大戦乱記

バッファローウォーズ

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死神が呼ぶもの

『モノ』の話

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 場所は変わって松唐軍・律聖騎士団連合の本陣では、松唐、竹禅、鈍寧、モスクの四名が、明日以降の動向について協議していた。

 侵攻を開始して今に至るまで、ろくに顔を合わせる事すらしなかった両軍の諸将が、事ここに至って言葉を交わす理由。
それは無論、グラルガルナを発ったマヤ家の主力軍が、敵の援軍として乱入するとの報告がもたらされたからだ。

「さぁて……本当にどうするよ松唐の旦那。ウチもお宅も疲弊してるところに、万全な奴等が突っ込んできたら……さすがにタダじゃ済まんだろうぜ。武運悪けりゃ、間違いなく詰む」

「……その前に、承土の小倅は何処へ行った」

「さぁね。数百騎の部下ともども、気付いたら居なくなってたぜ。抑々、お宅の持ち場から敵陣に突っ込んでったんだろ? なら、そっちが知らない時点で、俺等が知る由もねぇさ。……ただ、部下が丸々居なくなった事から察すると、敵に捕まった訳じゃねぇだろう」

「案外この戦に見切りをつけて、さっさと帰国したかもよ?」

「ふっ……紛いモンの繋ぎ役すら帰ったってよ。本当にどうする、松唐の旦那?」

 軽々と言うモスクに釣られ、鈍寧は揚々と含み笑いを浮かべる。

 然し松唐からしたら、それの何が面白いのか、という感情であった。
彼は鈍寧とモスクの不謹慎な言動を前にして、目に見えて不機嫌な様を顕す。

「危機感の欠けた若輩どもが、もっと現状を重く捉えて発言せぬか。……今日の戦いでもそうだ。鈍寧、モスク。貴様等、なぜ攻撃の手を抜いた。当方が果敢に攻める傍ら、貴様等の部隊だけが日和見ぞ」

「……言いがかりはよせや。一軍の大将ともなれば、基本は後方待機だろうが。モスク殿に関しても、相手が輝士隊じゃあ慎重にならざるを得ねぇ。誰しもが皆、お宅等みたいに好戦的な大将や軍じゃねぇんだ。戦に酔ってんのかしらねぇが……お宅の戦う意義を、こっちにまで押し付けんな」

「……何だと? 鈍寧……貴様、あくまでも自分の怠慢を、当方の狂気と理由付けるのか」

「そうじゃねぇ。此方には此方の戦い方があって、お宅にはお宅の戦い方があるってだけの話だ。そう熱くなるなよ」

 承咨を介して共闘の約定を結んだだけである手前、自軍の方針を主でもない松唐に指図されるつもりはない。
今はただ、今後の方針を相談しているに過ぎないのだ。

「……ともあれ、マヤ家の精鋭軍が来る前に、俺達も何かしらの手を打つ必要がある。形成不利を危惧するなら撤退を……犠牲を払ってでも勝利を狙うなら連携を」

「自由気ままな貴様等と、歩調が合うとは到底思えん」

「そんなら仲良く撤退だ。剣合国・沛国・マヤ家の連合軍を相手にして、ウチもお宅等も単独じゃ敵わねぇし……それこそ今後を想定するなら、戦略的撤退は間違いじゃねぇ」

「……不甲斐ない貴様等のせいで退く事になるとは、甚だ屈辱だ」

「けっ、不甲斐なくて悪かったな。……でもよ、此方は此方で敵の本陣を撹乱してやったんだぜ? ウチの若ぇ隊長が決死の想いで……な」

 と、そこでモスクがどうでもいいツッコミを入れる。

「……ちょっといい鈍寧殿。その言い方だと、私が年増みたいに聞こえるんですが」

「おー、悪い悪い。若いモスク殿より “更に若い隊長” ……で、いいかい?」

「ナイスッ!」

 満足げに親指を立てるモスクを他所に、鈍寧は尚も言い返す。

「…………ともあれ、お宅等だって好機を活かせられなかったって訳だ。人のことを悪く言う前に、まず自分達の力が及ばなかった原因や、何が悪かったぐらいは見つめ直そうぜ」

「鈍寧……! 貴様っ……!」

 松唐は自分の軍勢が格下と言われた様で、心の内に激情の火を灯した。
軍勢規模・将兵の士気・戦場での働きに於いて、松国軍は律聖騎士団より上という意識があっただけに、彼の抱いた怒りは殊更大きかったと言える。

 そして勢いよく席を立ったと同時、松唐は剣に手をかけた。
敵視に限りなく近い睨みを利かせつつ、「次の一言次第では遠慮なく斬り捨ててやる」とばかりに並々ならぬ殺気を放ちながら。

