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地固め
力を求めた最たる理由
しおりを挟む涼周の睨みは只の睨みではなかった。
ただでさえ兄を殺さんとする承咨を必ず殺してやるといった危険な色を帯びているのに、その上で兄を無様と罵り、あまつさえ捨てろと言われた。
「……お前、やっぱりシネ……!」
自分を慰み物にしたいと思うのは構わない。だが、兄への侮辱は構わずにはいられない。
涼周はナイツと出会った時のような、心のゆとりを一切感じさせない殺意の塊を示す。
登場時で既に、魔銃の準備を整えていただけに、殺す気が十割を占めていた。
「ふぅーー! やっとぉ……追い付きましたぁ……! りょ……涼周様、先走りすぎです!」
「レモネ!? それに稔寧まで!?」
そこへ息切れ甚だしいレモネと、彼に背負われた稔寧も到着。まるで涼周の殺気を和らげさせるかのような頃合いだった。
『うおぉぉぉーー!! 涼周様に続けぇーー!!』
何と、更にその奥からは侶喧率いる後続のカイヨー兵達まで現れる。
その数、優に一千は超えていようか。草木を払いのけ、道なき道を進む雑音が広範囲から轟き、真っ直ぐナイツ達の許へと向かっていた。
「ちっ……涼周の色を半分も理解できぬ凡愚共が、またも邪魔しに現れるか」
涼周本人から凄まじく嫌われている事を、露ほどにも理解しない承咨。
自分こそが一番涼周を理解していると信じて疑わず、他の者は邪魔者にしか映らない様子。
「魔銃全開!!」
だが、そんな承咨が涼周の目に映った事は一度もない。
涼周は突き出していた魔銃に声を送り、応えたターコイズが大量の魔力を放出して周囲に黒霧の渦を発生させる。
「若! 下がりますよ!」
「あっ、あぁ……」
状況の変化にすかさず乗った李洪がナイツの手を引き、味方との合流及び安全地帯への待避を強引に行わせた。
シバァも承咨の守りに移り、邪魔立て無用と言う主を無視して兵と共に防壁を組む。
その間にも、光の粒子となったターコイズは大型銃に再構築を済まし、涼周本人も唇に戦化粧を施し終える。
「ターコイズ、敵を葬って!!」
何時も以上の威風と殺気を放つ漆黒の魔銃が最前線に構え、黒霧の渦が晴れてシラウメの花が舞い、避難した李洪の怪我を完全に治した。
「出たか……! さぁ、貴様の全てを見せてみろ! いまの私に、通用すれば良いがなぁ!」
せっかく築いた防壁を豪快に払い退けて前に立つ承咨は、歪みきった笑みを浮かべて涼周の魔と色を求める。意外にも彼は、足癖が悪かった。
兵達が恐れ、守りを固め直すのを躊躇わせる程の歪み。普段の冷静ぶりが虚像の様に感じられる人外の形相は、覇攻軍の黒染と良い勝負だった。
(やれやれ……あんたが死んだら、誰が俺達を庇護するんすか)
シバァは今の狂王子に何を言っても無駄だと理解。限界までは承咨の好きにさせ、それ以上は介入して護るべく、いつでも出られる様に構えを変えた。
「お前は俺の目に映らない!」
「そうだ映らぬぞ! だが私には貴様が映る!」
承咨を指し示す涼周に、まさかの承咨が返答する。
向けられた殺意を全く気にしないどころか、寧ろ楽しんでいる風にも見てとれた。
「彼女は人に寄り添い人を想う姫」
上唇に塗った稔寧の血を舐め取り、闇の魔力をターコイズに装填。
「其の者が望むは全てを守る慈愛の心」
下唇に塗った自らの血を舐め、黒霧として顕現した闇の魔力を再度装填。
姉妹の魔力が詠唱を受けて一際激しく融合し、闇属性を更に強めた合成魔弾を生成する。
「さぁ来るがいい。私を射止めてみせろ! ただで連れ帰るだけでは拍子が抜ける故な!」
左手を出して自らへの攻撃を誘う承咨。
言われずとも遠慮なく。涼周は漆黒の引き金を全力で引いた。
「悪を拒め! 月影姫 シャラ!!」
魔銃 ターコイズより発射された超強化魔弾。森に木霊する轟音と、自然に生きる動植物を靡かせる威風を誇る必殺の一撃だ。
「せやあぁぁーー!!」
黒霧の尾を引いて突進する漆黒の盾に、承咨は正面から堂々と挑む。
これを打ち破った先に涼周の身柄があると、己を奮わせながら一心不乱に剣を振りかざし、最大量の魔力を込めた地を裂く強烈な斬撃を繰り出した。
互いの全力は数秒に亘って激突し、銀色の炎が大乱戦を展開する。
聖なる想いを持つ涼周と稔寧の魔力が、狂人なんぞに劣る筈はない。ナイツやレモネは、そう信じてやまなかった。
「な……!? 涼周様の魔弾が……!?」
然し、不屈の執念と常人百万に勝る歪んだ欲求を持つ承咨の一撃は、ナイツとの一騎討ちが手抜きに思える程の威力を有し、漆黒の盾を削り出した。
(まずいっ!? 涼しゅ――)
このままでは、承咨の刃が最前線に立つ涼周へ届いてしまう。
ナイツは咄嗟に体を動かして涼周の盾になろうとした。
魔力を扱えないレモネは元より、多量の魔力を吸われた稔寧では斬撃に抗いきれず、当の涼周は魔弾発射後に動けない。
弟を守れる者は、現状では自分一人。何より弟を守るのは兄の役目。
だがそんな状況にあって、ナイツの脳裏にある言葉が過った。
(強くなった自分が他者を守る事に酔っている)
弟を戦場へ連れ回し、危険な場面に遭遇させた上で命懸けで助け、自分の都合で勝手に安堵して…………それに喜びを…………感じてしまう。
今ここで涼周を助けて、それで悦に入るのか? そしてまた、自己満足の為に涼周を戦場に連れ回すのか? 自然と醸し出される保護欲求を建前に、自己満足を繰り返すのか?
(俺は一体……何様のつもりだ……!)
一瞬で及んだ思考に自問自答するナイツは、思わず足を止めてしまった。
「……ふふっ……!」
「っ!?」
然し、喰い破られる寸前の魔弾を見てほくそ笑んだ涼周の渇いた笑みが、兄にして未来の大英雄たる存在の、箍を外した。
弟が見せるこれが嫌で、これを……見たくなかった…………見させたくなかった!!
(だから強くなったんだろぅがっ!!)
瞬時に大量の魔力を全身に帯びさせ、退却中に拾った剣にも魔力を込める。
「涼周様!」
それと同時に漆黒の盾が砕かれ、稔寧が死力を尽くした結界を張ろうとした。
だが実戦を得意としない彼女では、確固たる強者の圧に耐えられない。
しかも強固な結界の顕現に間に合う確証もなかった。
「俺の弟に手をだすなぁぁーーー!!!」
ならば、兄たるナイツが死力を尽くして間に合わせるまで。
仲間の尻拭いを果たし、敵という存在や、闇に隠れた過去から、大切な弟の全てを守る。
周囲の草木を砂状に変える破壊の魔力を放ち、承咨の斬撃を上回る一閃で迎撃し、涼周の前に仁王立ち、毅然とした姿で承咨と相対した。
「!? にぃ……に……!!」
ナイツがいつぞや放った台詞、いつぞや見せた背中。
それは涼周初陣となったマドロトス戦の折りに、涼周が憧れて手本にし、限り無い安心を感じた、紛うことなき英雄の勇姿そのものであった。
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