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和を求めて
アレス軍来城
しおりを挟むジーイングがナイトとの面会を求める様に、ナイトもジーイングを見定めたかった。
だが、バスナの入手した情報では、覇攻軍が刺客を送り込んでいるとの事。
大事な同盟締結を無事に果たす為、安全面を重視して使者の往来に留めるか。はたまた、刺客の危険性を承知の上で話を続け、アレス軍の対応に任せるか。
どちらの方法をアレス軍に伝えるか迷ったナイトは、剣合国軍の主将達へ意見を求めた。
その結果は三日後に定まり、剣合国軍としての方針は後者になった。
バスナを除く仲間衆の多くが、ジーイングを推し測る為に、アレス軍の反応を欲したのだ。
ナイトは早速、安楽武をアレス軍へ派遣する。
安楽武はアレス軍本拠地の真政にて、アレス・ジーイングの弟であるアレス・エソドアと面会。彼を経由してジーイングに伝言を頼んだ。
そして十日が過ぎた、八重桜の月の事。西ノ庄城にて――
「殿。アレス軍の方々が、先ほど城域に入られました」
「おぅ、それでは城門前まで出迎えに行くとしよう!」
アレス・ジーイングは、エソドアを含む重鎮を連れて、堂々と十ヶ郷郡へ入った。
即ち、覇攻軍の放った刺客など、歯牙にもかけなかったのである。
ナイト、安楽武、バスナ、ナイツ、韓任、李洪は西側の城門まで出迎えに赴き、遠目に見えるジーイング一行の行列をしかと捉えた。
数にしておよそ一千程度だが、皆が馬上にあって威風堂々たる勇姿を示している。
軍装は将兵ともに紫紺色で統一され、旗に関しても紫色の布地を用いており、旗印は「天へ向かう白槍に、右の片翼」だ。
「流石は音に聞こえし強軍。儀仗と護衛を兼ねる個々の兵が、まるで達人級の威圧を放っている。形式美と武勇の両立を果たした、究極の進軍形態と言えるだろう。偏に、公国を前身国家とする諸貴族連合ゆえの特色か」
千の兵でありながら万に匹敵する威容であると、ナイトは絶賛する。
確かに、驚異的な乗りの軽さを美点とするナイト本軍には、到底存在しないものであった。
「ほぅ……先頭に見える大男、あいつは確か「百勝のラタオ」だな」
片やバスナが呟き、皆の注目がアレス軍全体から一人の大男へ変わる。
韓任並みの巨躯に相応しい巨剣を背中に担ぐ彼の名は、百勝のラタオ。
アレス軍随一の武力を誇る超一流の猛将にして、軍事の中核を担う錝将軍だ。
剣合国の錝将軍 ファーリムと互角の実力と言われ、先の紀州征伐に於いてナイツとバスナが相対した唆釈とも渡り合ったと噂される。
「見ろよレティ。剣合国軍の要人が、態々お出迎えだぜ。これからヨロシクって意味で、大手でも振った方が良いか?」
聞こえていないながら、バスナに返す様に、ラタオは顔を綻ばせる。
綻ばせて、右後ろに控える副将兼参謀の女性・レティに尋ねた。
アレス軍を示す紫紺色の軍服を身に纏い、一括りにしたストレートな蒼髪が特徴的なレティは、向けられたラタオの顔に向き合う事はせず、凛とした佇まいを以て端的に返す。
「盟約はまだですよ、錝将軍。それ即ち、ここはまだ敵地にて、努々集中を切らさぬ様」
「じゃっ、レティが代わりに手を振ってやれよ。ゴツい俺がオーイって言うより、美女がウフって好意示した方が……」
「錝将軍。静かかつ真剣に。真面目かつ堂々と。誠意ある姿をお願いします」
背筋をピンと正し、上官の戯れを冷たく且つ粘着的にあしらうレティ。
事に及んでは受身を得意戦法とする豪傑のラタオは、隙を見せない苛烈な攻撃を好む彼女の言動に舌を巻く。
「…………やーれやれ。相も変わらず皆の前では真面目ちゃんだな、レティよ。一応言っておくが、今から会うナイト殿は俺みたいな最高の男前だ。他人の笑顔を愛し、温もりのある目を好んで、その奥にある情熱を見抜くってな訳でな……」
「……それが、私の真面目さと何の関係があるのですか?」
「向こうさんは固いのを、あんまし望んでねぇってこった。だからレティも、変に気ィ張り過ぎて視野を狭めんな。少しばかり顔を崩すぐらいが丁度良いんだし、寧ろ笑ってる方が、互いに話し易いってもんだろ!」
ナイトやファーリムに似て、何処にあっても余裕のある言動が目立つラタオ。
豪放磊落な彼は適度に身を崩し、適度な気休めを推奨する人情家である。
一方のレティは、表情の固さを案じたラタオの助言を前にして、僅かに視線を逸らす。
余計なお世話……という気配ではなく、自分の事を良く知るラタオならではの言葉を聞いて、隠しきれなかった若干の照れを外へ逃がしたのだ。
「…………仰りたい事は良く分かりました。出来る限りの改善を試みます。ですがそういう理由であれば、軍を代表する錝将軍が適度な愛想を振るべきでしょう。高々一参謀の私がするなんかより、余程効果が望める筈ですから」
「はいはぃ。了ーー解、了解」