「おー、殺るかい? ……いいぜ、こちとらまだ戦ってねぇから力余りまくりよ」

 鈍寧に関しても怯む様子は全く見られず、彼は椅子に深く腰掛けた状態のまま、如何にも挑戦的な一言を返した。

 しかも、その余裕綽々な言動は、ただの剛胆ではない。鈍寧自身が、己の武勇に相当な自信を持っているからこそ、とれる態度だった。
別の言い方をすれば、着座したままでも松唐と殺り合える自信が、鈍寧にはあったのだ。

「元々いがみ合ってた俺達が、承土軍の説得で単純な利益を求めた結果、同じ方角へ矛を向けただけの話だ。和解して仲良くなった訳でもなけりゃ……こうなって当然。寧ろこれこそが俺達の平常とすら思える」

 協力体制の形成・維持は不可能と判断して、売られた喧嘩を素直に買う鈍寧。

「俺からすれば、絆によって成り立つ剣合国・沛国連合軍に比べ、利益によって集まったウチの連合は、共通の餌を見付けた犬と猿が同じ方角へ走っているに過ぎない。いつかは再び争う事になり……それが餌を手にしようとした時か、走っている最中になるのか……違いはそれだけだ。
――俺自身……言いながら思うさ。…………疲れるんだよ、そういう先の無ェ争いが……」

「…………鈍寧、貴様は将としての才能に欠ける部分があるな」

「だろうな。俺は所詮、生半可な武力を持っただけの浮世の騎士だ。刃を振るおうにも、振ってやれる『モノ』がねぇのさ」

「“モノ” とは、主君の事か。それとも戦いに向ける貴様個人の意義か」

「お宅の想像に任せる。この際だ。好きな様に解釈してくれ」

「………………」

 鈍寧の精神的消耗を垣間見た松唐は、怒りを自然沈下させた。
然し、それは同情という優しさではなく、ただ単純な呆れだった。

「……本当に、やる気が無いようだな。
――もうよい。今後、我等は我等で動いていく。一先ず、明日にでも陣を払う」

「なら俺もそうするかな。……モスク殿も、それでいいか?」

「えぇ、私もそれで構いませんよ。……承土軍から送られた特使殿だって勝手に居なくなったぐらいですし……私達が無理をしてまで、彼等にこれ以上の義理立てを続ける必要はない筈です。マヤ家の軍勢が来る前に、ささっと引き上げましょうか」

 軍議に参加する全員が、連合解散および戦略的撤退を決めた。
目に見えて鋭気に欠ける鈍寧。友軍の戦意の低さから、自分達の士気さえ損なわれた見る松唐と竹禅。鈍寧の気持ちが分かるからこそ、奮い立たせる事ができないモスク。
連合軍上層部がこの有り様では、解散も致し方なしであった。

 松唐と竹禅、鈍寧とモスクの二組は、互いに労いの言葉を掛けるでもなく、静かに自陣へと戻っていった。

 その途中、モスクは隣を歩く鈍寧に何気なく尋ねる。

「ねぇ、鈍寧殿。さっき柄にもなく弱気を見せたけど、あれって態とだったりする?」

「態とだって言ったら、どう思ってくれる?」

 鈍寧もまた、遠慮しないモスクに平然と答えた。
モスクは唇の端を緩めて見せるや、陽の気を纏った上目遣いを返す。

「ふふっ……流石は鈍寧殿。やっぱり強いね。お陰で何事もなく帰れそうだよ」

「……強いね……か。いや、そうでもないさ」

 右側を歩くモスクに悟らせないよう、鈍寧は左側の唇を僅かに噛んだ。



「日没を前に松唐軍の攻撃は止み、それに呼応する形で律聖騎士団も兵を下げた。
剣合国・沛国連合軍は数的不利に加え、本陣で発生した異変を抱えた状態でありながら、大一番と言える激戦を耐え凌ぐことに成功したのだ。
これは連合軍将兵の間を繋ぐ絆と、侵略者に対する退けぬ想いが顕れた結果と言える。

 そして夜になり、攻守ともに甚大な被害を出した両連合軍が態勢の建て直しを図っていた矢先、マヤ家の私兵軍三万がグラルガルナを出陣したとの報告がもたらされた。
これによって両連合軍の士気の差は、火を見るより明らかとなり、松唐軍および律聖騎士団は夜の内に撤退を決断。翌朝早々に兵を退いた。

 後の臨沮リンショ守将長・鈍寧によれば、この時、承土軍を介して戦前に結ばれた協力関係も潰え、両勢力は再び犬猿の仲になったとされる。
 敵連合の退却とともに、沛国防衛に死力を尽くした味方連合の諸隊も解散。あの御方も一旦、キャンディやナイツと共に義士城へ帰還した」
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