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八月防衛戦
重秀本隊、乱射前進につき低頭求
しおりを挟む戦場南側がメスナ隊の勝利に終わり、北側が沈黙している現在。重秀隊と韓任隊が戦う正面の戦場こそ、両軍の勝敗を決定付ける要所であった。
だが韓任隊の指揮官が李洪に変わった時点で重秀は攻めあぐね、かといって李洪も重秀の本気を警戒して思う以上に動けていなかった。
……李洪が韓任隊を指揮していると知れるまでは。
「おっ始めるぜ金兵衛! 関と坂井にも遅れるなと伝えろ!」
「うぃーっす。さっき伝えときました」
重秀直属部隊二千七百、関掃部隊一千二百、坂井与四郎隊一千五百。合計四千四百名の雑賀衆中央部隊は勇んで前進した。
対する李洪は韓任隊二千五百名を一箇所に集結させ、雑賀衆の総攻撃に備えた。
更にそれに対して、重秀は両手を広げて次の指示を体現する。
「関と坂井をもっと展開させろ! なるべく戦線を広げて威嚇態勢をとれ!」
両軍が改まって対峙する寸前になって足りないと述べ、多勢を活かして接触面を増やす。
その様子を前にして、李洪は怪訝な顔色を浮かべて睨む。
(遊撃小隊を用いた不規則な戦い方を捨て、個々で戦っていた中隊を一つの形に纏めている……。雑賀衆らしくない……軍の様相。これは正に――)
「鶴翼……!! 奴等は、正面きって私達と殺り合うつもりだ!」
そのまさかであった。被害を抑えながら少しずつ敵の戦力を削る戦法を好む雑賀衆が、何とも武人然とした正々堂々さで挑み来たのだ。
感心する韓任を余所に李洪は思わず声を上げ、聞こえていない筈の重秀も不敵に笑う。
「驚かずにはいられねぇか? 何たって、真面目な堅物ちゃんだもんな。……さぁて金兵衛」
「うぃーっす。いつでもいけますよー」
重秀は情報伝達を金兵衛に任すと、肩に掛けた得物の長銃を振り下ろす。
「間断なく撃ち掛けろォーー!!」
「うてぇーー」
魔力の込もった射撃号令が発せられ、それに続いてやる気のない声が上がる。
傍に控える重秀の護衛兵と情報部の兵は、何時もながら思う事があった。
(……金兵衛様の号令意味なくね?)
重秀の魔力声だけで全部隊に伝わってる筈なのだが、そこに及んで金兵衛が大いに劣る……どころか抑々にして熱を感じさせない号令を下す事に意味はないだろうと。
それでも当人達が納得している様なので、何時もながら何も言わないのが、彼等なりの優しさだった。
だがそれはそれ、これはこれだ。味方に対して向ける優しさはそれであり、敵である韓任隊に向けるのは銃口と容赦ない弾幕である。
「うわぁっ!? なんだこの雨は!? 撃ち返すどころじゃないぞ!」
「身を出すな! 隠れろ! 障害物に身を隠せぇ!」
雑賀兵は鶴翼の構えから繰り出せる三方集中射撃を以て、韓任隊に反撃の余地を与えなかった。
四千四百の雑賀兵に対して、韓任隊の輝士兵は二千五百。実数にして約二倍の兵力差だが、単純な銃撃戦となればその差は更に開く。
噛み砕いて言えば、雑賀の銃兵二千四百に対応できる輝士隊銃兵が……僅か四百名だった。
これは肉弾戦を専門とする韓任隊故の弱点と、良くも悪くも堅実な受け手となる李洪の性質が合わさった、最悪の事態だったのだ。
「斬り込み部隊、抜刀! 前進する銃列に続き、突入の隙を窺え!」
「撃ちながら進めぇーー。銃の圧、即ち銃圧を掛けて敵の焦りを加速させろーー」
打つ手なし、出せる身なしの状況へ畳み掛ける様に、重秀と金兵衛は大隊を前進させた。
雑賀兵は数を活かして絶え間なく撃ち続け、ゆっくりだが着実と歩み寄る。
狙いは兵種交代すらままならず、前衛に配置された状態から動けなくなった輝士隊銃兵。
唯一雑賀衆と同じ土俵で戦える者達を、徹底して壊滅させる気であった。
「まずい……! このままでは前衛の兵は成す術なく狩り取られる!」
「私が行こう。李洪殿は迎撃の陣形を整えてくれ」
韓任は鋼製の大盾を持った重装兵三百を動員し、銃兵の救出に乗り出した。
その間に李洪は下げられる兵を下げ、陣形を改める。
「防弾の大盾か! 流石は剣合国軍、持つもん持ってるな!
