大戦乱記

バッファローウォーズ

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和を求めて

兄弟東西勧告

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「李醒は重秀追討の軍を編成し、間髪を入れずに蓮智郡へ侵攻した。
衆寡敵せず。重秀は李醒の大軍を前に敗戦を重ね、最終的には雑賀水軍を纏める狐島吉次キツネジマ・ヨシツグと松田定久の協力を受けて国外へ亡命した。

 かくして、第二次紀州征伐は完了した。
ジオ・ゼアイ・ナイトは将兵の労をねぎらうと同時に、民心の安定を図るべく、紀州十ヶ郷郡へ赴いて各地の巡行を開始する。
あの御方とナイツもそれに同行し、戦後復旧に努めたという」




 重兼の説得を受けた佐大夫が投降した事で、中野城は剣合国軍の手によって接収された。十ヶ郷郡侵攻が始まって二日後の、午前十一時の出来事だ。
李醒はそこから更に進撃し、呉穆と宋侭を先陣にして蓮智郡へ進出。備え不充分な隙を突き、電撃的な速さで重秀を一蹴する。

 然し、それでも重秀は負けを認めなかった。
千に満たぬ敗残兵を連れて海上へ逃れ、他国へと落ち延びたのだ。
つくづく逃げ足の早い奴等だ……とは李醒の後日談。

 その一方で十ヶ郷に残っているナイツ・涼周・亜土雷達はどうしているかと言うと、彼等は彼等で十ヶ郷郡を完全に平定するべく、各地の集落や軍基地に出向いていた。



十ヶ郷郡東部

 ここは、とある小城の郊外。剣合国軍から持ち掛けた話し合いの席にて、城将とその側近達が、亜土雷と涼周からの降伏勧告を受けていた。

「余計な前置きは時間の無駄だ。……降伏か、死か。今すぐにどちらかを選べ。白黒はっきりせねば武力行使も厭わ――」

「亜土雷、怖い。みんな怖い怖い思ってる。お目め、キラキラさせる」

 稔寧の膝上にちょこんと座り、背後から抱き締められる形で落ち着いていた涼周が、隣に腰掛ける亜土雷の頬っぺたに手を伸ばす。

 ペチペチと可愛らしく叩かれた亜土雷は、無意識の内に殺気を緩めた。

「…………すまぬ、光らせる事は無理だ」

 ナイツお兄ちゃんが立てた懐柔策「飴と鞭ならぬ鬼と天使」、もとい涼周と亜土雷ペア。
超殺人的強面の亜土雷が先陣を切って脅迫した途端、涼周が宥めに入ってほっこりさせる。
武力行使だの死だの、物騒な言葉を並べ立てる鬼の隣に天使が居れば、必然的に天使が言った事に耳を貸す。言い替えれば、亜土雷は憎まれ役に徹するということだ。

「顔に花付ける。髪の毛と耳と目に花付けて……あとは口に薔薇咥えれば大丈夫。恐くない大丈夫。だからたくさんの花付ける!」

 然し、損な役回りにしないのが新進気鋭の涼周プロデューサーだろう。
目が煌めかないなら、道中で集めた沢山の花を添えて殺人的強面のイメージを払拭。
先ずは形から入る。それが涼周プロデューサーの戦法其の一だ。

「あとは言葉、変える。「あもーれ」とか「しゃるうぃーだんす」とかって言う」

 戦法其の二。甘い誘いを意識してフットワークの軽さを主張させる事。
これは実際の言動に甘美な色を纏わせて、亜土雷の口下手を補う狙いがあった。

 だが、当の亜土雷は初めて耳にした単語を前に、困惑の色を匂わせる。

「しゃるうぃ……だんす? ……暫し待て。童殿は何処でそんな言葉を覚えてきたのだ?」

「おとーさん言ってた。西の方でおかーさんと会った時、「しゃるうぃーだんす!」って言ったら、おかーさん一緒に来てくれたって言ってた!」

「成る程。要は……初対面の者に対する挨拶と、良好な関係を求める言葉を兼ねたものか。ならばこの薔薇もそうか? 唇が棘で切れて痛いのだが……」

 薔薇を咥えたまでは良かったものの、慣れない動作の為に唇を切ってしまった亜土雷の口許は、薔薇の棘と滴る鮮血によって逆効果の恐さを醸し出していた。
薄く灰がかったような肌色も相俟って、さながら吸血鬼の様相である。

「ぅ、そうみたい。あとでお口痛い痛い飛んでけしてあげるから、我慢する」

「戦傷に比べれば、これぐらいはどうとでも無い」

 ナイトがキャンディにプロポーズした時の言葉とかアイテムとかを、涼周プロデューサーの指示の下、忠実に再現する亜土家当主の図。
端から見れば完全に遊ばれている様にも映るが、何気に本人達は楽しんでいた。
稔寧に至っても、二人から感じられる「楽」と「陽」の気配から美しい図だと判断。城将達の放つ困惑の気配も、降伏勧告に似合わぬ会話からきているのだろうと誤認してしまう。

