大戦乱記

バッファローウォーズ

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和を求めて

紀州巡行について

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 ナイトは飛空艇を城外に停めると同時に、救援物資の荷卸しを指示した。
この物資は戦火に曝された紀州の民へ配給する物であり、今までの怨恨を緩和させ、反乱の気勢を削ぐ戦後統治策の一端を兼ねている。

「父上、お疲れ様です。元気なのは言うまでもないので省きます。それより、あの飛空艇にはどれだけの物資を積んで来ました?」

 旧鈴木館の松の間で、ナイトとナイツ達は改めて再会した。
主だった将も全員が同席しており、大将であるナイトを上座へ座らせようとする。

「おとーさん、元気元気! おとーさん久しぶり!」

「うむ! 涼周よ、お前も元気そうで何より!! 先の戦でも見事に活躍したそうだな! 偉いぞぉーー!!」

 然し、ナイトは席の上下に興味を示さず、キャンディの膝上でパァパパァパと手を振っている涼周に応える形で、下座に位置するナイツの傍へ腰掛けた。
そして涼周の頭をおもむろに撫で撫でしてあげた後に、姿勢を正して諸将へ向き直り、大将たるに相応しき威厳を以て頭を下げる。

「皆もよく戦ってくれた。具体的な話に入るより先に、まずはそちらを労わねばなるまい。この通り、改めて感謝する」

 キャンディの時と同じく、皆が釣られて一礼した。

 ナイトは何時になく真剣な雰囲気を以て話を続ける。

「紀州征伐の発端は俺の父が行った愚行であり、本来ならば俺がけじめを付けるべきものだった。それを皆に代行させる形となってしまい、真にすまないと思っている」

 旧剣合国による第一次紀州征伐は今回の第二次に比べて、それはもう酷いものであった。
投降した雑賀兵の多くは拷問の末に虐殺され、幾つもの集落が存在を消滅させられ、女・道具・金品等、ありとあらゆるものが奪われた。
紀州全土を底知れぬ憤怒と悲哀が覆い尽くし、圧縮された憎悪は次代の仁君の想いすら阻害する闇の舞台となって立ちはだかり、今を生きる者に乱世の演目を強要する。
その結果が、今回の第二次紀州征伐だった。

 ナイトは剣合国軍大将として、愚王・ラスフェの実子として、本当に苦心していた。

「フッ……であれば尚の事、変な遊びをしないに越した事はない。武力制圧後のふざけは、それこそ要らん反感を招くだけだろう」

 謝罪するナイトを気遣い、いの一番に声を掛けた者は韓任。
普段であれば堅苦しい態度と敬語を使う彼が、今はタメ口であった。
それは剣合国軍大将に対する将軍という立場ではなく、あくまでも仲間の一人として、気を楽にしてもらうべく気を楽にしたに過ぎない。

 だが実際のところ、彼が見せた珍しい言動によりナイトの心は一新される。

「……うむ、そうだな。大将として変わらぬ元気を見せねばと、気を強く持ち過ぎたようだ。軽率だった! もう少し真面目に動くとしよう!」

 諫言を兼ねる励ましに、ナイトは一転して普段通りの笑みを浮かべた。
これぞナイトであるとして、韓任も微笑を浮かべて頷き返す。

「……それが良いでしょう。過去の悪名を晴らす為の大事は、今も昔も変わらずに今この瞬間です。ラスフェが悪王だったのは確かですが、ナイト様まで愚かだと思われる必要はありません。堂々とした王の姿で挑むべきです」

 家族を除いた将の中では、直接的な仲間衆に当たる韓任が最も発言力を持っていた。
ナイト本人はそれを気にしないものの、楽瑜や李洪といった者達が気にする為、直言をするのは韓任の役目でもあったろう。

「堂々たる王の姿か。確かに巡行するには、その方が間違いないな」

「…………因みに一応聞いておきますが、当初はどの様な巡察を考えておられました?」

「極めに極め抜いた至上の舞いを披露して回るつもりだったぞ! 残念ながら、奥や軍師から止められてしまったがな!」

「当たり前です」

 言うや、韓任の顔から笑みが薄れ、彼は一転して呆れ顔を作って見せた。
それは民心の安定ではない、立派な洗脳行為だ……とまでは言わないものの、お門違い甚だしいナイトの考えに苦言を呈したのだ。

(それでも実際にやってみれば、案外上手くいくかもしれんが……普通に考えて駄目だろう)

 偏に、ナイトクオリティーとは魔性の御技である。
発動に伴って魔力を消費している訳ではないにしろ、受ける側は魔力を用いねば正気を保てない程に、人間固有の喜怒哀楽を狂わせる。
要は合法的に生み出される「見る麻薬」みたいなもの。
故に、初見の人間に対する効力が予想しづらく、成功確率は賭けの要素を含んでいた。

 そして涼周を除くナイト以外の見解が「そんなギャンブル性の強い和解策を、恨み節の詰まった相手に押し付けるな」……である。

「皆の意中はやむ無し……か。では堂々たる様を以て、紀州を巡行するとしよう」
ここで漸く、ナイツの問いに話が戻る。

「さて、それでは先程の話だが……俺が乗ってきた飛空艇には、十ヶ郷郡を支援するだけの物資が積んである。先に陥落した中郷、宮郷、南郷には既に、八月の将・宋侭が手配を済ましている」

