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和を求めて
おしりを出した子一等賞
しおりを挟む重兼の尽力が決め手となり、十ヶ郷郡南部の巡察は無事に果たされた。
襲撃を企てた木本甚ならび、行き場を失った千名近い雑賀兵達も、重兼の治める平井で保護される事が決まり、李洪が懸念した騒動という騒動は防がれた。
ナイト一行は南部での救援物資配給を終えるや、中野城へ帰還し、次の目的地である北部と西部の巡察準備を進める。
その最中、西ノ庄城から先に帰還していた李洪とも合流し、彼の報告を受けたのだった。
「アレス・エソドアは同盟に理解を示した大殿へ深く感謝し、日程や場所が決まり次第、使者を送ってほしいとの事です」
「おぅ、ご苦労だったな。……して、エソドアは急ぎだとか言っていたか?」
「いえ、その様な事は何も言いませんでした。雰囲気も同じで、半ば敵地であるにも拘わらず、とてもゆったりしていました」
「そうか。……では少々時間をもらって、紀州平定をしながら皆と文を交わすとしよう」
これ程の国の大事は、ナイトやナイツ達だけで決められるものではない。
義士城の安楽武や方元、蓮智郡に駐屯している李醒、更には各地を守護するファーリムやフォンガンや淡咲ら、主将達の意見も交えて然るべき問題だ。
ナイトは今回の事を極秘文書として仲間衆へ送信し、彼等の意見を待つ事にした。
「差し当たり、先ずは第二輸送団を率いる安楽武だな。それと北に居る李醒もそうだ」
「それなら李醒が先でよいのでは? 十ヶ郷北部の巡察も兼ねられますし」
十ヶ郷郡全域を完全に恭順させ、尚且つ雑賀荘と蓮智郡を結ぶ安全な空路を確保しない限り、安楽武の後続輸送団は義士城を出発できない。
雑賀荘中央の中野城・南部の紀ノ川一帯・東部の平井を完全平定し、残りが西部と北部。
そして北部へ赴くなら蓮智郡の李醒とも近く、先ずは彼に会うべきとナイツは進言した。
「うむ、ならば次の訪問地は北部だ。準備が整い次第、出るぞ」
それについての問題を、李洪がすかさず問い返す。
一時間ほど前に帰還したナイト一行よりも多くの準備時間を有していただけに、先の具体的な状況が良く分かっていた。
「今現在、楽瑜殿と稔寧殿が速やかな準備を進めておられます。韓任殿も先ほど加わりましたが、全てが整うのは夕方頃です。そうなると、実際に出発するのは夜になってからですが……これは少々危険を伴うと思われます」
「……それはそれで面倒だな。よし! 出発は明日! 以上! 解散!」
風のように早く決断したナイトに、李洪とナイツは苦笑した。
戦略的に捉えるならば、出動する将兵の体力や準備係のゆとりの問題で、今日の軍事行動を終わらせる事は極めて適切な判断に当たる。
感情的に捉えるならば、ナイトの大雑把かつ豪放な判断が光っていたと言えるだろう。
「二人も帰還したばかりで疲れただろう。準備完了の後は自由行動にする故、皆にそう伝えて、お前達は早く休むといい」
「分かりました。……父上はどうするのですか?」
ナイツが問うと、ナイトは親指を立てながら歯を光らせる。
この時点でナイツと李洪は嫌な未来を予見したという。
「俺は飛空艇に赴き、皆を鼓舞して準備を手伝う。なぁに、俺が出れば一発だからな! 二人は気兼ねなく休んでくれて構わん!!」
頼もしい言葉で休息を勧められた二人の予想は見事に的中し、体力馬鹿のナイトは彼の独壇場を今から展開するつもりだった。
ナイツは李洪を伴い、逸早い離脱を図る。
「よし李洪行こう! 疲れたからささっと皆に伝えて今日は休もう! さぁ早く――」
が、やはりと言うかナイトはナイト。人界史に名を刻んで然るべき舞踊人である。
彼は先ほどの自分の発言を早くも忘れたかの様に、背を向けたナイツの肩をがっしりと掴み止めた。
「まぁ息子よ、そんなに急ぐ事もあるまい。転んで怪我して涙目になる危険を冒さずとも、現場の筋肉戦士達は逃げも隠れもせずに待ってくれている。何より、俺もこれから皆の所へ向かうのだから、たまには一緒に行こうではないか息子よ」
「お構い無くお構い無くお構い無く!! 俺には俺の父上には父上の歩く速度がありますから一縷もお構い無く!!」
「息子よ、なんかお前の個性壊れてないか?」
退路を断たれたナイツの動揺ぶりは火を見るより明らかであり、戦略的に捉えるならば、正に追撃の好機であった。
剣合国軍大将にして歴戦の大剣豪、もとい人界屈指の舞踊人であるナイトが、この機を見逃す筈はない。
「そらよドッコイ!!」
彼は鍛え抜かれた肉体を端々まで余す事なく使い、流れる動作でナイツを右肩に担いだ。
「ぐはっンテコッタイ!? これじゃあもう逃げられねぇーやふははははーー(諦めた)」
担がれた当のナイツは無駄な抵抗を止めて早々に降参する。
戦が終了して統治の時となった今、周りに合わせて態度を改めるのは懸命な判断と言えた。
「さぁて皆の所へ向かうとしよう! 李洪も付いて参れ! 酒と漢達が待っておるぞ!!」
(李洪ーー、タースケテーー)
ナイトは堂々たる背中を見せて先頭を進み、彼の後に李洪も続く。
その傍ら、李洪の方に頭がきているナイツはアイコンタクトで救援要請を送る。
(若、すみません……私の細腕では、お助けすること叶わずです……)
(ぐはっンテコッタイ!? 李洪に見捨てられる時があるなんて!?)
