大戦乱記

バッファローウォーズ

文字の大きさ
上 下
401 / 448
死神が呼ぶもの

囲み囲まれ強兵の連撃

しおりを挟む

 真っ黒な雨雲を抱える天空より眺めれば、今の状況は次の様になっている。

 本陣中央もとい輝士兵達が組んでいる円陣の中央で、ナイツ・承咨・シバァの三名が貴幽を足止めする一方、涼周とキャンディは護衛兵に守られながら本陣脱出を試みていた。

 韓任隊の方向に位置する円陣の一角では、ナイツの引き連れてきた騎兵と円陣を成す本陣守備兵が、母子を狙う所属不明の敵兵を内外より挟撃。彼等はナイツの命じた血路の確保に専念していたが、今のところ半分ほどしか出来ておらず、異様な威勢で突撃する敵兵に押し負けてすらいた。

「くそっ……! 本当に何なのだ、こやつ等は!? 粘り強いなんてものではないぞ!?」

「いい加減にして消えやがれ! 鬱陶しいんだよっ!」

「道だ! 俺達が壁になって、とにかく道を作るんだ!!」

 キャンディ・涼周ともに戦闘不能状態にある中、輝士兵達は一層奮戦する。

 然し、激情を力に変えた奮起・奮戦をもってしても、母子を狙って四方八方から湧き出る異形の敵兵を突破する事は至難を極めた。

 何せこの敵は、切っても切っても全く怯まず、戦闘不能となっても瞬く間に復活し、異様な殺意を以て母子へ突撃するという面倒この上ない存在。
熱のない威勢は具現化した怨念そのものとばかりに凄まじく、光のない瞳は目前の輝士兵を貫いてキャンディと涼周を捕捉する。
全ての動きが、存在そのものが、母子へ向いていた。

 するとここで、外にあっては気勢を上げる輝士兵達が、静かな不審を内に抱いた。

(こいつらが不気味すぎるのは確かだか……)

(何故か……キャンディ様が必要以上に恐れている気がする)

(あの大男は兎も角……こんな自我も持たぬ敵に、キャンディ様が遅れを取る筈ないのだが……。一体どうされたというのだ?)

 それは、依然として勢いのないキャンディへ向ける疑問だった。
普段の彼女であれば、雑魚の群れなど簡単に吹き飛ばす。理不尽とも言える圧倒的な力で遠く遠くまで吹き飛ばし、我が物顔で前進する。
例え怪我を負っていても、この状況で示される彼女の母性愛からすれば些事の筈だ。

 然し、今回に関して言えば、良くも悪くも唯我独尊な彼女に反する劣勢だった。

(……ともあれ、今は我等が何とかしなければならないのだが……)

 現状、護衛の輝士兵達がキャンディの刃となっている。
彼等は改めて、前方に群がる敵兵を睨み付けた。

「この不気味連中……本当に鬱陶しいっ!!」

「ふざけるな! これじゃあ、いくら切ってもキリがないぞ!」

「くっ……! せめてあと一手。内側の我々と挟む外側に……あと一手あれば!」

 殺意の眼差しとともに振るう刃は、半ば八つ当たりのそれであった。
負の感情に左右されないよう訓練されたナイツ直下兵をしても、これ程まで執拗かつ不気味な敵を相手にすれば、冷静を失っても仕方のない事。

 特に今の戦力では、防御に徹するだけで精一杯。純粋な攻撃力が足りておらず、迫り来る敵を切り伏せても即座に次の敵が迫り来る状況では、確かな焦りを抱いて当然だった。

「……ん?」

 その最中である。護衛兵達が血路を開かんと円陣の外側を望んだ時、彼等はナイツが連れてきた輝士兵以外の集団を見た。
悪天候が影響して上手く視認できないものの、その集団は確かに猛接近し――

