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和を求めて
手繰り寄せる手
しおりを挟む蓮智郡南部 とある支城
十ヶ郷北部の巡察と蓮智郡の状況把握を兼ねて、ナイト達は李醒と面会した。
李醒が同盟に向ける考えは、概ねナイツと同じ。心の何処かでアレス軍の真意を警戒しつつも、戦略的な意味から断れない申し出だと感じていた。
その反面、こうなる事を予見していた彼は、ナイツとは別の懸念を抱く。
(楚丁州攻略策を練った安楽武殿が何と思うかは知らんが……感情的な面を排除して考えるなら、この同盟ほど旨味のあるものはない。紀州の平定が成った次に剣合国が攻めるのは、長年の強敵である覇攻軍。アレス軍を相手している場合ではなく、彼等との同盟により紀州の統治が安全かつ円滑に進められるなら、そこから生まれる財政的余力も莫大なものとなる。
――然し、謁見を希望したアレス・ジーイングという男、おそらくナイト殿の目に映らんだろう。その点も踏まえて、締結した同盟に先があるかないか、ここが一番気になるな)
実物を見た訳ではないが、世上の噂から判断するに、アレス・ジーイングはナイトの眼鏡に適わない。適わなければ剣合国軍の動きも消極的となり、長期に及ぶ同盟関係は強く望めない……と、李醒は思っていた。
偏に、彼は同盟によって得られる友好関係の程度を危惧したのだ。
深ければ戦略の幅が拡がり、浅ければ一挙一動が制限される。
それは剣合国西方を預かる将軍として、実に見過ごせない問題と言えたからだ。
(関わりの深さがアレス・ジーイング次第……というのが、何とも気に入らぬが……)
感情的な面で言えば、他国から指示されている様で面白くない。
そこに関してはナイツと全く同じ見解であったが、李醒は妙な意地で思考を曇らせる事はなく、是非も無しとばかりに負の感情を抑えて進言する。
「……この同盟は私達から見ても千載一遇の好機。逃す事のなきよう」
「おぅ、李醒の意見は良く分かった。態々南部にまで呼んで済まなかったな」
「滅相もありません。お役に立てば何より。……それと言うまでもないでしょうが、後は安楽武殿やファーリム殿らの意見も尋ねるべきです。私のは、あくまでも西方軍主将としての意見ですから」
「無論、そのつもりだ。だが李醒が西方の主将だろうがなかろうが、皆の考えは一致しているだろう。アレス軍と和を成し、覇攻軍に当たる……とな!」
ナイトはグッ! と拳を突き出し、他の仲間についても考えは同じと言う。
李醒は無言で首肯して返し、十ヶ郷へ戻るナイト達を見送った。
中野城へ帰還したナイト一行は、残る西部へ赴いて巡察を開始。
西ノ庄城主の草部斎門慶や、鈴木家当主にして平井城主の鈴木重兼の尽力もあり、暴動・反抗の類いが発生する事なく完遂した。
それと同時に、李醒は蓮智郡の完全平定を果たし、李醒直属軍第四大隊を率いる王晃は雑賀荘と十ヶ郷郡を結ぶ空路の安全を確保する。
これで漸く安楽武の後続輸送団が義士城を出発可能となり、大・中・小無数の飛空艇が空中陣形を成して飛び立つや、群州から山城州へ、そして紀州の上空を蒼く染めていった。
輸送団は中野城を目印に二個師団となり、南北へ別れて進軍する。
涼周はそんな光景を中野城々内の旧鈴木館で観覧し、手を振っていた。
「ばいばぁーい! お艇ばいばぁーーい!!」
剛力・轟拳を誇る楽瑜号の上にあって、元気良くお手てを振りまくる。
いつぞやの港みたいに気付かれる事は流石にないものの、手を振らずにはいられない様子。
傍に控える飛蓮・稔寧・レモネは、そんな涼周を見て自然と笑みを浮かべ、ナイツに至っても人為的に吹いた東風を受けながら背伸びをする。
「ぅ、にぃににぃに! 一個、降りてきた! 涼周のお手て、気付いて降りてきた!」
その最中の事。一隻の飛空艇が着陸態勢へ移行し、城外の草原に停まっているナイト本艇の近くを狙って旋回し始めたではないか!?
