大戦乱記

バッファローウォーズ

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和を求めて

梶取講和

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 剣合国軍大将 ジオ・ゼアイ・ナイト、十ヶ郷鈴木家当主 鈴木重兼、十ヶ郷郡梶取元領主 木本甚キモト・ジン。この三者が対面で座り、その傍をナイツや韓任、雑賀兵が固めている。
誰もが余興から一変した雰囲気を放ち、真剣そのものであった。

 入りはナイト。木本が長い対話を望まないと察して単刀直入に言う。

「話というのは他でもない。武器を収めて兵を引いてほしいのだ。戦は終了し、これ以上の流血は真に忍びない領域に入る。そこは紛う事なき修羅の道、決して人が踏み入ってはならない禁制の地だ。
――俺の祖父より続く因縁の糸を過去より紡ぎ、現在に至っては征服されて土地を奪われたお前達が、俺達の事を忌み嫌っているのは良く分かる。だが俺達はこれ以上、殺し合いたくないのだ。それは少なくとも、雑賀衆だって同じの筈」

 二代前の暴君・ゲンガが始めた争乱の流れを、先代の暗君・ラスフェが無駄に徹底して広げ、それ故に余儀なくされた今回の第二次紀州征伐。
剣合国軍大将としては当然ながら、ゲンガとラスフェの血を継ぎ、尚且つ面影を知る者として、ナイトは切なる想いを抱いていた。

「虫の良い事を言っているのは百も承知だ。その上で頼む! 両国に生きる民や、前線で戦う兵の家族の為に……何より次の世代の為に! 大人の男である、お前達には耐えてほしい!! 俺達剣合国軍はそちらが何もしない限り、今以上の干渉は絶対にしないと誓おう!!」

 魔力を用いずとも、ナイトの声は良く通った。
若干肌寒く感じる夜風を春風に変える程に熱情が込もり、辺りの闇気を払って逸早い朝日を拝ませる程に陽の気に満ちている。

 相手の心を見据える偽りなき眼と、真に和を求める切なる想いを前にしては、流石の木本ですら罵詈雑言を浴びせ返す気にはなれない。
彼の心中にあるナイト像を、実物は優に超えていたのだ。

 木本はナイトの熱意に気圧されつつも、論戦でも敗北を喫する訳にはいかずと奮起し、拳を固めるとともに心身を前へ乗り出した。

「…………本を正せば貴様らが始めた戦で、何故俺達が土地を失ってまで耐えねばならん。誠意を示し、尚且つ信頼を表明するなら、盗った領地を返してから大言をほざけ。人の尊厳や己の情を訴える話をするなら、先ずはそこからだろう」

 強い意志を持って反論する木本に対し、重兼が気勢を削ぐ様に答える。

「その言葉は至極尤もだよ。でもね木本、君の領地を含めて全ての土地を返す訳にもいかないんだ。皆が皆、君の様に話が通じる者ばかりではないからね。この対談で君が兵を引いた見返りに、ナイト殿が領地を返納すれば、話が分からない者達はそれを証明として反乱を起こしかねない。それではこの対談の意味がなくなり、戦の再発も懸念される。
――君一人を遇したくても、できない理由があるんだ。だからこそナイト殿は、君達に耐えてほしいと願っている」

「…………重兼様……鈴木家の新たな当主となった貴方様に、こうは言いたくありませんが…………一戦も交えずに降伏した挙げ句、所領まで安堵された貴方様に言われても何の説得力もありませぬ。ナイトの肩を持つような事を言っても、それは裏の利益が望めるからだと、話を聞いた皆が一様に思うでしょう」

「……そうだね、違いない。違いないよ木本。それもまた、至極尤もだ。でも……弁明を許してもらえるなら、降伏前と降伏後で「平井の重兼」は変わっていないよ。想う事はただ一つ…………十ヶ郷に生きる者の恒久的平和。苦痛と悲哀にまみれた者達が真に希望を持って先を生きられる治世。……私は常にそれを願い、土橋家に頼らぬ他勢力との折衝を果たしてきた。その経歴と降伏前に築いた名声を、今は信頼してほしい」

「………………」

「…………重兼様……」

 反論の言葉に苦しんだ木本が押し黙り、周りの雑賀兵が思わず名前を呼び、ナイト達も感心する中、重兼は尚も続けて語る。

「……少々昔語りをするなら……病弱な私を、母上はどんな時でも好きだと仰られた。傭兵として敵を殺し、生きて帰って富を得てなんぼの雑賀衆にあって、役立たずも甚だしい私の事を愛してくださった。「虫も殺せぬ花の様に儚い重兼が、私の息子で本当に良かった」……と」

