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八月防衛戦
雑賀衆の戦法
しおりを挟む八月防衛戦三日目。
雑賀衆は索敵と遊撃を兼ねた小隊を広範囲に展開し、着実に剣合国軍の陣地へ迫った。
ナイツ率いる輝士隊は打ち合わせ通りに出撃。野戦にて迎撃に当たり、雑賀衆へ輝士隊の強さと存在を印象付けようと意気込んだ。
然し――
「報告! 三番隊、南側斜面より敵の狙撃を受けて苦戦しております!」
「報告! 敵の歩兵部隊を追った一番隊ですが、敵を見失った上、逆に背後と北側側面を取られました! 一番隊は後詰めを求めております!」
「ナイツ様! 敵前衛を攻める韓任将軍からの伝言です! 輝士隊全体が敵に包囲されつつある故、一旦後退なさるか、李洪将軍の右翼に入られる様にとの事!」
「報告します! メスナ将軍の六番小隊が伏兵に遭い壊滅! 銃兵隊も損耗が激しく、全面的に押されつつある為、一度後退して立て直すべきだと!」
(…………強すぎる……!? 認めたくないけど……完全に経験の差で押し負けている! 山中の合戦ともなると……雑賀衆はこれ程までに強いのか!!)
ナイツの繰り出す手は十中八九が外れ、本陣には連続して苦戦の報せばかりが届く。
平地戦では遅れを取った雑賀衆だが、伏兵・奇襲・狙撃に適した地形では滅法強かった。
刃を交えたと思えば素早く退き、此方が警戒して動きを止めれば、いつの間にか側面に回り込んだ小隊が離れた場所から一方的に撃ち掛け、被害を与えるだけ与えて姿を眩ます。
そうであればと、開戦から一刻後にはメスナが得意とする銃兵隊で応戦。銃の精度や兵の練度は輝士隊が上であり、ある程度の戦果はあげられた。
だが結局は、手数と機動力によって帳消しにされてしまう。雑賀兵の殆どは山中行軍や森林での戦闘に慣れており、各小隊がまるで手足の様に動いて連携し、絶えず移動射撃や疑兵戦術を以てメスナ隊を撹乱。緩やかではあるが、メスナ隊も押され始めた。
「っう…………ふぅーー……」
そんな中、ナイツは苦境でこそ平静を保つべきだとして深呼吸を行う。
「…………よし! もう一度報告を頼む!」
冷静を取り戻すと同時に頼りになる男の顔色を浮かべた彼は、先程までにもたらされた報告を再度行わせ、それを基に戦局の分析を開始する。
そんな堂々とした若き司令官の姿を前にすれば、ナイツの傍に控える幕僚達は自然と勇気付けられ、歳上である自分達が浮き足立つ訳にはいかないと気合いを入れ直す。
将の姿は良くも悪くも部下に影響を及ぼすという事を、ナイツは分かっていたのだ。
「…………先ずは韓任を下がらせて。雑賀兵の相手は彼には相性が悪すぎる。メスナ隊も戦線を縮小して、俺の部隊と合流するように」
そして最初に下した命令は、最前衛の韓任隊と左翼のメスナ隊の後退だった。
それに対して幕僚の一人が反対を示す。
「然し、それではこの本陣にまで敵の攻撃が及びます! 危険です!」
雑賀衆の攻撃範囲は非常に広く、輝士隊はそれに合わせて部隊を広域に展開。韓任、李洪、メスナが前衛を張る事で、本陣への狙撃を阻止していた。
それ故に、敢えて広げた部隊をナイツの許に密集させては、雑賀衆もそれに釣られて一極集中する恐れがある。そうなれば本陣までもが混戦に陥り、雑賀兵に至ってはその混戦こそが本領の見せどころなのだ。
「どのみち、このまま殺り合えば徒に兵力を失う。それなら多少の危険を冒してでも、俺達の戦い方に付き合わせて確実な被害を与えるべきだ」
「我等の……戦い方?」
「基本戦術だ。ただひたすら守り、隙を見て小さな反撃を繰り返す。
――敵は兵が多い上に、今は勢いだってある。それを利用して敵の攻勢を誘い、自分達の土俵でだけ戦う。……李洪の部隊が正にそれだ。彼は自ら進んで攻めていない。来る敵だけを相手にし、仮に五十歩進めば五十歩返している。戦果を高く望まない代わりに被害も抑えているんだ」
「たっ、確かに……この戦況にあって李洪将軍の部隊だけは、互角に渡り合っています」
「互角どころか優勢だ。言ってしまえば李洪が攻め難いから、韓任やメスナに敵の攻撃が集中している。敵は輝士隊内の強弱や将ごとの戦い方を早くも見切って、それを基にした効率的な攻撃を行っている。ならば此方も戦法を変えるしかない!
――各隊の将に急ぎ伝えよ! 敵を防ぐに留め、可能な限り主力兵を温存するように! そして俺は十五番隊を率いて密かに外へ出て、辺りを飛び交う蝿を退治してくる!」
李洪の戦術に倣って韓任とメスナにも守備に徹しさせ、ナイツ本人は出撃するという。
彼が直接率いると言った十五番隊とは、ナイツ直下の輝士兵小隊にあって、最も機動力の高い歩兵で組まれた百名の特殊部隊だ。
この状況で彼等と共に本陣を離れる事、それだけで幕僚達にはナイツの考えが察することができた。彼等は一様に微笑を浮かべ、大人顔負けの豪胆さを持つ若き司令官に向けて拳を重ね合わす。
「……止めても無駄でございましょう。……分かりました! 本陣は我々が命を賭してでも、絶対に守り抜きます! 若様も、充分お気をつけを!」
「あぁ、分かってるよ! では韓任達に伝えておいてくれ!」
幕僚達と武運を祈りあったナイツは、本陣から離れた場所に控える十五番隊と合流する。
「重装備は極力控え、音が鳴らない様に擦れ合いそうな金属類も外せ。六十名は剣だけを持ち、鞘は置いていけ。残りの四十名は銃だ。剣兵の後ろに続き、二十名一組の二個小隊を作れ。ただし一組目が撃っても連続射撃はしない。一撃を喰らわしたら直ぐに退くぞ。雑賀兵とまともに撃ち合ったら勝てないからな」
ナイツは雑賀衆の撃っては退き撃っては退く、といった戦法を真似る。
基本は剣兵による伏兵・奇襲を行い、状況によっては一組目の銃兵の射撃。一撃を加えた後には速やかに引き返し、二組目の銃兵は退却時の予備部隊として待機する。
「奴等が得意とする戦法を仕掛けてやる! 絶えず移動しながら戦う故、一秒の遅れも一人の離脱も許されん! 遅れれば撃ち殺され、撃ち殺されれば隣の仲間も死ぬと思え!!
――いざ、出陣!!」
「おおおぉっ!!」
馬には乗らず戦袍(ヒタタレ)も外したナイツは、輝士兵同様に目立たない戦闘衣に着替えていた。
質実剛健なナイト達仲間衆の下で成長したナイツには、外見や面子を気にして作戦を躊躇う事が一切なかった。
寧ろ機能性を重視し、好き好んでこの格好になっている。
更に言えば、次期大将という肩書きすら念頭に無いかの様なアグレッシブな言動は、正にナイツだからこそであった。
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