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南攻北守
死神を求めし客人
しおりを挟むアーカイ州 梅朝 柔巧城
南亜郡陥落の翌日、午後三時の事。
柔巧一帯は、淡咲すらも予期せぬ激しい夕立に降られた。
「うっひゃあぁーー、こりゃひでぇですひでぇです! 見てくださいマーユ殿、ほれ! 私スケスケですぜ!? この状態で街歩いたら皆さんの士気が高まるのではないでしょうか!!」
涼周軍本部の館にて、城下町造成の陣頭指揮に当たっていた淡咲とシュマーユ。
後者の身なりがピシッ! と整っている反面、肉体労働にも従事していた前者のそれは、梅朝を預かる将軍に相応しくない程にラフな格好だった。
将軍位を示す特別製の軍服は脱ぎ捨て、半袖かつ臍出しの襦袢姿。
涼周に負けず劣らぬ綺麗なへそに加え、キャンディ以上に豊満な胸を、さして気にする素振りも見せずに堂々と露出しているのだ。
その上で彼女は、わざとらしく館の外へ赴き、どしゃ降りの雨に打たれて肌を透かす。
片や、午前中から玩具にされていたシュマーユは、半ば窶れた表情を浮かべつつも、本日何回目か分からない正論を以て止めさせようとする。
「……淡咲将軍……何故、わざわざ濡れに行くのですか……。風邪をひかれては困る御方なのですから、早く中へ入って更衣を行ってください……」
自ら土を担いで働き、将校士卒を率いて普請を指導する…………とは何とも素晴らしい姿ではあるものの、淡咲のそれは何処と無く可笑しかった。
魅せるような、それでいて見られたいような? いえいえ見せてるんですよ! ラッキーデーですよ! …………とでも言いたげな奇妙さだ。
「ふふふっ! 例えマッパでも私の事はお気になさらずとも結構なのですよふふふ。何せ神出鬼没の猫目将軍・淡咲ですからね、人の認識から完全にズレる事など造作もないのです!」
「いや、その……マッ…………一糸纏わぬのは、将軍として流石にどうかと……」
「例えでありますよ。私とて対価がなければ肌を晒しませんから」
(対価って言っても……涼周様と何の約束もしてないのでは……)
淡咲曰く、「今日は弟君との入浴を条件に体を張る」との事だが、涼周はきっと、何の約束もしていないだろう。というかしていない。ただ単に淡咲自身が暇になったから、柔巧城の様子見がてら、恩の押し売りに来ただけである。
恩着せがましいを通り越して、恩の重ね着を強要すると見せかけて本人は必要以上に服を着ない。これぞ淡咲流の普請である。
そして、「風邪をひくから中に入ってください」という進言に対し、全裸であっても気付かれない術を持っているから心配無用! と答えるところも、何時も通りの淡咲と言えた。
「それよりもマッパ殿……おっと間違えましたマーユ殿。皆さんを早く避難させるべきですよ。さぁさ! 早く屋内へ移動してくださーーい!!」
「然り気無く痴女扱いしましたね、淡咲将軍」
全裸待機なんぞしないぞ私は……とばかりに、シュマーユは冷めた目線を淡咲の背中に浴びせるものの、当の淡咲は気にする素振りも見せずに兵や民達へ呼び掛ける。俗に言う無視状態だった。
「…………はぁ……」
シュマーユは、どうせこれも聞こえていないだろう見えていないだろう……と思いながら、小さな溜め息を吐くと同時に俯いた。
バスナやナイツから、淡咲の扱いは大変だと聞いて覚悟はしていたが、まさかこれほど疲れるとは思っていなかったのだ。
更に言えば、これは序章に過ぎない。淡咲と関わる上で彼女に気に入られては、慣れるまでが大変かと思ったら慣れても大変な状態に陥るからだ。
「……淡咲将軍。皆さんの事はもう充分ですから、将軍も早いところ中へ……」
シュマーユは一日の疲れを強引に流すべく、依然として雨に打たれる淡咲の手を引こうと外へ出ようとする……が――
「出ないでください。館の奥に居るように」
顔を上げて変わらぬ場所に立っている淡咲を見やれば、そこには気配と声音を一転させた真剣極まりない女将軍が、いつの間に手にしたのであろう得物の細槍を携えつつ、前方の一点を注視していた。
彼女の変貌振りに意表を突かれたシュマーユは、目に見えた動揺を示す。
何せ、先程までのおふざけが別人と思えて仕方がない程に、『淡咲』という人物の諸々が激しく変わったからだ。
「えっ……? 淡咲将軍? 急にどうなさって……」
