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和を求めて
城を発つ
しおりを挟む中野城 城門付近
「じゃあ李洪……押し付ける形で悪いんだけど、頼んだよ」
「承知致しました。早速、西ノ庄城へ向かいます」
アレス・エソドアへの伝言は李洪に託された。
というのも、つい最近になって降伏したばかりの同城および城域一帯へナイツが赴く事を、当の李洪が危惧したからだ。
では、ナイツは何をするかと言えば――
「にぃに、早くする。おとーさん行っちゃう。早く早く。涼周置いてかれちゃう」
「ふっははは! 心配するな息子兄弟! お前達を置いて行くなど、神仏天地天命月とスッポン薔薇とペンペン草が許しても俺が許さん」
十ヶ郷郡内を巡行して廻るナイトに同行するといった涼周のお守り、もとい暴走乱舞しかねないナイトのお目付け役である。
元々、ナイツの任務は韓任と共に警備隊を担当する手筈だった。
だがその韓任とメスナが気を利かせ、家族と一緒にいるように言ってきたのだ。
ナイツは二人の言葉に甘えて、久々に一家で行動する事を決めた。
因みに、彼が担当から外れた事でメスナに皺寄せが向かうものの、彼女はジオ・ゼアイ一家が交流する為ならば犬馬の労も厭わない…………あっ、やっぱりちょっと厭います。
とか何とか言いながらも、次の瞬間には真剣な表情を見せてくれた。おそらく、今日のメスナは全力で任務に当たってくれる筈。
それは実に頼もしい反面、ナイツの警戒心をかなり緩めてしまう。
彼はピョンコピョンコと跳ねながら手招きする弟へ視線を変えるや、巡察の意味を忘れたかの様な笑顔を浮かべる。
「はいはい! もうちょっとだけ待っててよ。それじゃあ頼んだよ李洪! 道中、気を付けて!」
歳相応の少年然とした純朴な笑顔に、李洪は改めて危惧した。
「はい。……若も、くれぐれも油断ならない様に。今日巡る場所とて、まだ完全な味方になった訳ではありません。細心の注意を払ってください」
「ふははっ! うん、分かってるよ。一応、飛蓮も独自の警備隊を指揮して警戒を強化してくれたから、メスナがサボタージュしても大丈夫だと…………いやいや、決して大丈夫ではないんだけどね! ……とにかく俺の方は心配無用だ!」
楽瑜と稔寧は中野城の守備。レモネは涼周の護衛。残る飛蓮が広域を警戒してくれる。
飛蓮とカイヨー兵の頼もしさを知るナイツは、涼周のみならずナイトやキャンディとも行動できる嬉しさが相俟って、珍しくも気を緩めていた。
故に李洪は、今のナイツが「心配無用」に該当しないと感じた。
彼はナイツを見送った後、こっそりとメスナに会う。
「メスナ殿、一つお願いがあります。連日続いた軍事行動の反動でしょうが、若は集中を切らしています。ですからメスナ殿には、若の近くで警備指揮を執ってもらいたいのです」
「了解。韓任殿にも伝えておくわ」
「宜しくお願いします。くれぐれも油断ならない様」
今回ばかりは、李洪殿が頼りになりますんでー、とは言えなかった。
メスナは何時になく気を引き締め直し、ナイツの分まで神経を尖らせた。
その一方で当のナイツは、側近達の心配を他所に気楽な様子を見せる。
「お待たせしました父上。それでは巡察を始めましょう」
「ぅ、にぃに来た! 涼周、にぃにと一緒、行く!」
涼周もナイツの手を取ってしまうし、兄弟揃ってどこか抜けている感じが否めなかった。
それを遠目に見たメスナは、李洪同様に危うさを覚える。
(確かに李洪殿が案じた通りね。こんなに緊張感が無い若は珍しすぎる……。やっぱり、連戦に次ぐ連戦が心の回復を妨げてたのね。この調子だと、大殿まで甘やかしそう……)
一家に於いて最も真面目な彼がそんな様では、ナイトに至ってはもっと心配に思えた。
だが然し、流石は良妻賢母と剣合国軍大将と言うべきか。
キャンディとナイトは何だかんだ言いつつも、しっかりとけじめを付けており、浮わついて見える息子兄弟の気を引き締め直す。
「ナイツ、涼周。示しある姿を忘れてはなりません。今から向かうのは遊びではないのですから、誰が見ても尊敬されるように構えなさい」