「涼周殿ォォーー!! ヨゴ族の戦士が、お助けに参りましたぞォォォーー!!」

『うおおぉぉぉーー!!』

 内外の輝士兵と連携してトライアングルを築く様に、ヨゴ族長・マルシュが率いる一千名は敢然と突入した。

「おっ、おぉ!? 味方だ! 営水様の指揮下にある豪族兵達だ!!」

「援軍だ! 助かったぞ! これで突破できる!!」

 活きの良いヨゴ族隊の参戦で、この場の流れは好転した。
外側に二つと内側に一つの攻め手が通用し、貴幽の生み出した敵兵を突き崩す。

「よし、よしよし! もう少し、もう少しだ! もう少しで突破できる!!」

「キャンディ様! もうじき道が開けます! 走り出す用意をお願いします!」

「後ろの備えは我等にお任せを!! 道が出来次第、韓任将軍のもとまでまっしぐらに駆けてください!!」

「貴方達……ありがとう……!」

 輝士兵の奮戦と豪族兵の突撃が、か細いながらも一本の道を生み出し始めた。
秒を追って出来上がるそれは、兵達が体を張って維持する道であり、尽くすべき存在の為に気合いと根性を尽くした証と言える。

「っ!! 開けた! キャンディ様! お早く――ってハヤァァーー!?」

 最前衛を切り進んでいた護衛兵が、外側の味方と合流して道が繋がったと確信した次の瞬間、キャンディは既に目前を駆け抜けていた。
その瞬速の出来事と脱出成功への安堵に、輝士兵・豪族兵達はついつい笑みを溢す。

 だが、気を緩めるのはまだ早い。
何故なら、敵兵の意識は依然としてキャンディと涼周へ向けられており、その二人が本陣を脱して外へ逃げ出すや否や、敵兵の群れも当然の様に二人を追いかけ始めたからだ。
しかも貴幽の指示があった訳でもないのに、全ての敵兵が同時に進行方向を改める光景は、不気味を通り越して恐怖心すら駆り立てる。

 現に、この異様が過ぎる光景を前にした輝士兵・豪族兵はゾッとした。

「くっ、こいつ等! まだやるつもりか! 本当にしつこいな!」

「ヨゴ族の部隊は御二人を韓任将軍のもとへ送り届けてくれ! 殿は我等が引き受けた!」

「承知した! だがヨゴ族の戦士も、前衛の者はこの場に残れ! 後衛の者は涼周様と御母堂を囲む円陣を作りながら反転! 味方の陣営に避難するぞ!!」

 ヨゴ族長・マルシュは、連れてきた千名を二手に分けた。
敵と深く噛み合った前衛の五百名には輝士兵を手伝わせ、連携して殿に当たらせる。
後衛には母子の護衛を任せ、マルシュ本人も前衛から移って直接的な指揮を執る。

 涼周とキャンディは当面の危機を脱し、周囲と背後を守るのは屈強な猛兵達。
これにより、味方本陣で突如起こった戦闘も一時的な落ち着きを見せるかに思えた。

「……ん? ……族長、南西の方より騎馬隊が近付いています」

「何? 騎馬隊だと? ……おかしいな。営水殿もルーキン殿も、騎兵を出す余力など無い筈。韓任殿の騎兵にしても、来るなら東からだろうに…………まさか!?」

 然し、戦場とはやはり残酷であった。
恐怖に怯える幼子を虐め尽くすかの様に、一難が去ってまた一難が訪れるのだ。

「族長っ! あの騎馬隊、味方を蹴散らしてこっちに突っ込んで来ます! 敵です!」

「奴等、強いぞ!? いったいどこの騎馬隊だ。……あっ!? あの旗印は!?」

 悪天候を利用して、本陣の裏側まで迂回機動を成功させた騎馬小隊。
彼等は僅かに残っていた守備兵を瞬殺するや、涼周達の方へ向かってきた。

「『司』です! 旗印は『司』!! 「将狩りの司福シフク」ですっ!!」

「な、なんだとぉぉっ!!?」

 何の因果か、マルシュ達の属していた松国に「将狩り」の異名で恐れられる司福と、律聖騎士団の双璧を成した彼女の父・司武シブの手足となった古強者達だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...