382 / 448
南攻北守
前哨戦 対松唐軍
しおりを挟む前線陣地を突破した松唐軍五万は、 勢いを保持したまま沛国深くまで侵入した。
対松唐軍の指揮官・カタイギは後手に回り、一斉避難を始めた民衆も安全圏まで辿り着いていなかった。
「進め進めェーー!! 拠点制圧は親父に任せ、俺等は一陣の風となって突き進めェーー!!」
主将達を差し置いて強引に先陣を受け持った者は、嫡男の松留だった。
二万の軍勢と共に前線地帯を駆け抜ける事で、カタイギや各所の守備隊を出し抜き、沛国本軍が迎撃態勢を整えるより先に恭紳城(沛国軍本拠地)を急襲しようと考えたのだ。
事実、この電撃的な進軍は大きな効果を発揮し、道中に点在する集落や陣所の守備隊は、松留の思惑通り混乱をきたす。
「松唐軍だ!? 奴等、もうこんな所まで……!?」
「ガンガン進んでるぞ!? どうする!? 迎撃するのか!?」
「ふざけんな……! あんな大部隊に挑んだら一撃で返り討ちに遭っちまう!」
「じゃあ見過ごすのか!? 郊外は避難を開始した民で溢れてるんだぞ!? あれをそのまま進ませたら、どうなるかぐらい分かるだろ!!」
「だがこんな寡兵ではどうにもできんだろ! 何より、カタイギ将軍の指示が何もないのだ! 下手に動く訳にもいかん!!」
各拠点に残留する数百名の兵士達は、自分達を無視して疾走する松留大隊を前に指を咥える事しかできなかった。
それはマヤメン直伝の足止め戦法を指示すべきカタイギやオバインが、侵攻の全体図を把握できていなかった事に加え、沛国兵の真面目な性格が仇となり、指示が出るまで守備に徹するという判断しかできなかったのだ。
「しょ!? 松唐軍だぁぁーー!? 敵軍が追い掛けて来たぞぉーー!!」
「いっ!? 急げ急げ急げ!? 急いで逃げろっ!?」
「きゃあぁっ!? 待って!? 助けて! うちの子が!? うちの子がぁぁーー!?」
それ即ち、沛国軍は松唐軍先陣の足止めに失敗。
難民は郊外へ出た事が裏目となり、松留に背後を晒してしまう。
「おっほぉ! 兵も民も爺も女も、みーんな慌てふためいてやがる! 気分良いねぇー!
――でもまっ、路傍の石ころ程度の存在に時間掛ける必要はねぇ。気にせず突破だ!!」
『オッシャャアァーー!!』
先手必勝による圧倒的優勢が松留隊を大いに勇ませるものの、彼等には拠点の守備隊は元より、混乱を極めて逃げ惑う難民すら眼中にない。
狙うのは沛国の豊かな国土と人的資源であり、占領後の財産となる物に、害を加える気は毛頭ない様子だっだ。
それに関しては、松唐軍がただの獣ではないと言えるだろう。
「松留様! 伝令です! 律聖騎士団は陣地攻略に手こずり、未だに歩を止めているとの事! このまま行けば、我等が先に恭紳城へ迫れます!」
「ダーハッハッハッ!! そうかそうか! それは良い!! お前ら! このまま突っ切れば俺達の先取り勝ちだぜ! 気合い入れてついてこいよぉ!!」
『オオオォォーー!!』
激励は見事に成功し、速まった進軍速度に兵達はすかさず適応した。
更なる勢いを得て勝利を確信した松留は、一人ほくそ笑む。
「へッへッへ、邪魔者の居ねぇ戦場を駆けるってのも、最っ高に気持ちが良いぜ! ……承土本軍の途中離脱に焦り、豚みてぇな重氏と手を組むのは反吐が出たけどよ……要は結果だわな。奴等より先んじて沛国中枢を押さえりゃ、後は此方のもんだ! 有無を言わせずに重氏すら従えて、次は剣合国を落としてやらあ!!」
若武者・松留の脳裏には、三国に『松』の旗を靡かせる光景が浮かんでいた。
それが士気を奮わす要因となり、足を速める事に繋がるのは言うまでもない。阻む存在が目前に見えなければ、尚更だろう。
「ん!? 隊長っ! 十一時方向に敵発見! 十一時方向に敵でさぁ!!」
「ちっ! ふざけやがって……! 一撃でぶっ飛ばしてやる!!」
だが、それでも阻む存在が居ないのは言い過ぎであり、爆走する松留隊の北北西より、それは数千の騎馬隊として姿を顕した。
紅の軍装を身に纏い、猛々しくも気品を感じさせる義士風を醸し出しながら、赤地の布に火龍の刺繍を施した旗を靡かせる存在――
「うへっへへへ、このとっちゃん坊やが、人様の土地で好き勝手すんじゃねぇよ!」
「ある意味ではシィ兄さんも人のこと言えないけどねぇー」
義に厚いマヤ家が誇る烈火の二番銃・マヤシィと、末娘のマヤトゥー。それと同家が抱える精鋭私兵・グラルガルナ兵が立ちはだかったのだ。
「二千……いや三千っ! マヤ家のグラルガルナ兵三千だ! 隊長、どうしやすか!?」
「びびんな! 此方は二万超えだ! 数で押し潰せェェ!!」
一時停止することもなく、松留大隊二万は突撃した。
ただし、本格的な戦闘かつ侮れない敵ということもあって、松留は中衛に入って全体の指揮に徹し、前衛の第一陣は腹心の武官が受け持つ。