「うむ、奥の言う通りだな。俺も今回ばかしは、皆が言う真面目な姿に努める故、二人もそれに倣ってほしい」
こういう場面では特に、キャンディはふざけなかった。
妻として母として、恥ずべき姿を晒さないように心掛けているのだ。
強いて言えば、普段見せる戯れこそがフラストレーションを解消させ、オン・オフをはっきりさせる為の下支えを担っていた。
惜しむべき点と改善すべき点は、彼女の反転準備の為に、バスナやナイツといった真面目者が餌食にされる事。まぁ……細かい事はどうでも良いのである。
「……これは……失礼しました。戦に比べれば楽な事だと、つい思ってしまいました。……涼周、今からはしゃぐのは禁止ね。レモネも、涼周を良く見ていてくれ」
「はい、了解しました。涼周様、今回は城へ戻るまで、しっかりとしていましょう!」
「ぅにゅ……分かった」
キャンディに諭されたナイツを始めとして、涼周とレモネも態度を改める。
尤もレモネに関しては、魏儒から頼まれた護衛役の心得を愚直に守っていた為、兄弟に比べて初期状態から気合い充分であった。
「それでは行くとしよう。韓任、先頭を頼んだぞ!」
「はっ! 皆、出発だ!」
『ははぁっ!!』
韓任の号令が掛かると同時に城門が開かれ、警護に当たる輝士兵と魏儒直下兵が勇壮かつ手短な声で応えた。
こうしてジオ・ゼアイ一家は、韓任を先頭、メスナを中衛、魏儒直下兵を後衛に配して出城。救援物資を携えながら十ヶ郷郡内の巡行を開始した。
時刻にして午前十一時の事。ここから午後五時までの六時間に亘って活動し、今日は城へ戻らず、郊外で夜営する事が決まっていた。
「それでは私も西ノ庄城へ向かいます。楽瑜殿、稔寧殿。中野城の守備をお任せしました」
ナイト達に合わせる形で、李洪も中野城を後にする。
稔寧は静かに一礼して送り、皆を代表して楽瑜が一声掛ける。
「何かあればカイヨーの者が知らせに参る故、直ちに駆け付けよう」
「有事の際は宜しくお願いします。ただ、私の方は本当に何もないでしょう。あるとすればやはり、若の方です。……それでは行って参ります」
「うむ。しかと用心なされよ」
楽瑜に対して、ナイト一行に意識を向けるよう頼む李洪。
楽瑜は誰よりも堂々たる様を以て、それに頷いた。
「じゃあ李洪……押し付ける形で悪いんだけど、頼んだよ」
「承知致しました。早速、西ノ庄城へ向かいます」
アレス・エソドアへの伝言は李洪に託された。
というのも、つい最近になって降伏したばかりの同城および城域一帯へナイツが赴く事を、当の李洪が危惧したからだ。
では、ナイツは何をするかと言えば――
「にぃに、早くする。おとーさん行っちゃう。早く早く。涼周置いてかれちゃう」
「ふっははは! 心配するな息子兄弟! お前達を置いて行くなど、神仏天地天命月とスッポン薔薇とペンペン草が許しても俺が許さん」
十ヶ郷郡内を巡行して廻るナイトに同行するといった涼周のお守り、もとい暴走乱舞しかねないナイトのお目付け役である。
元々、ナイツの任務は韓任と共に警備隊を担当する手筈だった。
だがその韓任とメスナが気を利かせ、家族と一緒にいるように言ってきたのだ。
ナイツは二人の言葉に甘えて、久々に一家で行動する事を決めた。
因みに、彼が担当から外れた事でメスナに皺寄せが向かうものの、彼女はジオ・ゼアイ一家が交流する為ならば犬馬の労も厭わない…………あっ、やっぱりちょっと厭います。
とか何とか言いながらも、次の瞬間には真剣な表情を見せてくれた。おそらく、今日のメスナは全力で任務に当たってくれる筈。
それは実に頼もしい反面、ナイツの警戒心をかなり緩めてしまう。
彼はピョンコピョンコと跳ねながら手招きする弟へ視線を変えるや、巡察の意味を忘れたかの様な笑顔を浮かべる。
「はいはい! もうちょっとだけ待っててよ。それじゃあ頼んだよ李洪! 道中、気を付けて!」
歳相応の少年然とした純朴な笑顔に、李洪は改めて危惧した。
「はい。……若も、くれぐれも油断ならない様に。今日巡る場所とて、まだ完全な味方になった訳ではありません。細心の注意を払ってください」
「ふははっ! うん、分かってるよ。一応、飛蓮も独自の警備隊を指揮して警戒を強化してくれたから、メスナがサボタージュしても大丈夫だと…………いやいや、決して大丈夫ではないんだけどね! ……とにかく俺の方は心配無用だ!」
