大戦乱記

バッファローウォーズ

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南攻北守

胸に抱いた想い

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 アレス軍の面々が河西邸に宿泊する一方、剣合国軍の諸将は西ノ庄城で一夜を過ごす。

 そして今、上官の肩を借りなければ、自分の部屋に戻れない将が一人いた。

「いやいやぁ、それにしても若は優しいですねぇ。すみませんねぇわぁーかぁーー」

「いいから……もっとちゃんと歩いてよ……」

 懸命に肩を貸すのはナイツ。千鳥足で借りるのはメスナ。
メスナはナイト暗殺の実行犯たる杉谷善住坊と、その杉谷を監視する韓任と、その韓任と同席を頼まれた鈴木重兼および草部斎門慶の宴席に乱入し、持ち前のコミュニケーション能力を以て場の盛り上げ役を担ったのだ。

 だが、輝士隊の遊び要員と揶揄される彼女でも、今回ばかりは相手が悪すぎた。
鈴木重兼と草部斎門慶はつい最近まで敵であったし、ナイトの恩情により極刑を免れた杉谷善住坊も、依然として敵意を剥き出していた。
その中に入って間を取り持つとなれば、骨が折れてしまうのも無理はない。

 現に骨の折れた結果が、ベロベロに酔っ払っただらしない側近姿なのだ。

「だいだいねぇーー、良い歳した大人が揃いも揃って警戒心剥き出しで、にらめっこすんなって話ですよ。大殿みたいに酒飲んでパァァーーとはしゃぐのが、良い大人なんですよ? わかりますぅ? ねぇねぇ、若ったらぁーー」

「そんな簡単な話じゃないから大変なんでしょ。……だいたい、皆が皆、父上やメスナみたいに気楽な考えで生きてたら、そっちの方が大変――むぐっ!?」

「言いましたね若ぁ! それじゃ何ですか、若は大殿のやり方が間違ってるって言うんですかぁ? 私の気遣いも、徒労に終われって?」

「そんなこと言ってないだろ……って、ちょっと! 重いって! のし掛かるの止めて、涼周でもないんだし」

「女性に対して重いとは失礼な。男の子なら女一人ぐらい抱き上げてなんぼですよ。それに若なら、魔力で身体能力爆上げなんて造作もないでしょう?」

「こんな事で無駄な魔力使う訳ないでしょ……! いいからちゃんと立って……!」

「嫌ですぅーー。勤労感謝だと思って私をおんぶしてくださいよぉ」

「そういうのは普段のサボタージュを無くしてから言うべきだと思うんですけどぉ……!」

「ひどい! 若が私をいじめる! 部下の頑張りを無視するタイプの上官だ、若は!」

「無視はしてないでしょ……! だからこうして、自力で部屋まで送って……おぉもっ!?」

「あぁー! また重いって言った! ひどい! 私のグラスハートは傷を通り越してマンティコア! このままだと宇宙大将軍みたく七転八倒のグランマでパパパです!」

(……訳わかんねぇー)

 もはや支離滅裂な発言にまで至った部下を前に、ナイツは自棄を起こす。

「だぁーーもぉーー! とにかく近い! 近いから! 気が散るから少し離れて!」

「およよよ~。照れちゃってまぁ……! ホーレ、うりうり~!」

(…………くそっ! もういい。魔力強化でさっさと部屋まで送ってやる!)

 酔っぱらいの介抱に面倒くささを覚えた結果、ナイツは使わないと宣言した魔力を消費し、半ば力尽くでメスナを引っ張っていく事にした。

「……ほら、部屋に着いたよ。布団は引いてあるみたいだから、水飲んでもう寝て」

「……ねぇ、若。久々に、一緒に寝ません?」

「はい水ねっ! 団扇も置いとくから!」

 横になるや軍服をスルスルと脱ぎ出したメスナの前に、ドン! バン! と水や団扇を用意する。冷却はセルフでお願いします。

「ぶぅーー、最近の若はつれないですねぇ。前はよく一緒に寝てたのに」

「いつの話だよ……。一緒に寝たのなんか、俺が七、八歳ぐらいの時だろ?」

「残念ながらもっと長期間でーす。夜中に何回起こされたと思ってるんです? 何回? いやいや、何百回! まさか忘れたとは言わせませんよ!」

「ぅ……疲れてるのに悪いとは思ってたよ……」

「最初は大殿や奥方様が遠征に出てた時で、大殿がやられるー! って夢見て半泣きだったからしょうがなかったものの……次第に虫が部屋に出たから一緒に寝てだの、雨の音が気になって眠れないから布団に入れてだの。挙げ句の果てには昼寝して眠くないからお話してときた! 眠くないなら来るなっ! あたしゃ眠たかったんじゃ!」

「…………ごめんなさい。仰る通りでございます」

 水の入ったコップをドン! と叩き付けるメスナ。
絡み酒かと思った……けど違った。ここに酒はないし、言ってる事はメスナが全部正しいので、神にひれ伏すが如く頭を下げるしかなかった。

