大戦乱記

バッファローウォーズ

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八月防衛戦

涼周軍合流と父からの土産

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 雑賀衆は慎重を期して前進し、午後三時頃になって剣合国軍の前線陣地より西へ一里半の場所に到着。以降の進軍は控え、同地に布陣して明日を待った。

 その一方で、剣合国軍にも更なる援軍が到着していた。涼周軍四千名である。

「ぅ、これ。おとーさんから、にぃにに、お土産」

「…………嫌な予感がするから、先に聞いても良い? 中に何が入ってるの?」

 輝士隊の本陣幕舎にて再開次第、涼周に差し出された木箱。
外装には旗を持ちながら足を交差させて横走りする闘牛士の絵が描かれており、吹き出には「モォ~レツゥ~!」……とかかれている。

 ナイツが中身について尋ねると、涼周はあっけらかんとした様子でいい加減に返し、一拍置いてからレモネが補足を入れる。

「知やない。涼周、中身知やない」

「……何でも、港の方で人気のお土産だそうです。ナイツ様に開けてもらうようにと」

「……そうだったんだ。ごめん、父上のアホに付き合わせちゃって。…………それにしても、こんなお土産は初めて見たよ。一体何なの、これ」

 義士城の交易港には公私ともに何度となく足を運んでるナイツだが、それでも彼はこんなお土産を終ぞ見たことがない。
抑々にして間抜け面の闘牛士が「モォ~レツゥ~!」とだけ言っているのでは、お土産なのかどうかも定かではない。

「もう正直に言うとさ、即興で父上が作ったと言った方がまだ信じられる品だよね、これ」

「そうですね。何処で買ったのこれ、えっ? 義士城で? 嘘でしょっ? ……ってなりますね」

 絵面については飛蓮が同意する。
涼周は稔寧に対して絵の酷さを様々な擬声語で伝えるのだが、「バッタン」とか「ブクブク」とか「ブシュー」とか言っててまるで伝わらない。
ただ、それでも稔寧は微笑みを浮かべて、はしゃぐ妹の頭を撫でながら話を聞いている。

「わぁーかっ、ちょっといいです――ブファッ!? 若、何ですかこれ!? めっちゃくちゃ怪しいじゃないですかぁー!」

 そこへ部隊配備に当たっているメスナが突如として現れ、ナイツの右肩越しに木箱を覗き込み、口に手をやって盛大に笑う。

 ナイツは楽しそうもといサボタージュしていそうなメスナに木箱を押し付ける。

「気に入った? ならあげるよ?」

「いやいや要らないです。それ以前にこれ何です!? もうこれ以上ないってぐらいに蹴散らされそうじゃないですか、この闘牛士さん!」

「……メスナ様。その箱の絵は、それほど酷い絵なのですか?」

 稔寧が問う。やはり涼周の説明では伝わっていなかった。

「うん。どれぐらいかって言うとね、牛さんとタイタン張った次の瞬間に蹴散らされて、モぅ~レツぅ~! って言いながら場外に吹き飛ばされるぐらい」

「あっ! そういう意味でモーレツなの!?」

「えっ? 違うんですか? 私はてっきりそうなんだと……若はどんな風に思ったんですか?」

「ただ単に、客の目を引くデザインと言葉遊びなんだと……。これ、義士城の交易港で売ってるお土産なんだって。父上からの差し入れで……」

「ふふ、また大殿はヘンテコな物を見付けて来ましたね。……で、中には何が?」

「……そうだね。まぁ期待はしていないけど、開けて見ようか」

 ナイツは紐をほどいて蓋を開け、木箱の内容物を確認する。

「これは……手紙?」

 中に入っていた物は菓子等の類いではなく、赤色の蝋によって封がされた手紙だった。

「………………」

「……ねぇ若。何が書かれているんです?」

 ナイツか封蝋を割って小さく広げて見ると、メスナが横から覗き込もうとする。
いやいやこういうのは普通覗き込まないよ、ナイツはそう言いたかったが、文面に集中したくて無視した。

「……要は注意喚起のお願いだ」

 理解した彼は紙と木箱をメスナに手渡し、涼周達へ説明する。

「出先にある安楽武が父上を介して、雑賀衆の鈴木重秀について用心する様に言ってきてる。……軍師曰く、雑賀衆にあって真に厄介な存在は彼であると。傭兵を生業とする十ヶ郷鈴木家では病弱な長男の重兼より、勇猛果敢な次男の重秀が支持されていて、次期当主は彼だとの声も多く、それが為に鈴木家の部隊は重秀の許に纏まっている。現当主の鈴木佐大夫は慎重な性格で行動力に乏しいから難敵には値しないけど、重秀の積極的な攻撃には充分警戒してくれ……だって」

「あっ、それに関して言えば魏儒様も同じ事を言ってましたよ」

 出陣前に魏儒が教えてくれた敵の情報を、レモネがナイツとメスナに話す。

「……成る程、流石は魏儒だよ。当面の敵でもないのに良く知っている」

「ほんとですねぇ。ちゃっかり先鋒部隊の敗北も予期しちゃってますし」

 ナイツとメスナは魏儒の慧眼を改めて感心した。
その上でナイツは、レモネの発言から魏儒が彼に頼んだもしもの事態を憂慮する。

 彼はそれとなく涼周に伝える事にした。

「涼周。今回こそ、うろちょろし過ぎないでね。何時もみたいに少人数で動いていたら、重秀に狙撃されるからね! 嫌でしょ、それは」

「ぅ、分かった。にぃにもね」

「俺? 俺は別にうろちょろなんて……」

 そこでレモネが、申し訳なさそうに進言する。

「あの……多分アレの事です。柔巧で人質解放の為に森へ潜入した……」

「あっ! あぁ~あぁ~あぁ……! ……ごめん、あの件に関しては弁明できないね……」

 ナイツは己の失敗を素直に認めた。
後で状況を聞いた飛蓮やメスナも、今のナイツを見て微笑を浮かべる。この素直さが彼の美点であると再認識したのだ。

「若は最近、突出癖ができてきましたからねぇ。この戦では気を付けないと!」

「……そう言うメスナは最近、怠け癖が増してきたんじゃないかな? 今も、何しに来たの?」

「いやいやぁー、童ちゃん達が来たって聞いたんで、休憩がてらお茶に誘おうかと!」

「思いっきりサボタージュじゃないか。……陣地補強の方はどうなったの?」

「あぁー、李洪殿が頼りになりますんで」

 やっぱりと言うか、メスナはメスナだった。
ナイツは軽く溜め息を吐きつつも、これによって疲れを感じたのも事実。李洪や韓任には悪いと思いつつも、涼周軍の休憩を兼ねて一休みする事を決めた。

 そしていざ休憩が始まると、持ち前の明るさを発揮したメスナは涼周と共に、輝士隊および涼周軍の兵士の士気を上げに上げた。
言わば、これがメスナの本領である。

(こればかりはメスナに頼る他ないし。サボタージュもまぁ……少しは多目に見ようか)

 実際にメスナは、陣地設営や要所強化に頭を使うより、体を動かして仲間の心を和らげる術に特化していた。言うまでもなくマノト譲りの才能だ。

 輝士隊の象徴であるナイツが士気の柱、圧倒的な武力を有する韓任が戦闘の専門家、味方部隊との連携を司る参謀が李洪、後方支援と士気の上昇を得意とするメスナ。
輝士隊はこの四名が揃って、初めてその真価を発揮すると言えた。

「……韓任殿……私達も休憩したいですね……」

「これも普段通りと言えば普段通り。……私は、もう慣れました……」

「……何でそんな哀愁帯びた背中を見せるんですか…………生柿ありますけど食べます?」

「奇遇ですな。私も干し柿を持参してきました」

 そして……李洪と韓任にサボタージュの皺寄せが来るのも、普段通りの光景だ。
敢えて違いを示すならば、それは二人が互いのお茶請けを覚え、こうなる事を見越して持参しているといった事だろう。
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