――構うな! 撃って撃って撃ちまくれ!! 固き盾もいずれは壊れる! 兎に角撃ちまくれ!! 雨の様に撃ちまくれ! 邪を払う烏の群れの如く撃ちまくれぇ!!」
重秀は前衛に赴いてまで檄を飛ばし、雑賀兵の射撃は一段と勢いを増した。
大盾ごと輝士兵を撃ち崩す事を狙い、反撃どころか身を出す隙すらなく、護りながら下がるだけで精一杯の彼等を、鉛の弾で追撃するのだ。
「盾!? 盾がっ!? ぐあぁっ!?」
「クソォ! あいつら好き勝手撃ちやがって! 仕返しに――ぎゃあっ!?」
相次ぐ銃撃により、盾はみるみる内に損壊。身を守る術を失った輝士兵は次々と射殺され、自棄くそ交じりに反撃を行おうとすれば、その途端に銃弾をお見舞いされる。
確実に良くない流れとなりつつある状況に、流石の韓任も焦りを見せた。
「あれが鈴木重秀。……一か八かだ……おおぉっ!!」
彼は絶命した部下の槍を取り、一瞬の合間を見計らって大盾から身を乗り出した。
「馬鹿がっ!」
刹那、韓任の隙を窺い続けた重秀が魔弾を放つ。それと同時に槍も投げられた。
二人の魔力は一寸程の距離を開けて空中で交差し、標的に向かって邁進する。
「っ――ぐぅっ!?」
数瞬先んじて届いた魔弾を韓任は躱し、左肩を削られるに留める。魔弾は彼の背後に着弾して大地を抉り、後退中だった十数人の輝士兵を盾ごと粉砕した。
「ちぃっ!?」
「わぁぁーー」
数瞬遅れて韓任が投げた槍も届く。
重秀の足下に刺さったと同時に衝撃波を生じさせ、周囲の護衛兵を軽く吹き飛ばした。
ただし重秀と金兵衛は飛び退いて難を逃れ、実際のダメージには繋がらなかった。
「韓任様!? 何という無茶を!?」
「若頭! 危険です! お下がりください!」
結果的に互いの攻撃は外れ、側近や護衛兵が将の前方を固める。
それでも韓任にとっては、重秀が体勢を崩しただけで充分な戦果だった。
彼は続け様に部下の槍を奪って雑賀兵の一角に投げる。
重秀を狙った一本目同様に、二本目の槍も着弾するや否や、銃列の一角を崩して射撃の頻度を低下させる。
「韓任殿、早く此方へ! 此方へ!!」
その隙を活かして輝士兵達は後退し、李洪が組み直した防陣に避難した。
「へっ! やってくれるぜ韓任! まさか俺の銃に槍なんざで抗うとはな……!」
「そっすねぇー、あー危ねぇ危ねぇー」
予期せぬ反撃を前に重秀は笑みを浮かべ、金兵衛はわざとらしく見えない汗を拭う。
その様子を見て、一番肝を冷やした側近や護衛兵が鈴木兄弟に自重を要求。
怒気含む彼等の訴えを重秀は笑いながら承諾し、一通りの指示を発して後方に下がる。
韓任と殺り合った事で、彼の本能が危機感を覚えたのだ。
結局、韓任隊と重秀隊の戦闘は個人・集団の面でも、ここが最後の盛り上がりとなった。
この後は一時間ほどの単調な銃撃戦を繰り広げた末に両軍が自然と兵を退き、八月防衛戦の三日目が幕を下ろしたのだ。
輝士隊の死傷者は二千名を数え、雑賀衆は三千から四千弱であった。
数字上で判断するならば、地形効果を最大に活かした雑賀衆が、精鋭と名高い輝士隊相手に善戦したと見えるだろう。
然し実際は、危険に身を曝したナイツの奇襲と、日々の努力が活かされた李洪の指揮がなければ、輝士隊が敗北してもおかしくない程に雑賀衆の優勢だった。
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