 それは何故に、彼が彼であるのかを説明する想いの物語だった。
恨み深い雑賀衆の筆頭武力たる鈴木家にあって、土橋家や太田定久のように利潤を求めた終戦を願う訳でもなく、これ程までに想いを最優先するのは何故なのか。何故彼は、そこまで汚名を背負う事を辞さないのか。

 その証明が、今しがた話している心うちに他ならない。

「……そんな愛すべき母上は、心の病にて亡くなられた。重秀に次いで初陣の金兵衛までが、何の躊躇いなく敵将の首をあげ、それを父母に自慢した事が原因だった。弟二人の前で、母上は気丈に振る舞われていたが……心中の苦悩や悲嘆は如何ほどであったか計りしれない。
――だからこそ私は、卑怯者の汚名を背負ってでも、皆が生きられる道を選ぶのだよ。幾ら罵られようが貶されようが、私を産んで愛してくれた母上の為にも凛としてあり続ける。私が一人でも多く、十ヶ郷に生きる者の将来を明るくしていけば、同時に母上の無念も救う事ができる。それが最終的に十ヶ郷のみならず世の中の為となるならば、降伏も辞さないし、それこそが上に立つ者の責務だと心から思っている。……頭目として守るべき命を知る木本なら、少なからず分かってくれるだろう?」

 重兼の想いを前に、木本は完全に気圧されて畏縮した。
まさかこの御仁に、そんな存在理由があったのかと、心を大きく揺さぶられたのだ。

 偏に、重兼曰く「守るべき命を知る木本」だからこそだと言える。
更に言えば、それは木本のみに非ず。寧ろナイト達の方が響いていた。

(これが……平井の重兼か……! 雑賀衆にあっての仁心、治世にあっての英雄!! 彼が乱世に生を受けた事、母君に深く感謝せねばなるまいな)

 ナイトは李醒すら気に入る隣国の賢人を深く敬い、彼に大きな好影響を及ぼした母君へ感謝の気持ちを抱いた。

 何処に産まれて何処で育っても、世上である限り仁者は産まれる。
要はその仁者こそが大事であり、上に立つべき存在なのだ。

 そして重兼は、彼の言葉が響いている皆を前にして笑顔を作って見せる。

「自己利潤を追って降伏するぐらいなら、平井の重兼は死を選ぶよ。それに、今からを生きる君達を見捨てもしない。今はただ、私を信じて耐えてほしい。ナイト殿や剣合国軍を信じるのは、それからでも構わないよ。
――それでも良いですね? ジオ・ゼアイ・ナイト殿?」

 良好な流れを築いた名人・重兼が、ナイトにバトンを渡す。

 ナイトは当然の如く即答する。ここで即答しなければ彼に非ず、それは酒に酔って産み出された分身の残りカスの反骨異端児に他ならないだろう。

「うむ! 勿論だ!! 俺も雑賀に生きる者を無下には扱わぬ! だからゆるゆるで良い。時間をかけてしっかりと見定め、そして最後には信じてくれ。俺が……いや、俺達が目指す治世を!!」

 胸中に秘めたる想いを打ち明けてまで和を求める重兼と、威風堂々たる姿で大器を示すナイトから頼まれては、木本は論ずる術を失われてしまった。

「…………分かった。ここは一旦、重兼様の顔を立てるとしよう。だが貴様らの言に偽りがあった時、私のみに非ず十ヶ郷の戦士全てが離反すると思え」

 彼は一領主としての線の引き所がここであると解釈し、矛を収める事を承諾した。
ナイトは大きく首肯して返し、期待は裏切らないと固く約束する。

 こうして、後世に言われる「梶取講和」は無事に終わったのである。

「おとーさん、力使わなかった。言葉で戦、勝った」

「ふははっ、それはちょっと違うと思うよ。戦は戦でも、勝ち負けじゃないんだ」

「じゃ、何て言う?」

「敢えて言えば、上に立つ者同士で共感したんだろうね」

 ナイツと涼周は、互いに席を立って握手を交わした三者を見詰めていた。
中でも英雄然とした父の姿と、仁者たる重兼の姿は尊敬の念を抱くに相応しく、これが兄弟の後々にまで好影響を及ぼすのは言うまでもないだろう。
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