松留の腹心は上がりに上がった士気と圧倒的な数が影響して、相手がマヤ家の精鋭部隊である事も気にせず、勇敢に挑む。
「うおおぉぉぉーー!! 我等を邪魔する者は一人として――がぼぉっ!?」
然し、腹心の武官はマヤシィ隊と交戦するよりも先に、南西の林から狙撃されて絶命。
呆気なく、そして情けない討ち死にであった。
「え……隊長っ!? 一体なにが――ぐぎぃっ!?」
「うわあぁっ!? 伏兵だ!? 伏兵による射げ――あがぁっ……!?」
上官の突然死に続き、次は鉛の雨が松唐軍兵を横殴りに射殺しまくる。
文字通り「弾幕」と言える容赦なき一斉射撃の、連続射撃であった。
「削りが浅い。二列目は射撃角を五分右へ調整しなさい。それで敵の前衛は崩壊する」
林の中より銃撃音のみを響かせる寡黙な鬼銃兵。その将はマヤ家の三番銃・マヤメン。
マヤ家随一の用兵と知略を誇る名人にして、沛国に派遣されていた一級指揮官である。
「うおぉらぁぁーー!! どーけどけどけどけどけぇぇーー!! 三国無双のマヤシィ様がお通りだぁーー!!」
「ファァーー!! 雑魚共が道を開けよォーー!! 我等が大将のお通りだァーー!!」
「殺されたくなければ死んで道を開けろォ!! 魂で逃げろォ!! 今は邪魔だから動くなァ!!」
そしてマヤメンの言う通り、彼の銃兵隊による連続射撃が松留大隊の前衛を撃ち崩すや否や、絶妙なタイミングでマヤシィの騎馬隊が凄絶に突入。
松留に指揮を執らす暇すら与えず、何倍もの敵を正面から圧倒し始めた。
「ちっ、些か舐めすぎたな……! 言わば地の利は向こうにあり……ってか」
伏兵射撃に適した林、急襲突撃に適した高地。
それらの「利」は全て、この地を足止めの最終ラインと定めていたマヤメンと、兵站を無視してまで駆けつけたマヤシィ達によって抑えられていた。
松留は速さを活かした進軍で沛国陣営の麻痺を狙っていたが、マヤメンの対応力とマヤシィの機転がそれに勝り、松留はまんまと誘い込まれる形になったのだ。
「……逃げるなんて俺の柄じゃねぇが、こうなった以上、無駄に兵を減らす訳にもいかねぇな。……ここは一旦出直すぜ! 下がれお前ら!」
そして松留は、勢いに強い純然な猛将でありがら、マヤシィやマヤメンが自棄になって勝てる敵でない事を知っている。
彼は悔しい思いを抑えつつ、即座に撤退を決断し、自らが殿となって主力を逃がす。
戦場に彼が残るのは、せめてもの責任を果たすと同時、八つ当たりもあっただろう。
松留は半ば暴れる様に武勇を奮い、魔力を昂らせ、追撃に移るマヤシィ隊を足止めした後に、たった一騎となって踵を返した。
「へっへへ、あのガキんちょ、名誉好きな松唐の息子の癖に、抑えるとこは抑えてやがる。ただのとっちゃん坊やじゃなかった訳だが……無理してでも討っとくべきだったか?」
「討ち漏らしとは兄上らしくない。味方の為に必死となる姿に情でも沸きましたか?」
一方的な被害を出しつつも撤退に成功した松留大隊を遠くに見据えながら、マヤシィとマヤメンの兄弟は静かに語る。
二人およびグラルガルナ精鋭兵の周囲には、夥しい数の松唐軍兵の死体が散乱していた。
皆が皆、勇敢にも名を惜しんで前を向いて死んでいた。
マヤシィは良い兵だと思いつつも、半ば玉砕に近かった殿部隊に哀れみを抱く。
「いやな、殺り過ぎても良くねぇかなぁ……とか思ったり思わなかったりしてよ」
「どっちかはっきりしてください。それと、要らぬ余念は足枷ですよ。……如何に兄上が強くとも、足下は確かに存在するんですからね」
「分かってらぁにメンメン。さっ、孤立してる沛国兵の拾集に向かうぜ」
「……前線は私達に任せ、マヤトゥーは難民の避難を手伝ってあげなさい」
「はぁーい。了解でーす」
「“はい” の発音は整えて。それと、後方部隊の顔は君なのだから真面目にやりなさい」
「はぁー…………はいっ……!」
兄妹に厳しいマヤメンの小言に、マヤトゥーは溜め息を吐きそうになって……途中で止めて一瞬だけ真面目に答えた。
マヤシィはそれを見てニヒルに笑い、マヤメンは「時間が惜しいからそれで許してやる」とばかりに前へ向き直る。
兄妹は一時だけ息を整えた後に別行動をとり、兄二人は前線の各拠点へ、妹は難民の保護および避難支援に取り組んだ。
マヤ家の迅速な来援により、沛国北東部は手遅れにならず、前線に取り残された沛国軍兵二千名が救助され、その何十倍もの民は無事に安全圏へ避難した。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説


【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。



[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる