大戦乱記

バッファローウォーズ

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紀州征伐 前編

狂将との邂逅

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 最前列の楽瑜隊が戦端を開くや否や、忽ち激戦に発展した。
形勢は楽瑜隊の優勢であり、楽瑜とバスナが直々に剣を振るっている事が大きな好影響を及ぼしていた。

「……峠道が乱戦場となった事で、進軍の足が止まりましたね。若、充分注意しましょう」

 後続のナイツ、李洪、飛蓮隊は楽瑜隊の背後に追い付いたものの、下手に介入しなかった。
敵の全てが出揃っていない状況を警戒し、黒染の襲来に備えたからだ。

 ナイツも李洪も飛蓮も、バスナと楽瑜が戦っている敵中隊は囮であると見抜いていた。

(あの部隊が半壊しないうちに黒染は現れる。生い茂る木々に細身を隠し、汚ならしく涎を垂らした状態で俺達を見ているんだろうな……ちっ!)

 南亜会戦の折りに見せた人外の様相が、常軌を逸しすぎた狂喜の笑みが、美味しそうなご馳走を前にして感謝を示す言動が、ナイツの脳裏を過った。
過って、頭の中を占領すると同時、死に勝る屈辱と死を覚悟した恐怖も思い起こされる。
ナイツと対して変わらぬ背丈にナイツ以下の筋骨と肉質、防具を一切身に付けておらず、ただ一本の鉤槍のみを携える細男……が、あろうことかバスナの左目を奪い、ナイツに「無能者」のレッテルを貼り付けた。あれは初陣以降、最大の屈辱に当たった。

 外見の脆弱さを餌に敵を誘い、見掛けによらぬ超一流の実力で悉くを返り討ちにする。ナイツも寸前まで黒染を甘く見ており、垣間見た妖狐の表情によって底知れない恐ろしさを知らなけば、一方的になぶり殺されるところだったろう。ウォンデによって叩き伏せられた時の「頂きます」は、正にそれを覚悟させた瞬間だ。

 それだけに、ナイツは一縷の油断も見せずに警戒し続けた。半ば最前列の戦闘など無視する程に周囲の気配に探りを入れ、必死になって黒染を探知する。
全てはあの時の雪辱を晴らし、あの気違いから仲間を守る為だった。

 そして、その時は存外早くに訪れる。

「敵襲! 敵襲ーー!! 南より敵部隊――がはっ!?」

 後衛を務める飛蓮隊の右側面、即ち連合軍後方の南側から声が上がったのだ。

「覇攻軍だ! 覇攻軍が出てきたぞー! 迎撃開始ーー!!」

 かと思えば、あっという間に戦闘へ発展。覇攻軍二千の出現から僅か十数秒の事だった。

「みんな、いい! 落ち着いて敵に当たって! 覇攻軍なんかに殺られちゃダメだからね!!」

「おおおさぁぁっ!!」

 現場へ急行した飛蓮が檄を飛ばし、カイヨー兵は当然の様に応える。
彼等は将兵一丸の結束力を以て、急襲を仕掛けてきた覇攻軍部隊の迎撃に専念。最初こそ不意を突かれる形で付け込まれたものの、逸早い順応を以て直ぐに態勢を立て直す。

 然し、カイヨー兵はもとより覇攻軍兵も手強かった。
というよりは、黒染の直下兵が異様な耐久性を持っていると言うべきだ。
力量は輝士兵に劣る程度であるものの、妙にねちっこい上に俊敏な動きをする。
熟練の飛刀術を何度も避けられたカイヨー兵が驚くのも、無理はなかった。

「……飛蓮隊と交戦している新手は中々の精鋭部隊ですね。もしや、あの後ろ程に黒染が控えているのではないでしょうか?」

「あの腐れ将軍なら率先して敵中に躍り出るよ。……それは遠目に見ても一発で分かるぐらいに気持ち悪く、強烈な吐き気を催す光景だ」

 李洪は兵の実力から将の居場所を推測。精鋭兵と将軍が紐付く現象を基にした。

 だがそれは、ナイツ曰く「通常の将軍」である場合に限る。
黒染は歴とした「腐れ将軍」であり、常人の物差しで彼を測る事はできないのだ。

「奴はまだ何処かで機を窺っている。俺達の弱みとなる場所を狙っているんだ」

「……若、そういう事なら間違いなく――」

『ぐあぁぁっ!?』

 李洪が理解に及んだ瞬間、彼が言わんとした事が実際に起こった。
ナイツ・李洪隊は突如として北側からの襲撃を受け、少数精鋭の敵によって外側の兵達があっという間に刈り取られていく。