「そんな苦労をした私を無下に扱うなんて、どういう了見ですか! 責任者出なさいっ!」

 変に駄々を捏ねられて、ナイツは普段のゆとりを失った。
過去の自分がメスナに苦労をかけたのは事実であるし、今回の深酒も、元々はナイツが頼んだ事によるものだ。

 それ故に、彼はメスナの要求を拒めなかった。

「……はぁーー。……わかったよ。今夜だけだからね」

「ふふふっ、そうこなくちゃです。それでは早速寝るとしましょう」

 承諾を勝ち取るや否や、既に軍服を脱いでいたメスナは、その下に着ていた黒色の肌着まで脱ぎ始め、瞬く間に上半身をさらけ出した。

「ちょ!? ちょっと待ってメスナ!!? 寝るんじゃないの!? なんで脱ぐの!? 風邪引くから服は着てて!」

 豊かな膨らみの中心にある桜色の蕾に、ナイツの目は釘付けにされた。

 されど当のメスナは、若干の恥じらいを見せつつも隠す気配は微塵もない。
寧ろナイツの反応を楽しむ節すら感じられ、初な少年を前にニンマリと笑う。

「暑いから脱いだだけでーす。それに若だって、お酒の匂いが染み付いた服で寝られるより、お姉さんの生肌の方が良いでしょう?」

「そ、それはまぁ……そうだけど……」

 ナイツは何度も視線を逸らすが、結局メスナの裸体に戻ってしまう。
サボり癖のある性格に反し、彼女の体は綺麗に引き締まっていたのだ。
そのギャップはナイツから冷静を失わせる要因の一つとしては充分すぎるものであり、普段の彼女を知っているが故に威力も殊更大きかった。

 そして何より、健康な色気を放つメスナの体が、ナイツの感性に深く刺さったのだ。

「…………因みに、着替えは? ないって事はないだろ?」

「着替えるなんてめんどくさい。若が温めてくれた方が早いですって」

(こんなところでもサボタージュか……)

「……そ・れ・と・も? 上から下まで、若が全部着替えさせてくれるんですかぁ?」

 逃げるように放った言葉だったが、“逃げ” に関してメスナに敵う訳がない。
彼女はトロンとした甘え顔を作り、ズボンにまで手をかけ始めた。

 ナイツは更にドキッとするのを何とか抑え、この場の終息を狙う。

「もうそのままでいいから……! 明かり消して、寝るよ」

「あらぁ……若ったら意外と大胆ですねー。やっぱり、下も脱いであげないと――」

「そのままでいいからもう寝るよっ!!」

 大胆なんてどの口が言うんだ……と思いつつ、消灯して視覚を封印したナイツは、引かれる手に応じる形で一緒の布団に入った。

「……寒くないですか、若?」

「……大丈夫。……でも、落ち着いて寝られない」

「なら一つ、若が小さかった時みたいに、お話しましょうか」

 ナイツは子供扱いされたようでムッとしたが、気が逸れるものであれば賛成だった。
彼は向かい合ったメスナの顔に当たらない程度に、小さく頷いた。

「若はいつも、奥方様に叱られそうになると、私を連れていきましたよね」

(……また苦労をかけた話か……。勘弁してくれ。これじゃ頭が上がらないよ)

 抱き締められた状態で眠るナイツは、過去の醜態から目を逸らすべく、もういっそのことメスナの胸に顔を埋めようとさえ思った。

「仕方ないから一緒に謝りにいってあげても、若は私の後ろに隠れてばかり。それで奥方様がこう言うんですよ.
「メスナちゃんが悪い訳じゃないでしょ」……って」

「……はい。至極尤もです」

「ふふっ。……正直、あの時は若の事をダメだなこりゃ……なんて思ってましたよ。……でもこの間、中野城の城下で見せた毅然とした態度。あれを見て改めて、若はとても立派に成長したんだなって思いました」

 紀州巡行にあたって、最初に統治演説を行った場所が、十ヶ郷郡中野城の城下町。
そこで涼周を除くジオ・ゼアイ一家は、民衆から耳を塞ぎたくなるような非難の声を執拗に浴びていた。※第349話「言葉の矢嵐」参照

「……でも、でもね若。贅沢な事を言ってるかもですけど……若が気を病んでまで、罵詈雑言に耐える必要なんかないんですよ?」

 民衆からの一方的な暴言に耐えるナイツを、メスナは強く案じていた。
それこそ自分の方が冷静を失って、声を荒げようとした程に。

「結果として私達は侵略者。その事実は変わりません。それを正当化して開き直るのは良くないでしょうけど、征伐される側にも問題はあったんですから、自分を棚に上げた発言を真摯に受け止める必要なんかないんです」

「…………そんな訳にもいかないだろ。俺は次期剣合国軍大将で、雑賀に生きる民の怒りや訴えは尤もな事なんだから」

「それでもし、若の心が壊れたらどうするんですか? 壊れなくても、歪んだ性格になっちゃったら……。私はそれだけが心配です」

「……大丈夫だよ。そんな柔な鍛え方はしてないから。見劣りするとしても、俺は父上の息子だ。暴言の嵐程度、なんて事ない」

「……例えそうだとしても、耐えるだけは体に毒ですからね? 辛い時は私を頼って下さい。不満でも何でも、出すもの出さないといつか壊れますから……」

 抱き締めるメスナの腕が弱まった途端、彼女はナイツの額に口付けをした。

 せっかく落ち着いてきた動揺が再熱したナイツは、目を白黒させながらメスナを見る。

「私は、素直で優しい若が大好き。だからそのままでいてほしいんです。……とても……我が儘でしょうけど……ね……」

 想いの丈を伝え終わったメスナは、満足したような微笑みを浮かべて目を瞑り、そのままぐっすりと眠り出した。

 ナイツは暫くの間だけボーッとするが、メスナが完全に就寝したと分かるや否や、彼女に甘える形で身を寄せる。

「……温かい……。……俺も、メスナが好き。いつも俺の身を案じてくれて、ありがとう」

 自然と恥ずかしさは感じなかった。寧ろ心の中が解放されてスッキリとし、いつも以上に熟睡できる気がした。

 如何なる場所や状況に於いても警戒心を忘れず、隙を見せないナイツが、今夜ばかりは肩の力を抜けきった無防備極まりない姿を見せていたという……二人だけの秘密のお話。
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