涼周は満開の花を咲かせて飛空艇を指差し、楽瑜号の上で無邪気に跳ねる。
…………とは言え、その一隻は予め着陸する予定だったのだが。
「ふははっ! それは良かったね。涼周の元気が良かったから気付いたんだよ、きっと」
然れど、ナイツお兄ちゃんは敢えて涼周の話に乗った。
弟の発言に誤りがあると知りつつも、楽しむ弟に事実を伝えて意気消沈させる必要性を感じなかった為、夢の如く有り得ない話に乗ったのだ。
「ちょっと行ってくるよ。涼周はここに居て」
あの飛空艇には安楽武が乗っている……が、それは言わないお約束。
ナイツは状況確認に努める体を装って、ナイトや李洪と共に着陸場へ向かおうとした。
「涼周も一緒、行く。にぃに号に乗り換えしまう! にぃに号にぃに号!」
が、そこもお約束だ。自分の目前で兄が移動すると申せば、当然の様に弟は付いていく。
しかも今回に関しては、涼周のお手てフリフリで着陸した事になっているのだから、当のフリフリ幼女が出迎えない訳にはいかない。これは神話全書にも書いてあるとかナイトか。
ともかく、涼周は楽瑜号を降りてにぃに号へ乗り換えるや否や、飛空艇を指差して出発進行を促す。
ナイツは弟を肩車した状態で歩き出し、必然的に涼周の仲間達も同行する事となった。
「おぅ息子兄弟! うむ! 何時もながら元気があって宜しい!」
「はふふっ、涼周は本当にお兄ちゃんが好きなのね…………ナイツ、息子の癖に生意気よ。ちょっと私と変わりなさい」
彼等は城門近くでナイト、キャンディ、メスナとも合流。
何時もながらの台詞を以て、元気の良さは美しきかな、と言うナイト。涼周を独り占めするナイツを妬んで、役得の交代を強要するキャンディ。
(相変わらずの理不尽さーー!?)
時として横暴なキャンディによる涼周略奪は、正に一瞬の出来事であった。
六華将・黒染の一閃を上回る早さで体を動かし、ナイツの正面に残像を生み出して彼の意識をそちらへ向けさせる。その隙を狙ったキャンディ本体は側面に回り込み、超速で腕を繰り出して涼周を抱き上げた。
(おそろしく早い手技、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。流石は奥だ)
(何という絶技!? 容姿に似合わぬ剛腕!? 真、尊敬に値するもの也!)
彼女の神速行を見破れたのはナイトと楽瑜のみ。
他の者は何が起きたか分からない様で、かの涼周でさえ数瞬に亘って呆然とする。
「……な、何が起きたんだ……!? 俺の上から涼周が消えて……いつの間にか母上の手に渡っている……」
((((見えなかった……!!))))
ナイツ・メスナ・飛蓮・レモネの四名が、同時に目を白黒させた。
対するキャンディは左手で涼周の手を握りつつ、右手を腰に当てて仁王立ち、数秒経っても理解に苦しむナイツの未熟を叱責する。
「こら! 気を緩めすぎよ! もっと鍛練を積んで、しゃんとしなさい!」
「……す、すみませんでした……。俺とした事が、不覚でした……」
「はふふっ、素直さは二重丸! さっ、気を緩めて行くわよ! 安楽武殿が一目で此方は異常なしと判断できる様に、気を楽にして胸を張って出迎えるの!」
「…………今さっき気を緩めるなと戒めたのは母う――」
「知らないわそんな事。さっ、メスナちゃんや飛蓮ちゃん達も続きなさい! サクッと要件終わらせてこれから女子会開くんだから!」
恣意的に振る舞うキャンディには、ナイトもナイツも敵わない。
ナイトは苦笑を交えた同情の眼差しをナイツに向け、キャンディの後に続く。
「はぁ……もう何も言いません。お好きになさってください」
「……まぁ、こういう時もあるって。気にしない気にしない」
「こういう時ばっかなんだけど」
ナイツが軽くなった肩をすぼめると、飛蓮とメスナがその肩に手を当てて慰めた。
(誰が見ても尊敬の念を抱く、示しのある態度をとれ……とは、一体誰が言っていたものか……)
ナイツはオン・オフのオフ状態に当たるキャンディの背中を見て、嬉々として弟の手を引きながら鼻歌を歌う母を見て、心の中で溜め息を吐いたという。
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