大戦乱記

バッファローウォーズ

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紀州征伐 前編

オマケ回 ~納涼周、怖いもの遊び①〜

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 これは、俺が義士城郊外で行われた訓練から帰還した時の事。
韓任と一緒に多くの輝士兵を率いていた俺は、普段通り城門を潜り、城下町を経由しながら本城へ向かっていた。

 シンシャク川から吹く風が、妙に静かで心地よく、夕日に照らされる町を過ぎ去っていく。
まるで一日の疲れをフワッと拾い上げ、心に直接、労いの言葉を掛けてくれる様だ。

「ふぅ~、今日は本当に調子が良かったよ。確かな手応えも感じれたし……皆、お疲れ様!! 今夜はたっぷりと飲み食いしてくれ!!」

『おおおぉぉぉっ!!』

 得も言えぬ風情を五感で感じた俺は、今日の成果に満足していた事もあり、柄にもなく父上に似た激励を部下達に掛けていた。
それが影響してなのかは分からないが、普段とは違って李洪かメスナのどちらかが出迎えに現れなかった事にも、別段不審感を覚えなかった。

「……あれ? 珍しく橋が上がってる……」

「それと……何処にも衛兵の姿が見えません。……何か妙です」

 本城の前まで来た俺達は、そこで初めて首を傾げた。
水上に浮かぶ本城と大地に居を成す城下町を繋ぐ、唯一の通路たる跳ね橋が上がっている事に加え、その状況を説明してくれる衛兵すら見当たらない。

 普通は城壁の大門に近付いた時点で、俺達の帰還が本城へ報告される筈。そこで跳ね橋が上がり、メスナや李洪が出迎えてくれる。
衛兵に関しても、有事であろうと必ず控えている筈。一人も居ないなんて絶対にありえない。

「輝士隊、只今帰還した! 橋を上げてくれ!」

 俺が大声をあげても、跳ね橋が降りる気配がなかった。

 ならばと、神経を集中して気配を探ってみる。
すると門の内側には、抑々にして人の気配すら無かった。

「韓任、これはただ事じゃないぞ……! 十五番隊は梯子の橋を掛けて中へ侵入し、内側から門を開けよ!! 他の者も戦闘態勢をとれ!!」

 直属の十五番隊は、最も身軽で機動力に長けた輝士兵で構成されている。
ものの数秒で意識を切り替えた彼等は、特殊任務に挑む勇ましき男の顔を浮かべていた。

「橋が掛かったぞ! いざ突入!!」

 数分で準備を整えた十五番隊は、陸地より十間(約20メートル)も離れた塀に梯子橋を掛けると同時、小隊長の号令で突撃。
シンシャク川を利用した天然の堀の上を、斜めに掛けた梯子橋を用いて迅速に駆け抜けるや、数十秒も経たずに城内への侵入を果たした。

「ナイツ様、跳ね橋が降りました。先駆けは私が務めましょう」

「了解した! みんなも韓任に続けェ!!」

 韓任の騎馬隊を先頭に、俺達は本城内へと突撃する。

 だが、その勇壮さを打ち消す様に、門を潜った先の光景は何もなかった。
否、奇妙極まりない程に、誰も居なかったのだ。

「…………大広間にも、誰も居りませんな」

「……いったい何があったんだろね。こんな事は初めてだよ」

 俺と韓任は異常が過ぎる光景を前にして、怪訝な表情を向けあった。

「……念のため、部隊を二つに別けよう。俺は半分を率いて中で展開するから、韓任はここに残って退路を確保してくれ」

「はっ。十二分にお気を付けください」

 首を傾げても仕方ない。俺は韓任と別行動をとって、城内の調査へ向かう事にした。

「兵舎にも誰も居ない……異常だらけだ!」

 門を潜った先の大広間を突破すると、そこには兵士達の寄宿舎が並んでいる。
その立地理由は、本城警備を主目的としつつ、城下町での有事に逸早く出動できる為。
……因みにもう一つ挙げるなら、父上の宴会に付き合わされて二日酔いがキツい兵達の朝練に配慮して……という理由もある。心底どうでもいい気がする。

「よし、もっと奥に進も――なにっ!?」

 ここに手掛かりはないと見て、先に進もうとした時だ。
感じ慣れた魔力の気配を不意に覚えると同時、周囲に黒霧が漂いだした。
部下達が気を失い倒れていく中、俺は咄嗟の判断で剣を振るい、相対する光の魔力で黒霧を払った。

「涼周……いったい何をするんだ。悪ふざけにしては度が過ぎてるよ」

 霧が晴れた先に佇む涼周を、静かに睨んだ。
当の涼周からは妙な気配が感じられ、じっと此方を見詰めている。

「にぃに号にぃに号、涼周ね、お腹空いた。涼周お腹空いた」

「にぃに号にぃに号、涼周もお腹空いた。涼周お腹空いた」

 背後から聞き慣れた声があがった。振り返って見れば、いびきをかいて気持ち良さそうに眠る部下達の中に、二人の涼周が立っていた。

「お腹空いたなら食堂に行きなさい。母上からお小遣い貰ってるだろ?」

 二人の弟にそう言い聞かせると、俺は前へ向き直った。

「ほら涼周も、馬鹿な事やってないで…………えぇぇぇ??」

『ぅ? どうしたのにぃに?』

 今更だけど……気のせいだろうか気のせいにしたい。涼周が、一人しか居なかった筈の涼周が……背後には二人居て……いま前を向いたら百人くらいに増殖していた。

『涼周お腹空いた!! だからにぃに食べるぅーー!!』

「うわおぉぉぉーー!?」

 そして突然の事ながら、涼周隊は総突撃をかましてきた。俺は必死に叫ぶ。

「止まれぇー! 止まらんと逃げるぞ! 止まっても逃げるけど取り敢えず止まれぇーー!!」

『ぅっ!!』

 言語が滅裂となりながらも、俺の嘆願は一応効いた。
涼周隊は全員で一つの思考かと思う程に、一糸乱れぬ制止を見せる。これが正真正銘の軍隊ならば、相当な練度を誇る精鋭部隊になるだろう。是非とも運用した――

『にぃににぃににぃににぃににぃににぃにーーー!!!』

「来ぃたぁぁーー!?」

 ホッと胸を撫で下ろすのも束の間、食に関しては強欲な涼周と涼周軍団は総突撃を再開。
やっぱり癖がありすぎて、軍事運用なんて夢のまた夢だと気付かされる。

「えぇ!? ちょっ、足速くない!? 涼周足速くない!? ちょっとタンマ! お兄ちゃん一生のお願いこれタンマ! 涼周タンマ!!」

 無様にも部下を見捨てて、俺は形振り構わぬ撤退を敢行。
退路を断たんとする二人の涼周を迂回して、韓任との合流を図るべく疾走した。
……ものの、涼周の足が韋駄天のごとき速さを誇っている為、あっという間に追い付かれそうになり、もとい補食されそうになる。

『にぃに食べるぅーーー!!!』

 ギラーン!! と、涼周の目が赤光を帯びる。おい、間違っても「イケる」とか言うなよ。お兄ちゃん筋肉質で食べても美味しくないからな。食べるなら飛蓮の方が断然旨い筈だ。

「うっ!? うわあぁぁぁーーー!!?」

 後ろを見た俺が、涼周で占領された視界に恐怖する図。
何あの吸血鬼軍団マジでヤバイんだけどお兄ちゃん危機一髪の修羅場!?
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