 亜土雷は殺人的強面が改善された事を確信し、改めて城将達に向き直る。

「よいかお前達、シャルウィー・ダンスだ。剣合国に恭順せよ。シャルウィー・ダンス」

 元々持ち合わせる盛大な睨みと威圧感に加え、謎の言葉と花々を前面に押し出した勧告。
それは最終兵器マジデヤバイにして、魏儒の創作品に匹敵する化物だった。

 しかも質の悪い事に、プロデュースした涼周とプロデュースされた亜土雷の当人達が、その最終兵器を可愛い・素敵・見事と捉えていること。

 城将達は堪らず、逃げるように頭を下げた。

「はっ……ははぁっ……!! しゃるうぃー・だんす、承りました。降伏致します……!!」

(…………寧ろさっきより恐ぇよ……)

 彼等はさっきの亜土雷に戻って欲しいと感じる傍ら、亜土雷・涼周コンビは敵に回すべからずと、良くも悪くも認識をあらためたという。

 これこそ、十ヶ郷郡にて密かに語られる「亜土家当主の有情覇顔剣ウジョウハガンケン」である。
こんな最終兵器を見せられて「有情」と言えるのか、言葉であって「剣」ではないのでは……等々、色々と指摘したい事はあるだろうが、浴びた者達と浴びせた当人達にとっては古今稀に見る「有情覇顔剣」なのだ。

 兎に角、亜土雷・涼周ペアはこの日、小城を一つに砦を二つ、集落を三つトキ伏せた。
これによって十ヶ郷郡の東半分は平定され、完全な剣合国軍領となった。



十ヶ郷郡西部

 亜土雷・涼周ペアが東半分を受け持つ一方、ナイツ・李洪ペアは鈴木重兼と岡崎三郎を伴って西半分を廻っていた。

 西部一帯は鈴木家の主力軍が壊滅して中野城が明け渡されて尚、対アレス軍への戦力を保持しており、重兼直々に武装解除を命じるまで防衛線が機能していた。
それ故、降伏勧告の為に設けた席も必然的に物々しい状態となってしまい、ナイツ・李洪ペアの巡回は目に見えて遅れていた。

 だが、それでも着実に話を済ませていった結果、日の暮れる頃には最西端に当たる西ノ庄城以外の拠点を廻りきる。

「……さて……日も落ちた事だし、今日はここまでにしよう」

 夜の訪問に付きまとう危険と無礼を忌避したナイツは、西ノ庄城より東に位置する古屋集落の軍基地にて、明日を待つ事に決めた。

 彼が基地の談話室でそう告げると、護衛として同行したメスナが激しく同意する。

「そうしましょうそうしましょう! 一日中警戒しっぱなしで流石に疲れましたよーー!!」

「…………終了と言われた途端に、疲労とは無縁みたく元気になりよった」

「いやいや、すっっっごい気疲れしたんですよ? 今日が始まってから今まで、私まったく台詞ありませんでしょ? めっちゃくちゃ神経尖らせてたんですから! 決してサボりとか、ニコニコの対談中が暇に思えたとか、奥方様へのお土産はどうしようとか……余念という余念は一切持ち合わせていませんでしたから!」

 苦しい言い訳どころか、疲れ過ぎて自供している事に気付かないメスナ。
いや、気付いていながら、ナイツの反応を楽しむ為に敢えて暴露しているのか。

 ともかく、ナイツは呆れ顔を作ると同時に真相を言い当てる。

「はい、はい。対談の流れが上手くいってる時は集中力切らして他事考えてた訳ね」

「あらあらぁ~バレちゃいましたぁ?」

「ふはははぁー、伊達に何年も「若」と「側近」やってないよ」

 李洪以上にペアを組んでいる期間が長いナイツとメスナ。
互いの考えが容易に察し合えるほど二人の関係は深く、大人顔負けの実力を誇るが故に普段から張り詰めているナイツでも、メスナの前では気を緩める事ができるのだ。

「……若、メスナ殿。話の腰を折るようですみませんが……」

 そのやり取りの阻害を心苦しく思いながらも、来客対応に出ていた李洪がある報告をもたらしに現れた。

「李洪、お疲れ様。……どうかした?」

「はい。先程、西ノ庄城より使者の一団が参り、若と面会したいと言っています。序でに同席させたい第三者も居るとの事で、追い返すのも待たせるのも得策ではありませんので、今から会ってもらえませんか?」

(うげぇーー、そっちから来るとか、余計な気遣いしやがってぇぇーー)

 メスナは言葉には出さないものの、明らかなガッカリ顔を浮かべて見せた。
ナイツはそんなメスナを徐に無視しつつ、会うこと前提で李洪に問い返す。

「同席させたいって言う第三者の名前と、所属している軍は?」

「はい……それがですね…………」

 すると、李洪は途端に表情を強張らせ、言葉に詰まる。

 それを見たナイツとメスナも、一瞬で気持ちを入れ換えた。
冷静沈着な李洪が困惑のあまりに口を塞ぐ存在が、敢えて輝士隊一千名のド真ん中に訪問してきた……これは只事ではないのだと。

「西ノ庄城の城主と共に現れた者は……アレス軍大将 アレス・ジーイングの弟、謀将と名高いアレス・エソドアです」

「…………へぇ……『黒巾コクキン大宰謀ダイサイボウ』が、俺に何の用だろうね」

 一瞬だけ戸惑いを見せるものの、次の一瞬でナイツは不敵に笑った。
これはまた、紛う事なき厄介者が現れたぞ……と思えばこそ、部下の為にも自分の為にも、否が応でも余裕を見せざるを得なかったのだ。
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