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紀州征伐 後編
両軍激突!! 紀ノ川渡河作戦
しおりを挟む「亜土雷隊、出陣する」
「全軍出陣だぁーー!!」
『オオオオォォォーーー!!』
亜土雷の号令を鋭籍が勇ましく改めると同時、剣合国兵一万五千は猛然と渡河を開始。
絶え間ない水しぶきを上げながら意気高らかと突撃し、発生した震動が強引な避難勧告となって水中生物を追い散らす。
亜土雷大隊は全軍で横陣を形成しており、東端から亜土雷、鋭籍、棋盛、亜土炎の順となっている。兵力に関しては亜土炎隊が六千で、他の三将は三千ずつであった。
対する鈴木勢も紀ノ川に沿って横陣を形成しており、東端から的場昌長、鈴木重秀および鈴木金兵衛、佐武義昌という配置になっている。兵力に関しては、各隊が四千ずつを率いていた。
「亜土雷“隊”……ね。うちより多い軍勢規模の癖に、あくまでも“隊”を名乗るってか」
「嫌がらせっすよ兄上。それよりめっちゃ来てますよ。どうしますーー」
「どうしますもへったくれもねぇよ! 全軍、銃を構えて合図を待て!! そんで構えたら構えたで、心に不退転を宿せ!! ここで一歩でも下がれば、全員あの世行きだと心得なっ!!」
『オオオォォッ!!』
叱咤激励を兼ねた重秀の号令が下り、雑賀兵は迫り来る剣合国兵に照準を合わせた。
強き心を以て勇壮に狙いを定め、内に灯した覚悟の炎を更に勢いづかせる。
ここで負ければ次は無いと、皆が気持ちを引き締めたのだ。
「撃てやあぁぁーー!!」
「弾けぇっ!!」
そして川の真ん中より北側に亜土雷大隊が差し掛かった時、横陣中央に位置する重秀と鋭籍が、ほぼ同時に号令を下した。
「撃て撃て! 撃ち尽くせぇーー!!」
「盾だ! 防ぐ――ぬおぉっ!?」
銃兵一千五百名の一斉射撃と、前衛盾兵により鉄壁防御の間接的衝突。
けたたましい発砲音に続いて盾防御による金属音が鳴り響き、衝撃によって体勢を崩した盾兵同士が衝突する事で俄に陣形が乱れる。
「ちっ! やっぱ大国ともなれば盾の一つでも硬ぇなぁ!」
「雑賀銃の威力……想像の倍をいっている……! これは長くは持たんぞ!」
流石は鈴木家独自の特製銃。流石は剣合国製の金剛壁。
互いの性能が高い為に相殺となり、重秀と鋭籍は図らずしも敵軍を褒め称えた。
然し、地の利を含めた状況が圧倒的に有利なのは鈴木勢であり、鋭籍の方に至っては苦戦必定を思わされる。
「二列目出ろ! 構えて三秒で撃て!! ……三・二・一ッ! 撃てやあぁぁーー!!」
「弾の雨が来るぞ! 防御体勢!!」
鈴木勢による二段射撃。亜土雷大隊は再度防御姿勢に移った。
「ぐっ……! 一発ずつが重い! ただの銃じゃないぞ!」
「くおぉっ! 怯むな怯むな! どんどん突き進めぇー!」
一発一発を防ぐ毎に盾が悲鳴を上げ、腕に伝わった衝撃が兵士の体を大いに揺さぶるものの、それでも亜土雷隊は勇敢に突撃した。
いや寧ろ、ここで立ち止まれば徒に死ぬ事を意味すると捉え、早いところ敵と接触するべく突撃せざるを得なかったと言える。
「続けて弓兵だ!! 射てやあぁぁーー!!」
銃兵三千名による二段射撃の後は、弓兵一千五百名の一斉掃射。
対する亜土雷大隊は、水面より上で斜めに構えていた盾を水面と平行にし、真上から降り注ぐ矢の雨に対応した。
それによって放物線を描いて飛来する矢の悉くが、盾によって弾かれる。
「繋ぎの攻撃とは言え、あまり意味がなかったな。さぁ! この隙に――」
「撃てやあぁぁーー!!」
「な、なにっ!?」
矢の雨が降り終わる前に、第一列の銃兵一千五百名が二度目の迎撃射撃を開始する。
あまりにも早い弾込め、あまりにも早い列替え、合い過ぎる容赦ない攻勢。
鋭籍が思わず動揺し、亜土雷までもが睨みを一段と強めた想定外の練度だった。
「ぐぅ!? がはぁっ!? がっ……!」
「奴等、いつの間に――ぐあぁっ!?」
次の瞬間、亜土雷大隊の最前衛は蜂の巣にされた。
先の三回と比較ならない程に陣形が乱れ、倒れた兵士と盾が先を塞ぎ、鮮血があっという間に紀ノ川を赤黒く染めていく。
「痺れるだろぉ? 俺らの早合は。何せ家の兵はな、鍬を持つのと同じぐらいに銃を持つ。田ぁ耕す暇があれば銃! 銃撃つ暇があるんなら戦! んで、それを更に極めて田・銃・戦!! 逸早く状況に合わせて無駄なく動き、ひたすらに敵を撃つ!! だからこその『早合』だぜ!! てめぇ等のなんちゃって銃とは訳が違うんだよっ!!