俺が望むのはお前の笑顔なんだがなぁ……と思いつつも、ラタオは渋々返事をする。
二人の姿は何処となく、ある夫婦を連想させる上下関係に見えた。
そして、前衛を固める二人が独特のイチャコラをしている内にも、ジーイング一行は旧鈴木館のある本城へと近付いた。
「いよぉう! 俺は錝将軍 ラタオだ! 剣合国軍の方々、お出迎え感謝感激!!」
互いの姿が鮮明に確認できる距離となった頃。先に声を掛けた者はラタオ。
彼はやけに馴れ馴れしい言動を見せ、陽気に手を振っていた。
ナイトもそれに応えて右手を掲げ、二十歩ほど前身する。
そこから更に数分して、アレス軍の面々は進軍を停止すると同時に下馬。今度はジーイングを先頭に行進を始め、改めて剣合国軍の者達と対面した。
アレス軍の主な顔触れは、ジーイングを筆頭に、エソドア、ラタオ、テソロ(三男。十ヶ郷西隣の守将)、藺尉(内政・外交専門の軍師)、老将のゴウ・ダイフ、その他政界の大物というところ。因みにレティは一将校ながら、ラタオ自らが同席を願い出ていた。
「アレス・諸貴族連合軍総帥 アレス・ジーイング。此度の謁見が無駄にならぬ事を祈る」
「剣合国軍大将 ジオ・ゼアイ・ナイトだ。多忙の中で足を運んでくれた事、真に感謝致す」
本城西の正門前にて、両軍の諸将が周りを固める中、ナイトとジーイングは相見えた。
ジーイングは豪奢な漆黒の衣装に身を包み、軍内にあって唯一人だけ貴族然とした出で立ちを魅せる。質実剛健かつ地で行くスタイルを基調とするナイト達とは、また違う雄々しさを放っていた。
然し、だからと言って体裁のみを重視している訳ではない。
美を意識した優雅な振る舞いの中には、一流の剣豪を感じさせる隙の無い所作が顕れており、美と武のバランスを絶妙に保ちつつ、軍を代表するに相応しき威風を放っているのだ。
(こいつが盟友となるアレス・ジーイングか。…………成る程な。消えかかった灯火の様な、危うい熱を持つ冷徹な眼差しをしている。これに関しては噂通りの人物だが……黒に染まりきっていないのは予想外だったな。……まるで、初めて会った頃の李醒そっくりだ)
容姿に関しては、クール系貴公子とでも言うべきか。
短く整った紫色の頭髪に、切れ長の目。背はナイト程に高くはないものの、すらりとした線の細さと適度な肉質を併せ持っている。
貴族然とした衣装ながらも、武人らしい雰囲気を放つ、不思議な男であった。
そんなジーイングも、ナイトに倣って彼を見定める。
ナイトや涼周の様な「人を視る才能」の持ち主でないにしろ、多くの者を纏め上げる一勢力の大将として、確かな眼鏡を備えていたのだ。
(…………敵意は感じられん。寧ろ私を見て、感慨に耽ってさえいる様子。これが王道武神 ジオ・ゼアイ・アールアの末裔、ジオ・ゼアイ・ナイトか。人界中を旅して回り、行く先々で仲間を増やして多国籍同盟軍を結成し、旧剣合国との継承戦争に打ち勝った英傑。鷹揚に構えていれば、全てを包み込む光の王に値する貫禄を、自ずから放っている。…………民も兵も、誰であろうと分け隔てなく接する英雄……か)
世上で噂されるアホ大将ぶりを知らぬジーイングには、今のナイトが偉大な王に映った。
それこそジオ・ゼアイの名に恥じぬ程の、歴史に名を残して然るべき存在に映ったのだ。
「……ではアレス軍の方々、中へご案内します」
両軍の大将が言葉を交えて数秒の後、頃合いを見計らった安楽武が城内へ招く。
ジーイングは小さく首肯するや、持っている得物を差し出した。
「貴公らに倣い、我々も武装を解除する。話が済むまでの間、暫し預かってもらおう」
「はい。では確かに、お預かりします」
「うむ。それと……誰か、エソーに手を貸してやれ」
率先して得物を預けたジーイングは、次いで弟のエソドアを気にかける。
“エソー”とは、幼い頃よりの呼び名であった。
「エソドア様。ラタオ錝将軍の副将、レティです。私がお手を握らせてもらいます」
大将の言葉にレティがすかさず応え、ラタオの後ろからエソドアの傍へ移った。
「レティ殿……心より、感謝致しますぞ」
黒頭巾から唯一覗かせる白眼をにっこりと緩めたエソドアは、レティの白い手に誘われる様にゆっくりと歩き出す。
彼は兄と比べて醜い容姿にコンプレックスを抱きつつも、その劣情を一切表に出さない。
それ故にエソドアは、分け隔てなく接してくれる者が男女関係なしに大好きであり、己が感じた陽の気持ちについては隠さなかった。
「それではご案内致します。ゆっくりと進みますが、足元には充分気を付けて下さい」
「そこの剣合国軍の方、配慮いただき、感謝致しますぞ」
踵を返した安楽武を先頭に、両軍の要人はゆっくりと門を潜った。
後世に「五月同盟」と伝わる会談が、ここに始まろうとしていた。
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