だが、頼みの綱の李洪ですら、首を振って謝罪を示す始末。
残念ながら、ふざけたナイトには何人たりとも敵わないのだ。ふっははは!!
(心を無に……心をむに……こころをむに……ココロ・ムニ……)
父の右肩に担がれた状態で運ばれる最中、羞恥心を掻き消さんとしたナイツは、ただ一心に無心仏の境地を作る。
彼の脳裏には新たなキャラクターのココロ・ムニが誕生しており、性格や容姿や裏設定や登場場面等の構想が一秒ごとに固まっていた。
「ぁっ、おとーさんとにぃに、いた!」
「おぅ涼周! 奥! こっちの話は終わったぞ!!」
(……しゅーーりょーーう。俺の尊厳しゅーーりょーーう)
然し、見られたくない存在もとい状況を悪化させかねない存在との遭遇が、無情にもナイツの意識を現実世界へ呼び戻してしまった。
そう。城内の花壇で花の手入れをしていた涼周とキャンディが、仲良く手を繋いで現れたのだ。悪戯っ子な弟と、ふざける時はとことんふざける母が、揃ってしまった。
「ぷぷぷ……見ておかーさん、にぃに、運ばれてる! にぃににぃに運ばれてる!」
「あらあらまぁまぁ……偉く大人しいじゃないの。こんな息子は久し振りね。これは良いわ、今すぐ画家を呼んで絵に収めてもらわないと!」
こんな状態を見られ、かつ笑われるだけでも相当な恥辱に値するというのに、キャンディはその上で画家を呼ぼうとする。鬼かあんたは。
「涼周も涼周も! おとーさん、涼周もにぃにと一緒、運ぶ!」
「よし来た! そぅらっ!!」
ナイツにとっての唯一の救いは、涼周も同じ状態を望んだ事か。
嬉々として左肩に担がれた涼周は、父の大きな背中にて、項垂れる兄と対面した。
「あらあらまぁまぁ! 息子兄弟が二人して可愛いお尻向けてくれるなんて! これはさぞ高名な画家を呼ぶ必要があるわね! 李洪殿! ちょっと義士城まで行って今すぐ連れて来てくれない!」
「え、えぇぇっ!? そんな無茶な……!?」
筋肉お父さんの両肩に担がれ、適度に引き締まった少年の臀部と、幼子然とした小ぶりな丸々お尻が映える図。間違いなく、歴史に名を残す名画となるだろう。
キャンディは、善は急げとばかりに李洪へ命を下す。
だがそれを、李洪の直接的な上官に当たるナイツが制止するとともに、彼は切実な思いで別の頼み事を要求する。
「いいよ李洪……行く必要はないよ李洪……それより李洪、俺の顔を隠すように立ってく李洪」
「は……はい。承知しました。大殿の背中と若の正面を守りますね」
おふざけ要員が三人も揃い、一家に於いてまともなナイツが早くも降参している現状では、一側近に過ぎない李洪に為せる術はなかった。
せめてもの情け。李洪は己の体を以てして、ナイツのプライバシー保護に努める事とした。半ば精神崩壊をきたしているナイツへ同情しながら。
「ぅふぅーー! にぃににぃに! 楽しいね、にぃにっ!」
だが、ナイツ曰く「悲惨な姿」ばかりではなかった。
自分の顔面から十センチ余り離れたところで、可愛い弟が満開の花を咲かせているのも、また事実。
純真無垢にして可憐。兄の分まで喜怒哀楽に富んだと言える涼周の笑顔は、それはもう格段と輝いていた。
(…………まっ、こういうのも、たまには良いかな)
涼周の笑顔にほだされたナイツは羞恥心を忘れ、高名な画家を連れてきたメスナに気付かなかったという。哀れ英雄の卵よ、安らかに絵に収まれ。
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