楽瑜と稔寧は中野城の守備。レモネは涼周の護衛。残る飛蓮が広域を警戒してくれる。
飛蓮とカイヨー兵の頼もしさを知るナイツは、涼周のみならずナイトやキャンディとも行動できる嬉しさが相俟って、珍しくも気を緩めていた。
故に李洪は、今のナイツが「心配無用」に該当しないと感じた。
彼はナイツを見送った後、こっそりとメスナに会う。
「メスナ殿、一つお願いがあります。連日続いた軍事行動の反動でしょうが、若は集中を切らしています。ですからメスナ殿には、若の近くで警備指揮を執ってもらいたいのです」
「了解。韓任殿にも伝えておくわ」
「宜しくお願いします。くれぐれも油断ならない様」
今回ばかりは、李洪殿が頼りになりますんでー、とは言えなかった。
メスナは何時になく気を引き締め直し、ナイツの分まで神経を尖らせた。
その一方で当のナイツは、側近達の心配を他所に気楽な様子を見せる。
「お待たせしました父上。それでは巡察を始めましょう」
「ぅ、にぃに来た! 涼周、にぃにと一緒、行く!」
涼周もナイツの手を取ってしまうし、兄弟揃ってどこか抜けている感じが否めなかった。
それを遠目に見たメスナは、李洪同様に危うさを覚える。
(確かに李洪殿が案じた通りね。こんなに緊張感が無い若は珍しすぎる……。やっぱり、連戦に次ぐ連戦が心の回復を妨げてたのね。この調子だと、大殿まで甘やかしそう……)
一家に於いて最も真面目な彼がそんな様では、ナイトに至ってはもっと心配に思えた。
だが然し、流石は良妻賢母と剣合国軍大将と言うべきか。
キャンディとナイトは何だかんだ言いつつも、しっかりとけじめを付けており、浮わついて見える息子兄弟の気を引き締め直す。
「ナイツ、涼周。示しある姿を忘れてはなりません。今から向かうのは遊びではないのですから、誰が見ても尊敬されるように構えなさい」
「うむ、奥の言う通りだな。俺も今回ばかしは、皆が言う真面目な姿に努める故、二人もそれに倣ってほしい」
こういう場面では特に、キャンディはふざけなかった。
妻として母として、恥ずべき姿を晒さないように心掛けているのだ。
強いて言えば、普段見せる戯れこそがフラストレーションを解消させ、オン・オフをはっきりさせる為の下支えを担っていた。
惜しむべき点と改善すべき点は、彼女の反転準備の為に、バスナやナイツといった真面目者が餌食にされる事。まぁ……細かい事はどうでも良いのである。
「……これは……失礼しました。戦に比べれば楽な事だと、つい思ってしまいました。……涼周、今からはしゃぐのは禁止ね。レモネも、涼周を良く見ていてくれ」
「はい、了解しました。涼周様、今回は城へ戻るまで、しっかりとしていましょう!」
「ぅにゅ……分かった」
キャンディに諭されたナイツを始めとして、涼周とレモネも態度を改める。
尤もレモネに関しては、魏儒から頼まれた護衛役の心得を愚直に守っていた為、兄弟に比べて初期状態から気合い充分であった。
「それでは行くとしよう。韓任、先頭を頼んだぞ!」
「はっ! 皆、出発だ!」
『ははぁっ!!』
韓任の号令が掛かると同時に城門が開かれ、警護に当たる輝士兵と魏儒直下兵が勇壮かつ手短な声で応えた。
こうしてジオ・ゼアイ一家は、韓任を先頭、メスナを中衛、魏儒直下兵を後衛に配して出城。救援物資を携えながら十ヶ郷郡内の巡行を開始した。
時刻にして午前十一時の事。ここから午後五時までの六時間に亘って活動し、今日は城へ戻らず、郊外で夜営する事が決まっていた。
「それでは私も西ノ庄城へ向かいます。楽瑜殿、稔寧殿。中野城の守備をお任せしました」
ナイト達に合わせる形で、李洪も中野城を後にする。
稔寧は静かに一礼して送り、皆を代表して楽瑜が一声掛ける。
「何かあればカイヨーの者が知らせに参る故、直ちに駆け付けよう」
「有事の際は宜しくお願いします。ただ、私の方は本当に何もないでしょう。あるとすればやはり、若の方です。……それでは行って参ります」
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