大戦乱記

バッファローウォーズ

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紀州征伐 後編

陣中の姉妹花

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 李醒の密命もとい餌付けを受けた涼周は、出陣準備中の亜土雷隊にお邪魔していた。
本部の一角に置かれた椅子に腰掛ける稔寧の膝上に座り、いつの間にか運び込まれていた蜂蜜瓶をいつの間にか奪取した上で、とても大事そうに抱えて花を咲かしていた。

「うむ。やはり陣中には花があるべきだ」

(((……何だ……アレ……)))

 亜土雷がその光景を見て和むのを余所に、彼の副将である鋭籍エイセキと、弟の亜土炎、更には亜土炎の副将である棋盛キセイまでもが、陣中に違和感を覚えた。

「……わたくし達の事は、どうかお構い無く」

 三人から疑念の気配を悟った稔寧が、にこやかに微笑み返した。
ゆっくりとした言動が武人の心に余裕を持たせ、幸薄そうな雰囲気が男性の心に保護欲を抱かせ、白百合の様に可憐な笑みが独身男達を魅了させ、長く清らかな白髪が皆の目を釘付けにさせる。

鋭籍(あぁ…………綺麗だ……!)

亜土炎(美しい……その一言に尽きる……)

棋盛(確かに、陣中にも花は必要ですな)

 稔寧の膝上でちょこんと座る涼周に亜土雷が和むならば、蜂蜜瓶を抱き抱える妹を上から抱擁する姉に対して、鋭籍達は心を奪われる。

「あ……あの……どうか本当に、お構い無く」

『いやいやいやいや。此方こそお構い無く』

 注目を浴びていると感じた稔寧は困惑の色を浮かべながら手を振るものの、鋭籍達にとってはそれすらも最高の癒しとなっていた。
普段であれば一挙一動を睨み付ける亜土雷が主役となる色の無い軍議だが、今回に限っては至高の白百合が二輪も咲いているのだ。
構うなと言う方が無理であり、構うなと命じられれば、それは酷というもの。

「お前達、いいから軍議に集中しろ」

(((…………酷だ…………)))

 その矢先、稔寧には同僚という感情を向けるロリ雷が、鋭籍達の意識を呼び戻す。酷だ。

「……えぇ、して……どのように攻めるか、でしたな」

 彼等は気持ちを入れ替えて軍議を再開する。
ロリ雷が口下手である為に、進行役は鋭籍が務める事になっていた。

 先ずは棋盛が報告を行い、次いで亜土炎が尋ね返す。

「先ほど斥候に川の深さを探らせました。三分の一ほど行った所で腰の辺りである事から、川の真ん中まで行けば胸の辺りに水が来るでしょう。その為、敵と接触するまでに相当な時間を要するかと」

「川の真ん中までは、どれぐらいの距離だ?」

「およそ八十間(約150メートル)です」

「八十間……雑賀銃の有効殺傷距離の限界だな。つまり、俺達は中央から対岸の間で迎撃射撃を受ける事になるのか」

 鈴木家が独自の製法で量産した特製銃は、弾丸の飛距離と貫通性能が他家の物や他勢力の物より優れている。
偏に鈴木家の強さを示す物であり、剣合国軍に勝る武器だった。

 亜土炎と棋盛の会話は尚も続く。

「ここは定石通り重装兵を前面に押し出し、銃弾を防ぎながら進むべきでは?」

「……あぁ、敵の備えが不完全なうちに攻め落とすなら、それしかない。
――だが、雑賀銃の威力・飛距離・貫通性能を前にしては、ただの重装甲では心許ないのも事実。……ここは重ね合わせた盾を頭上に掲げて頭部を守りつつ、首から下は水の中に入れた状態で進むべきだと思う。それなら移動も比較的安全に済む筈だ。……ただし時間はかかるがな」

「でしたら、盾を多く用意致しましょう」

「ああ、できるだけ多くの装備を掻き集めてくれ。そして全軍が横陣状になって前進し、敵陣を隙間なく攻め立てるのだ」

 亜土炎と棋盛が言い終えると同時、睨みを強めた亜土雷が割り入る。

「ただ闇雲に進撃するだけでは大した戦果にならん。ここはもう一手、付け加えるべきだ」

「……もう一手、と言いますと?」

 副将の鋭籍が問い返すと、亜土雷は軍議用の駒を用いて簡易的な布陣を形成する。

「例えば……横陣の戦力配置を偏重させ、敵に主攻を勘違いさせてみてはどうだ。炎の部隊が大勢の兵を以て右端を固め、反対側の左端には精鋭部隊を固めた私が布陣する。私と炎の間は鋭籍と棋盛が埋め、炎以外の三隊は兵数を同じくする」

「亜土炎様の部隊を大戦力と見せて敵の注意と迎撃戦力を引き付け、生じた隙を亜土雷様が攻め、敵の横陣を端から崩していく訳ですか。確かに、どうせ攻めるなら一工夫凝らした方が面白いでしょう」

「成る程。……では戦力配置の件ですが、私と鋭籍と亜土雷様は三千ずつ。亜土炎様は六千として、第一陣と第二陣に別れる形で進撃するのが良いかと」

 鋭籍と棋盛は賛同した。亜土炎も次いで理解を示す。

「…………兄上がそれで良いと言われるなら、私に異論はありません」

「私はそれで良い」

 亜土雷の即答によって策は定まった。

 だが、彼や副将の二人が気付いていないところで、亜土炎は不満を抱いていた。

(私は所詮、囮役……兄上が居られれば主攻にはなれず……か)

 亜土雷との実力差に劣等感を抱く亜土炎には、この作戦が俄に納得いかなかったのだ。
ただでさえ剣術・知略・用兵の術で大きく劣っているというのに、今回の作戦が成功すれば更に開きが出そうなもの。正に亜土雷の名を知らしめるだけである。

(李醒将軍も、攻め落とせそうなら一気に攻めよと申されていた。ならその大兵力を以て、一気呵成に突っ込んでやる。亜土家の将軍として、大功を立てずに終われるか!)

 故に、亜土炎は焦っていた。本来ならば助攻役の彼が、抜け駆けして主攻を張ってやろうと息巻く程に。

「…………」

 それに気付ける亜土雷達ではないが、人の不幸・不満に敏感な涼周と、気配から不穏な色を感じ取った稔寧には、亜土炎の危険性が良く分かった。

 涼周は稔寧の膝上から軽やかに飛び降り、亜土雷を激励する。

「……ぅ、涼周、戻る! 亜土雷、頑張る!」

「亜土炎様、鋭籍様、棋盛様も、御武運をお祈り致します」

 椅子から立ち上がった稔寧も一礼し、三将の武運健闘を祈った。

 姉妹の激励を受けた将軍達は、半強制的に亜土雷が代表となって返礼する。

「有り難き気遣い、感謝する。我等の戦ぶりを存分に披露して見せよう」

(((…………綺麗だ……!)))

 毅然として構える亜土雷に反して、亜土炎と副将二人は惚けていたという。

 涼周と稔寧は出陣準備に努める亜土雷隊の陣地を後にして、楽瑜達が居る自陣営に戻る。
そして涼周は、そこである事を進言するのだ。

「楽瑜、稔寧! 涼周、亜土炎手伝う。楽瑜と稔寧も手伝って」

「承知致した。我が双肩に二人を乗せる故、攻めは涼周殿、守りは稔寧に託す!」

 何と、涼周は単独かつ独断の参戦を決めた。これは李醒の予想を凌駕するものだった。
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