「それなら後続の輸送団が雑賀荘と蓮智郡に当たるのですね」

「ああ。安楽武の後続団が両地へ派遣される予定だ。ただし雑賀荘に関しては、先ずは十ヶ郷の安定を図り、安全な空路を確保する必要がある。蓮智にしてもそうだ。同地の抵抗戦力を無力化しない限り、輸送どころではない。とは言え、蓮智には李醒の本軍が駐屯しているからな。何の心配も要らんだろう」

 今回の紀州征伐に於いて、最たる激戦地は十ヶ郷郡だ。
雑賀衆の主力を誇るとともに、剣合国への怨恨が一番強い鈴木家が治めるだけあって、戦闘の規模は他の追随を許さず、死傷者の数も桁違いだった。
それに伴って支援を必要とする者が多く、雑賀荘との連係も考慮すれば、逸早い対応が望まれる要所に該当した。

 ナイツはすぐさま、これからの動きを確認する。

「では早速、十ヶ郷郡の丸め込みを行う訳ですね」

「その言い方は何となく気に入らんが……まぁそういう事だな」

「すみませんでした父上。敵意緩和工作ですね」

「それはそれで嫌らしい言い方だな。もっとこう……そう! 「仲良くなろう週間」とかだ!!」

「…………子供ですか……」

 限りなく安直な表現に、ナイツは一瞬言葉を失った。
その上で彼は、メスナと飛蓮が内心面白そうと思うのを他所に辛辣な返しを行ったのだ。

 対するナイトは別段傷つくでも怒るでもなく、至って真面目に反応する。

「子供だと周りの目を気にする事なく、平然と奥に抱き付けるから良いなとは思う」

「…………馬鹿。そういう意味じゃないでしょ」

 キャンディに抱かれる形で船を漕ぎ始めた涼周に、羨望の眼差しを向けるナイト。
そんなナイトを見て、呆れと羞恥心を半々に抱くキャンディ。
それでもナイトは、軍議そっちのけで逸れた話題を尚も続ける。

「いや真面目な話な、今の涼周を見ていると凄く良い夢が見れそうで良いなぁ……と」

「……昨日膝枕してあげたでしょ。今日ぐらいは格好良く構えてなさい」

「…………はい」

(わぁぁーー! 大殿、グッジョブですぅ!!)

 しゅんとした剣合国軍大将に、メスナは心の中でエールを送ったという。

 結局、この日の軍議では各地を廻る日数や道程を話し合った。

 そして軍議が終了して皆が解散となった頃。
ナイツと李洪の二人は、ナイトとキャンディ以外の退出を見届けた後に、ある重要な報告をもたらす事にした。

「父上。二日前の事ですが……実は十ヶ郷郡最西端にある西ノ庄城にて、アレス軍の次席 アレス・エソドアと密会しました」

「……ほぅ、黒巾の大宰謀は何と言ってきた?」

 それは奇なりとばかりに、ナイトは顔色を変えて尋ねた。
キャンディも自ずと気を引き締め、腕を組んで一心に聞く体勢をとる。

 ナイツは二日前に話し合った内容の全てを報告し、その上で一言詫びる。

「…………敵国の重役と勝手に密会した上、逸早い報告をしなかったのは申し訳ありません。先方がゆっくりで良いと言った事に甘え、かつ情報漏洩を防ぐ為に、今日到着する父上のみに直接話した方が良いと判断しました」

「それで構わんぞ。…………だが、そうか……。彼等の方も同盟を模索していた訳か」

「……という事は父上も……」

「あぁ、俺というより軍師だがな。少し前から安楽武が義士城を不在にしていただろ? あれは覇攻軍との戦に備えて下準備に回っていたんだが、その過程でアレス軍との同盟を視野に入れたらしくてな……。あいつも色々と謀り始めていた」

 どうやら安楽武の中では、次の戦が始まっているようだった。
そしてその戦にはアレス軍との同盟が必要との事。

 ナイトは腕を組んで小さく首肯し、今の情勢を鑑みた結果、すんなりと方向性を定める。

「これも何かの縁と思える。彼等の誘いに乗って同盟を考えるべきだろう」

「縁……ですか」

「うむ、縁だ。戦略的な重要性については、大宰謀と会った時に理解しているのだろう? なら今更、俺なんかが口を出す必要はない。……格好良く言うならば、俺が重要視するのは縁という名の『天命』だ」

 ナイツが戦略的思考に走るなら、ナイトは感情を伴った他の思考。
差し当たり今回に関しては、曲者と噂されるアレス・ジーイングを推し測らんとした。

「天命がどうとかは分かりませんが……父上個人の意向がはっきりしたのなら、それだけでもエソドアに伝えようと思います。彼はまだ、西ノ庄城に滞在しているらしいので」

 ナイツとの密会の後、エソドアは草部斎門慶クサノベ・サイモンケイが城主を務める西ノ庄城に滞在していた。
理由は言わなかったが、大方が返事待ちといったところだ。

 ナイトは再び小さく首肯し、エソドアとの連絡をナイツ等に一任する。

「そうしてくれるか? 同盟の締結が決まった訳ではないにしろ、向こうが良い返事を望んでいるのは間違いない筈。それに折角隣国にまで出向いて来たのに、何の収穫も無しでは流石に可哀想だからな。
――国の大事は皆と共にこれから煮詰め、追々遣いを出すとしよう」

 安楽武や李醒を筆頭とした首脳陣も交えて協議すべき内容を、剣合国軍大将と次期大将だからと言って勝手に決める訳にはいかない。
あくまでもナイト父子が個人的な賛成を示しているという報告を持って帰させる事が、今できる限界の対応だった。
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