大戦乱記

バッファローウォーズ

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和を求めて

敵を前に潜み笑う

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「フフフ……剣合国軍大将とアレス軍大将が丸腰で中に……! 愚かな奴らめ!」

 本城へ入っていくナイトやジーイング達の姿を、常人の三倍近い視力で捉える者がいた。
ナイトとキャンディが乗ってきた飛空艇の窓から、銃口を一寸ばかり突き出し、対談の席として使われる和室に照準を合わせ、ナイトが着座した瞬間を今か今かと待ちわびる男。
覇攻軍大将・覇梁より、直々の暗殺命令を帯びた狙撃手・杉谷善住坊スギタニ・ゼンジュボウだ。

「そう……何を隠そう身だけは隠す、この杉谷善住坊。狙った獲物は逃がさぬ男として……ジオ・ゼアイ・ナイト! てめぇの胸は必ず撃ち果たす!」

 構えた長銃と射撃姿勢は微動だにしないながら、唇の端のみを吊り上げる。

(それにしても……此度の獲物の何とデカイこと。存在然り、体格然り、影響然り、意義然り。奴を撃てば一躍有名になって困っちまうが……杉谷党の仇を思えば撃たなきゃならん。撃たなきゃ男が廃る!)

 彼は元々、数ある傭兵一家の一つに当たる杉谷党の当主を務めていた。
所領面積および家柄としては、かなりの有力者という訳ではないが、十ヶ郷鈴木家の主力を担う頭目の一人として数えられる程の実力者ではある。

 そんな彼だからこそ覇攻軍の射撃顧問に抜擢され、鈴木家先代当主であった鈴木佐大夫の命令を帯びて、覇攻軍の許へ派遣されていたのだ。

(ガトレイ殿の大諒奇襲策が看破されちまって、八月へ出征した三万の同胞はほぼ全滅。俺の代わりに杉谷党を率いた倅も……家来共々討死だ……。もうな、涙の枯れ果てた俺だけが残ってても、仕方がねぇのよ)

「分かるか……ジオ・ゼアイ・ナイト。てめぇのクソ親父が始めた紀州征伐が尾を引いて、今になっても雑賀の者達が慟哭しなきゃならん気持ちが、お前に分かるか? 酒を浴びる事で、これ以上腕が鈍るんじゃねぇかって恐怖が…………仇を撃てなくなるんじゃねぇかって焦燥感が! お前に分かるかよい!」

 八月へ侵攻した同胞達の勝利を信じて疑わなかった杉谷。
それだけに土橋家の裏切りと李醒の殲滅作戦は心臓を握り締め、風の便りに聞いた息子や家来達の討死に、周りの目を気にする事なく叫びを上げた。
底知れない憎悪が一周回って銃ではなく酒を持たせ、任務を放棄して引きこもった。

 そこに来て追い討ちを掛ける様に、李醒による第二次紀州征伐の開始。
覇攻軍領にて凶報を聞いた杉谷は、この上なく戦慄した。
次は十ヶ郷に残してきた家内や娘達が虐殺・陵辱されてしまうのでは……と。

 そう思えばこそ、それが起爆剤となって彼は立ち直った。
募らせた怒りを発散し、我慢ならない憎悪を込めた一発一発で、敵を余さず射殺しようと。

 然し、単身で十ヶ郷へ戻ろうとした彼の道中を、雑賀荘土橋家の連中が阻んだ。
中郷郡と南郷郡も速やかに征服され、徐款ジョカン(李醒直属軍第二大隊々長)や王晃オウコウ(直属軍第四大隊々長)によって街道は封鎖されてしまい、抜け道を使おうにも、蟻の入る隙間もない徹底さ故に断念せざるを得なかった。

『ならば、うぬの無念を晴らさせてやろう。我が舞台を調えてやる故、うぬが得意とするその長銃に、心は元より命を込めよ』

 そんな彼を想ったのか、はたまた悪用しようと考えたのが、他でもない覇梁。
暗黙の了解とされる敵国大将の暗殺という禁忌を冒してでも、杉谷に報仇雪恨の機会を与えてやり、肥大化が懸念される剣合国軍の妨害を狙った。
また、ついでという形にはなったが、アレス軍との関係も悪化させられる。

(覇梁の大将。俺はあんた見誤ってた。世間のあんたに対する風当たりは良くねぇが、あんたは……漢だぜ!)