――二列目ェ! 一切合切の遠慮なく、平等に撃ち殺せやあぁぁーー!!」
『ウッシャアアアァァーー!!』
乱れた陣形を攻めるのは至極当然な戦法。
二列目の雑賀兵は入れ替わると同時に銃を構え、膝をついて狙いを定めると同時に射撃。
正規軍精鋭部隊に匹敵するまで鍛えられた一連の動作は、負け続けた憂さ晴らしも相俟って容赦なかった。
この第二射で亜土雷大隊の陣形は更乱れに乱れ、勢いは完全に削がれて進撃も止まってしまう。
「……連勝による慢心が招いた結果か。やってくれるな、鈴木重秀」
亜土雷は鈴木勢を甘く見た事を悔やみ、一旦後退するべきだと判断した。
だが、彼が全軍に指示を出すより先に、まさかの事態が起きてしまう。
「これしきの矢弾、何て事はない! 真の精鋭ならばこの程度で臆するな!! 下がってはならん!! 今より骸を盾にしてでも前進し、敵陣に斬り込む! 全兵、この亜土炎に続けぇ!!」
将軍にして亜土雷大隊右翼の司令塔である亜土炎が、意地を貫く強攻姿勢に出たのだ。
「……炎が功に焦ったか……」
弟が先頭を切る突撃は、本人の魔力声によって東端から西端にまで届いた。
亜土雷は、やれ仕方ないと睨みを強める一方で前衛に加わり、前方に構える佐武義昌を一点に捉えて長剣を振り下ろす。
「後ろではない。征くべきは前だ。命惜しければ敵と噛み合え」
本来ならば右翼が敵と接触して囮役を果たしたところに、亜土雷が出現して猛攻を仕掛ける手筈だった。
然し、亜土炎が早くも姿を現した為に、弟の尻拭いという形で出撃せざるを得なくなる。
「亜土雷様……亜土炎様。……全軍! 我等が将に続けぇーー!!」
「雑賀の銃弾ごとき、一片の恐れを抱く程でもないぞ!! 後がない敵を今以上にのさばらせるな!! 一気に切り込んで制圧するのだ!!」
『オオオォォッ!!』
兄弟の副将にして中央の要・鋭籍と棋盛の号令により、亜土雷大隊は全軍一丸となって進撃を再開。両端の亜土兄弟が兵を引っ張っている事は言うまでもなく、猛兵の行進に相応しき勢いを取り戻した。
「ふっふっふっ! 勢い頼みの戦に走るとは、愚かな若造共よ。そんなに死に急いでなんとするのだ。
――さぁさ! 撃てぃ撃てぃ!! 一人残らず動かなくなるまで撃ち尽くせぇ!! 引き上げられた雑魚の様に哀れな奴等を! 撃ち抜かれて死に絶えた川鵜の様に! 娯楽の要領で始末しろォ!! 奴等に人としての憐憫は要らぬぞォーー!!」
最も進んでいる亜土炎隊と対する的場昌長。
得物である大薙刀を振りかざし、重秀に先んじて一縷の容赦もない射撃号令を下す。
「矢と弾の一斉掃射が来るぞ! 最前列は盾を前面に押し出して身を屈め、後列の者は水平に掲げて前の者を守るのだ!!」
射撃が繰り出されるより先に、亜土炎は対応策を指示した。
水面に顎を当てる程にしゃがみこんだ最前列が銃弾を防ぎ、後列は前列の者ごと自分を守るように盾を水面と平行に構える。
「無駄無駄ムダァーー!! 纏めて魚の餌になりまくれェーー!!」
狂気を感じさせる含み嗤いとともに、的場は亜土炎隊の総崩れを望んだ。
『なっ……なにぃ!?』
されど一瞬の後には、両部隊の動揺のみが広まった。
というのも、天空から降り注ぐ矢の雨は広域に張られた魔障壁によって頭上一メートルの所で無力化され、一秒遅れで向けられた銃弾も、黒霧に包まれて大半が無力化された後に水中に没したからだ。
亜土炎や的場、剣合国軍兵や雑賀兵、更には亜土雷や重秀その他諸々の将兵までが、突如として起こった絶対防御に戦を忘れて驚愕した。
「これは一体……はっ!」
亜土炎は魔力から発せられる気配を辿った。
そして気付く。何と自分の背後に当たる部隊中衛の辺りに、仁王のごとき巨漢が水面上で仁王立ちして、堂々と腕を組んでいるではないか!? ナイト曰く「これぞ正に、漢の表面張力である!!」だ。
更に言えば、その双肩には魅惑の幼子と絶世の白髪姫姉妹が、ちょこんと座っている。
亜土炎の心に、剣合国兵の心に、絶大なる闘志が沸き上がる光景だった。
「矢弾の備えは我等に任せ、汝等は敵にのみ集中なされよ! 今が紛うことなき勝機なれば、剣合国軍の勇者達よ! 汝等は邁進あるのみぞォ!!」
「亜土炎! 前進する!! 涼周と稔寧、みんな守る!! みんなで突撃する!!」
『ッ!! ウオオオオォォォーーー!!!』
涼周及び楽瑜の檄に応え、下がっていた士気が急上昇。
亜土炎隊は爆発を示すと同時に盾を放り投げ、敵陣目掛けて突喊した。
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