これまた白色の宝石に飾られた杖を持つ青年だ。
年相応の若者に見合う平均的な体躯という以外、これといった特徴はない。
逆を言えば、戦場で役に立つとは思えず、どこか頼りない印象を受ける姿だった。
そしてもう一人は、筋骨隆々なる全身を漆黒のローブで包み込み、蛇の様に湾曲した大剣を軽々と背負う大男。
邪気と憎悪に満ちた深青の右目で戦場を睨みつけ、オグルスからは見えない部分となっている顔の左半分に、赤く刻まれた痣を持っている。
「……ここが、奴等の言う “決戦の地” か」
自称「死神の死神」こと、貴幽であった。
彼は続けて語る。酷く淀んだ闇色の声をもって、独り言の様に。
「かの「終生王」は、“先ずは威を示せ” と言った。眼前に群がる剣合国軍どもが、適度に良い獲物だろう」
(「終生王」だと? ……この大男、張軍錝将軍・セルファイナの手の者か?)
「……おい、この軍の将である貴様」
「……名乗りもせずに貴様呼ばわりされる筋合いはないわ。いったいお前達は何者だ」
「黙って見ていろ。俺の力で、貴様等の敵を押し返してやる」
「………………」
顔も合わせないまま、貴幽は最前線へ向けて歩き出した。
無礼が過ぎる貴幽の言動に、オグルスは多少の怒りを抱くものの、貴幽から放たれる強烈な武の気配に利用価値を見出だして沈黙した。
すると、貴幽に付き従う青年が代わりに詫びる。
「無作法で申し訳ありません。見ていただければ分かるでしょうが、なにぶん訳有りでして。……とにかく今は、あの人に任せてみて下さい」
「……ふん。余裕綽々だが、メイセイは手強いぞ。返り討ちに遭って徒に現場を混乱させる様であれば、お前にも責を負ってもらうからな」
「御安心ください。敵将も相当な殺り手でしょうが、あの人だって負けてはいません。寧ろ当然の様に勝つでしょう。……何せ、背負う “もの” が違いすぎますから」
「……そう言うあやつは、何を背負っているのだ?」
「大いなる死神から世界の秩序を守る、一族としての責務です」
その答えを聞いて、オグルスは夢物語だなと思った。
信じるどころか馬鹿にすらしていたし、何をもって “死神” を定義し、何をもって “世界の秩序” を守るのかと、部外者である彼には一切分からなかったのである。
兎も角、そうこうしている内に、貴幽は存在を霞ませながら乱戦場に躍り出た。
そして得物の大剣を手に取り、剣合国軍の一小隊を相手に一閃を繰り出す。
「……ふんっ……!」
静かなる一撃は、音も立てずに数十人を葬り去り、貴幽の前方に広い空間を作った。
「な、何事だ!? 第八備の奴等が一瞬にして殺られたぞ!?」
「……!? おい、あんな大男、さっきまで居たか!?」
粉砕された小隊に続く味方部隊が、一拍遅れて異変に気付く。
気付いて、明らかに異質な存在を前にして、本能的に萎縮した。
どんな強敵が相手でも恐れずに突撃する、メイセイ自慢の精鋭兵達が、「こいつとは戦うべきではない」と、肌で感じ取ったのだ。
また、貴幽の出現に動揺したのは、覇攻軍側も同じだった。
彼等からすれば、無名の猛者が味方してくれた事になるのだが、貴幽の放つ威圧感が味方とは思えない程に禍々しい為、とてもじゃないが近寄ろうとは思えなかった。
「敵将出やえ! 俺の名は貴幽! 我が力を示す為、貴様らの前に立つ!!」
敵味方の双方が硬直する中、貴幽は大剣を地面に突き刺して、軽く大地を揺らした。
それだけで充分な程に、辺り一帯の戦闘行為は停止する。
即ち、貴幽の咆哮は、メイセイの許まで何の障害もなく届いた。
「…………陳樊、全軍の指揮は任せたぞ。俺は奴を討ちに行く」
副将の陳樊に集団戦を一任したメイセイは、馬首を変えて貴幽に迫る。
その上で彼は、駆ける最中、貴幽の言動を軽蔑する。
(淡咲・キャンディ・ナイツ殿が対峙し、三人ともが軽くあしらわれたという大男……貴幽。目的は涼周の殺害だと言うが……それのためなら、覇攻軍にすら魂を売り付けるか)
「そんな屑が! このメイセイに敵うと思うのかっ!!」
間合いを詰めたメイセイが、馬上から盛大に斬りかかる。
貴幽はそれを簡単に受け止めて尚、押されず踏み留まった。
互いの得物は火花を散らし、両者の一騎討ちは押しも押されぬ力比べに発展した。
「…………他の者と違い、貴様は心の中に穴を持たぬ様だ。後々まで生きてさえいれば、良き名将となっただろう」
「フン、死に際の詩をほざく暇は無いぞ。この丁度良い機会に、皆の嘗めた辛酸は俺が精算する!! 今すぐ死に失せろっ!!」
馬上の優位を以て、メイセイの大剣に勢いが増す。
仲間や大切な主の家族を苦しめる敵を、是が非でも討ち倒すべく、彼は何時も以上に血気に逸り、何時も以上に隻眼の睨みを強めて見せた。
だが、それに呼応もしくは反転利用する形で、貴幽の得物にも禍々しき覇気が宿る。
「貴様は強い。……だが! 俺とでは覚悟が違いすぎる!!」
刹那。振り上げた貴幽の大剣によって、メイセイの大剣が粉砕された。
そして次の一閃を、メイセイはまともに受けてしまった。
(ぬぐっ!? ……屑ごときに……この俺が…………不覚だ……!)
「メイセイ将軍ーーーッ!!?」
貴幽の乱入によって、戦況は逆転した。
メイセイ隊は大きく崩され、戦線の後退を余儀なくされたのだった。
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