 双方の利害が一致した結果とは言え、覇攻軍の手先となって引き金を引く事に、杉谷に後悔や不満の色はなかった。

 寧ろ、彼は覇梁を見直していた。
圧倒的武力で多くの者を従える大将という、敵味方が抱く一般的なイメージに囚われていたが、実際に関わってみて、その姿勢に揺るぎない信念らしきものを感じたのだ。

(曲がった事が大っ嫌いな十ヶ郷の男。俺も例に漏れず、そいつ等の一人よ。だからな覇梁の大将。あんたが何を思って俺を気遣ってくれたのかは聞かねぇが……俺はそれに乗る事にしたぜ。仇討ちは元より、一個人の為に悪名すら気に留めないあんたが……気に入っちまったからよ)

 男の友情に似た何かが芽生えたとでも言うべきか。
杉谷の表情は、仇討ちに燃える孤高の戦士に似ても似つかぬ程、晴れ渡っていた。

「さぁ……来い……ジオ・ゼアイ・ナイト! この杉谷善住坊が、大国強兵に驕り高ぶったお前を穿ってやる!」

 一撃必殺の精神を滾らせ、獣がごとき目を見せる杉谷。
縁側へ続く襖が開け放たれた会談の席を、庭園や塀を越えた先から望み、その時を待つ。

「来たぁ……来たぜおい……! さぁ、座れ。腰を下ろして無防備になれ……! そしたら苦しまずに殺ってやるからよ……!」

 やがて、バスナと安楽武を先頭に、ナイトやジーイングが続けて入室した。

 杉谷は逸る興奮を抑えつつ、引き金にかかった指先に全神経を集中させる。
一発きりの機会を活かすべく、ナイトの一挙一動のみを捉え続け、全身全霊を賭ける。

 当のナイトは、味方の飛空艇から狙われているなど露にも思わない様子で堂々と立ち尽くし、レティやエソドアの入室を気長に待っていた。

「よし、皆揃ったな。それでは早速、同盟締結の対談を始めようか!」

 そして、遂にその時が来た。皆の着床を見届けたナイトが、遂に腰を下ろしたのだ。

(今ァッ!!)

 ナイトの心臓一点を狙っていた漆黒の狙撃銃は、持ち主の魔力と憎悪を弾に纏わせ力に変えて、一閃の尾を引く魔弾を射出する。
それは涼周の魔弾とはまた違う、弾丸そのものの形状を残した神速の刃であった。

「……ふんっ」

「なぁっ!? んだとぉ……!?」

 然し、杉谷の魔弾は誰にも命中しなかった。
ナイトに鼻で笑われたそれは、大きく軌道が逸れて縁側寄りの床に被弾し、畳に修繕不可能な大穴を開けただけだったのだ。

 鋭さと威力を兼ねた一撃なれど、当たらなければ意味はない。狙撃の名手と名高い杉谷の暗殺は、無念にも失敗したのだ。

「来たか! 父上、お下がりを!!」

 それと同時、平静を保つナイトとジーイングに反して、二人の周囲は騒然とした。
ナイツやバスナ、韓任がナイトの前を固めようと立ち上がり、同じくラタオやアレス・テソロ、ゴウ・ダイフもジーイングを守ろうと身構えた。

 だが、彼等の中にあって命を狙われたナイト本人が、恰も他人事の様に動きを制する。

「客人を前にして騒ぐな。程度が知れるぞ」

 彼の発言で皆が押し黙り、剣合国軍の諸将は特に息を呑んだ。

(…………いや、普段から騒ぐお前が言うか!?)

 秒で冷静を取り戻す中、バスナが内心でツッコミを入れる。
言い換えれば、魔弾の飛来から僅か数秒で、そこまで落ち着いたという事。

 当然、そうなれば皆の意識は狙撃手に向かう。

「やはり、曲者はあそこか!」

 ナイトの前に立った韓任の目が光り、城外に位置する飛空艇の一点を捉える。
即ち、動揺のあまり固まっていた杉谷と、照準器越しに目が合ったのだ。

「失敗か!? 仕方ねぇ、ここは一旦逃げ――」

 唯一無二の機会は、原因不明の軌道変動によって潰えた。
ならば今の杉谷にできる事は、ただ逃げて次の機会を待つのみ。

 彼は長銃を手元に引きながら、さっと身を起こそうとした。

「はい、現行犯逮捕ね」

 そして、人知れず隣に立っていたキャンディと、確かに目が合った。
明るい声音に反して「色」の無い目が据わっており、僅かに吊り上がった唇の端が面妖な笑みを作って、杉谷の目前に肉薄していた。

 陽の雰囲気どころか、認識できたにも拘わらず、人の気配すらしなかったという。
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