「いやぁーー、それにしてもおかしいですね。今日は “降らない” から来たんですけど」
シュマーユの疑問をこれまた無視する傍ら、軽い言葉遣いで誰にでもなく呟くが、その音には一切の戯れが感じられない。
戦場に立つ将軍然とした真剣さと、何者にも怯まない堂々たる佇まいを見せていた。
「…………これじゃあまるで、奥姉様曰く “雨” ですね。それも中々に禍々しい凶雨の様子。……結果として、魔人たる私が来たのは意味があったようです」
そして、細身の槍を握り締めた彼女の気配は、完全な戦色に染まった。
シュマーユは何が何だか理解の及ばない状況ながら、言われるがまま、又は淡咲の威圧に気圧されるがままに、館の奥へ引っ込もうとする。
そんな時だ。淡咲がまたもや不意な発言を行う。
「招かねざる方、そこで止まりなさい」
館の入口に構える彼女は、前の大通りに向かって強めな物言いで警告した。
屋外・屋内を問わず、淡咲の発言を聞いたシュマーユや衛兵や職人達が、改めて彼女の方へ視線と意識を向け、一様に疑問符を浮かべる。
「……? …………えっ?」
そこで漸く、淡咲以外の者達が認識できた。
全身に漆黒のローブを纏い、蛇の様に湾曲した大剣を背負う大男が、道の中央に佇む姿を。
明らかに異質が過ぎる存在。決して小さい訳ではなく、寧ろ大きいそれに、なぜ今まで気付けなかったのか。
(どういう事!? いつの間にそこへ……!? いや抑々、こいつは敵!? 味方!? 急に雨が降ったと思ったら淡咲将軍も雰囲気を改めて……雨? キャンディ様が仰ったとされる “雨” っていったい……)
シュマーユ達の抱いた恐怖は相当なものだった。
常に冷静沈着なシュマーユですら状況把握に苦しみ、直立している兵達へ、どの様な指示を下すべきか大いに悩んでしまう。
兵達もまた、突然の出来事ゆえに脆弱な備えと手薄な戦力といった状態であり、見るからに実力者である大男に対する警戒陣形を組めないでいた。
「手出し無用ですので、皆さんは下がっていてください」
そんな状況の中、ナイト仲間衆の一員にして、梅朝守将かつ剣合国軍主将を担う淡咲の指示と存在は、絶大な信頼を誇る安定の即戦力であった。
シュマーユ達は今度こそ、言われるがままに退いた。
そんな彼女等を一瞥するでもなく、気配から充分な距離が取られた事を察した淡咲は、暴れても大丈夫な状況が出来上がったと判断。
改めて、今しがた現れた大男に問い掛ける。
「さて、と……それではお聞かせ下さい? 私と同じ『匂い』がする変な貴方は、失礼ですが何処の『神職』か……お聞きしても宜しいです?」
「…………ここが……赤光を宿せし死神の住み家と聞く」
大男はフードで顔を隠したまま、顔どころか体すら一切動かさないまま、酷く淀んだ闇色の声を、大雨の中で反響させた。
味方とは到底思えない台詞と、声音と、雰囲気を以て。
淡咲はそれだけで早くも判断を下す。こいつは敵であると。
彼女は細身の槍を繰り出す気構えを作りながらも、それを感じさせない応答を行う。
「はて? 死神とはいったい誰の事でしょう? もしかして貴方は、自称「退魔師」とか「風雲師」とか何かでしょうか? もしそうなら押し売り・勧誘の類いは結構ですのでお引き取りを。此方には存在するだけで悪物を払い除ける傑物が大勢おりま――」
「女、戯れるな。ここがあの幼子の……死神の本拠地だと調べはついている」
(幼子……弟君の事ですかね。それにしても、その形で死神とは良く言えますね)
「姿見を見られる事をお勧めします。死神であれば、貴方の足下に立っておられるかと」
「…………女、耳と頭に留まらず、心まで悪い様だな。哀れにして虚しい女だ」
「えぇ、よく言われますよ。……まっ、貴方ほどではないので心配無用です」
「ならば質問を変える。シラウメの小娘を……何処に隠した」
(シラウメの小娘? 弟君の事ではないようですが……)
「…………誰の事を仰っているのか、想像できかねます」
「とぼけるな女。『周』の刻印を左手に宿した、『姫』と呼ばれるシラウメの小娘だ。梅朝守将の貴様なら、この地より出でし彼の存在を、充分に知っている筈だ……!!」
言うや否や、大男は漸く顔を覗かせた。
邪気と憎悪に満ちた深青の右目と、顔の左半分に赤く刻まれた痣を持つ男であった。
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