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紀州征伐 後編
血肉に塗れし黄花
しおりを挟むナイツ隊が雑賀騎兵三百を蹴散らした頃。
彼等とは反対側に位置する飛蓮隊五百名は、今しがた来襲した雑賀歩兵七百名と交戦状態に入っていた。
とは言えそれは、交戦とは名ばかりの一方的な撃退に近い戦況だった。
飛蓮隊はナイツ隊同様に……否、伏兵戦法に長けるカイヨー兵は輝士兵以上に凄まじく、雑賀兵は各小隊ごとがズタズタに乱され、総崩れ一歩手前の状態に陥っている。
「ぅ、もう諦める! 降参する! 武器捨てる!」
そこにあって涼周の言動は止めの一撃に匹敵した。
小さな手が一振りされるだけで黒霧が発生し、呑まれるだけで雑賀兵は気絶していく為、魔力を扱えない彼等では幾ら束になっても勝ち目などない。
その上で殲滅ではなく降伏を促されれば、戦況悪化に伴って投降兵の数は増えていく。強いてはそれが、決定的な敗北に直結していくのだ。
「あんた等、こんなにやられてまだ戦うつもり!? もう充分過ぎるぐらいに分かったでしょ! 私達には勝てない! たからさっさと降参しろっ!!」
敵味方ともに最小限の被害で済ましたい飛蓮は、絶好の狩り刻を前に降伏を促した。
「くそ……強すぎる! ……でもまだだ! まだ俺達は戦うぞ! 剣合国の狗に成り下がった貴様等カイヨー人ごときに頭を下げられるか!!」
「っ! この大馬鹿ども!!」
半数近くが損傷した状態でも、雑賀兵は降伏を良しとしなかった。
飛蓮は激昂する。なぜ理解しない、なぜ生きる事を喜ばない……と。
然し、彼女自身も完全に否定しきる事はできなかった。
剣合国軍の諸将がその様に扱わずとも、他国から見れば飛刀香神衆は剣合国の私兵みたく思われていると、心の何処かで認めていたからだ。
「姫様、これは殺らねばなりますまい」
「左様。下手な情は味方を危険に曝します」
「私はいいから、それを涼周殿に言ってあげて!」
飛蓮に進言したカイヨー兵達が彼女から示された方を見ると、涼周が先ほど以上に突出していた。突出して、懸命に黒霧を出したり説いて回っていた。
「りょ、涼周様!? 出過ぎです! 御自重ください!」
「言ってダメだからあんなに出てるんだよ! 私等も出るよ!!」
飛蓮の本隊もまた、涼周に倣って敵中深くまで突入する。
こうなってしまっては、全員が全力を出して捩じ伏せるまで。
「涼周様! 涼周様っ! 危険です! 下がりますよ!」
「ダメ! 涼周下がらない! 無理矢理でも武器捨てさせる!!」
戦略的思考に欠ける涼周でも、この状況に於ける早期決着方法は理解していた。
徹底抗戦を主張する雑賀兵に力の差を歴然とさせ、降伏以外に道はないと認識させる。
多少強引でも、涼周はそれが最良の策だと思っていた。
「……はっ、はぁ……! はっ……はぁ……! く……ぞぉ……!」
だが、その強引な優しさに付き合わされる者は、正に堪ったものではない。
特に、戦慣れしていないレモネの精神には大きな負担となっていた。
(気持ち悪い……! 血肉の臭いが……あちこちで上がる悲鳴が……気持ち悪過ぎる……!!)
レモネは涼周の背後にあって、震える左手でえずく事を必死に堪えた。
その姿は幼子大将に守られていると言っても過言ではなかった。
(血が舞って……! 首が飛んで……! 誰彼が全力で殺し合って……)
「なんで……死ぬって分かってもまだ、戦うんだよ……!」
「……レモネ?」
つい最近まで戦場にすら立った事のない貴族の少年には、生の乱戦場は地獄旅行そのもの。こんな所に来るべきではなかったとさえ思う程に、最悪な場所だった。
先の黒染戦では稔寧・輝士兵・魏儒兵が、涼周及びレモネの周囲を固めていた。故にレモネ本人が戦列に加わる必要はなかったのだ。
然し、今は全くもって違う。涼周が率先して敵中に切り込んだ為、レモネ本人がカイヨー兵に混ざって戦わざるを得ない状況である。
それ即ち、殺らねばならない時に殺らねば、レモネが殺られる事を意味していた。
「く……くそっ! くそがっ! ……殺るんぁ! 殺って殺らなぁ……!」
「レモネッ!」
剣を握って鍛練に励んだ幼少期が数年。邪悪な貴族の慰み物となっていた苦間が数年。魏儒の下で練兵に参加して、基礎経験を僅かに積んだ期間……たったの数ヶ月。
そんなレモネが、命の恩人たる涼周の為とは言え……初めて顔を会わせただけの他人から向けられる殺意と刃に耐え……恨みもない他人を殺すことなど…………到底できる訳がなかった。
「うっ、うああぁぁーーー!!」
狂乱の舞台で新米兵士が舞い上がれば、その先は目に見えて地獄。
戦々恐々にて冷静を失ってしまったレモネは、体に覚えさせた基本の剣術さえも忘れ、今しがた向かってきた雑賀兵を我武者羅に袈娑切りした。
「おぅごっ!?」
実際は……袈娑切りしたつもりだった。
レモネの剣は、柱を失った断頭台の刃の様に予期せぬ方向へ降り落とされ、その結果が雑賀兵の頭頂部陥没と眼球の飛来である。
「う、うげぇあぁっ!?」
左頬に激突した雑賀兵の眼球の、何と肉々しい事。
ドゥブッ! という擬音通りの衝撃により、レモネの顔面左半分は朱に染まった。
朱に染まって、レモネは堪らず戻してしまう。
秀麗な顔立ちや、優しさの込もった表情など、最早どこにもなかった。
「馬鹿なガキめ! さっさと死んどけ!」
血に酔った雑賀兵の一人が戦場の厳しさを教えるべく、直々かつ懇切丁寧な殺意を以て、一心不乱にえずき続けるレモネに切り掛かる。
当然の様に、レモネは動けなかった。
人生初の殺人が余りにも鮮明に焼き付いた為、彼は逆に救いを求める程だったのだ。他者から殺される事で、強烈無比な記憶を忘れたい……と。
「ぐあぁっ!? ……ク……ガ…………キ……ィ…………」
「……ゥゥーー!!」
だがレモネの望んだ死を、一握り中の一摘まみも許さぬ存在がいた。
咄嗟の判断で魔弾を撃ち、レモネの傍に倒れ伏した骸を盛大に睨みつけ、野生の獣に限りなく近い唸り声をあげる涼周だ。
夜戦が始まって以降最初の、討ち取り行為であった。
「ガキが調子のん――なばぁっ!?」
「霧が止んだぞ! 殺せ殺せ! 今の内にそこのガキ共をこ――ぎぃやっ!?」
「りょ……涼周様っ……!?」
目に赤光を帯びた涼周は、一転して雑賀兵の虐殺に移った。
左手の爪を凶刃に変貌させ、右手の魔銃には黒霧分の魔力をどんどん装填する。
鷲の様に鋭い視殺の睨みと、化物に相違ない幻妖な赤光を宿す双眸…………それは正に、ナイトと涼周が初めて出会った時の姿だった。
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