「うぎゃ――」

「ギャアアィヤァイアーーーハハハハ!! 嗚呼アァァィヤアァァッハァァーー!!」

 輝士兵を殺し、殺された輝士兵の悲鳴を肩代わりして「嗚呼快感」と鳴き叫ぶ。無論、涎は垂らす。

「黒染だ! 黒染が来――がぁっ!?」

「アアーァアイヤアッハハァーアァーー!! 嗚呼楽しいですねぇ皆さん!! 心踊りますひょ!!」

 鳴くが黒染、鳴かずは骸。嗚呼は有れども悲鳴は許さず、死ぬる者有らば刃振るわす自称歌姫。舞って歌い、切って嗚呼、虐殺こそ罪と快楽の狭間にありし桃源郷。

 骨格など当の昔に捨てたであろう奇々怪々な突進はさながら乱舞。魔力を込めた鉤刃で肉を抉り、噴出した鮮血を浴びて敵の死を鳴くほどに強くなる。
真に性不純なれど、黒染は誰よりも戦を楽しむ純粋戦士。そこには独特の美もあろう。
少なくとも、自分の奇行に酔い狂う黒染は、自らを最高の芸術家だと思っていた。

「ここに現れたか黒染。さぁ、さっさと失せろ……この異常者が……!!」

 恍惚とした表情で尚も乱舞する黒染に、ナイツが近寄った。
それに付随して黒染の動きも止まり、輝士兵達も李洪の指揮の下で、黒染隊二千との交戦に集中する。魔人は魔人、兵は兵と。

「おやおや、これはこれはお姫様ではありませんか? あの痴れ者騎士の傍に居なくてよいのですか? いやそれよりも、無力な貴女は城に籠っていた方がお似合いの筈ですよォ? ふふふ……アハァーハハァーー!!」

 黒染は死に絶えた輝士兵の胸から心臓を抉り出し、ナイツに向けて投げる。

 ナイツの護衛を務める輝士兵達は、上官を無力な姫と罵った陳腐な思考に激情を覚え、亡骸を弄ぶ下劣極まりない行動に盛大な不快感を抱いた。

 だが、それでもナイツは平静を保っていた。
黒染の言動全てが挑発に他ならず、奴はうつけを装い油断を誘う玄人であると、身を以て思い知らされたからこそ、冷静でいられたのだ。

「……俺が殺る。皆は奴の配下を狙い討て」

 感情を除いた戦略的思考で捉えるならば、黒染とは「囮」と「伏兵」を両立させる優秀な駒であり、やり方が汚いだけで将軍としては相応の結果を残している。

 そんな黒染への対処法は「囮」の挑発に乗らない。これが大前提だった。
ナイツは怒れる部下を宥めるように前に出て、黒染と相対する。

「死鳴の黒染、一つ教えろ。お前は何の為に戦っている?」

 相対して、問い掛けた。腐れ将軍を理解する為ではなく、自分が黒染に勝る存在であると確認する為、戦いの流れを自分に傾ける為に。

「殺戮の快楽が、あっ! 嗚呼ァァー!! ふふふ……楽しいからに、決まっているでしょーー!!」

「…………そうか。分かりたくないけど、分かった」

 質問に答える。たが単に答えるだけでは詰まらない。それが黒染クオリティー。
彼はまた別の骸をバラバラに切り刻み、快感に身を捩りながら人外の笑みを浮かべる。
とても幸せそうでいて、敵味方が戦いを中断して敬遠する程に、歪んだ美学だった。

 ナイツには、それだけで充分すぎる程に理解できた。
心の底から、彼は過去の自分を弱いと判断。だがそれは同時に、黒染も該当していた。

「黒染、お前は弱い。少なくとも今の俺より弱い」

「…………ウォンデ殿の光を浴びただけで負けるような餓鬼が、強がりを言うものではありませんよ。貴方はここで、大人しく肉片となるのが相応しい」

 大仰に仰け反った姿勢のまま、もみ上げ辺りまで吊り上がった瞳をギョロリと差し向ける黒染。
睨みだけで人を射殺せるほどの眼光。魔力を用いていないのが嘘とも思えるそれは、それだけで多くの兵達を畏縮させ、自ずと後退らせた。

 それでも、この場にあって最年少のナイツには効かなかった。
彼にとっては、言動を含めた今の黒染が、ただの変人にしか映らなかったのだ。

「正体見たり枯れ尾花とは良く言う。……黒染、俺は初めてお前と戦った時、無性にお前が恐かった。あの頃の俺は本当の強者を知らず、ウォンデやお前をそれだと思って無駄に恐れていたんだ。
――だけど今は違う! 本当の強さを知った今は寧ろ、お前が誰よりも何よりも弱く映る!」

 ナイトの仲間衆を筆頭に、涼周の仲間達、沛国の二将軍、マヤ家兄妹。敵国の将であれば張真やシバァ。
彼等が強いのは武勇や知略に長けるだけでなく、守るべきものを知っているからだ。ただ単純に力のみを持つ者は、白葯ハクヤクの様に敗れ去る。

 今までの戦いを通して、ナイツは上記の事を学び得ていた。

「守るべき存在を知らないお前は弱い。弱く、細く、そして愚かだ。そんなお前に、俺が負ける謂れはない。
――さぁ黒染! 皆の為に速やかに死ね!! それがお前の存在理由だ!!」

「生意気な餓鬼が……身の丈にあった発言をしなければ録な大人にはなれませんよ? …………まぁ、どうせ貴方はここで死ぬので、栓なき事ですがね、ク・ソ・ガ・キィィッ!!」

 次の一瞬、黒染とナイツは互いに詰め寄った。
黒染は発狂と同時に得意戦術を捨て、流れを得たナイツも敢えて攻めに回ったのだ。
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