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地固め
異端な英雄へ向ける、歪んだ欲情
しおりを挟む「えらく嬉しそうな剣筋だな、ジオ・ゼアイ・ナイツよ。そんなに戦いが好きか?」
激しく剣を交えつつ正面から顔色を窺っている承咨が、ナイツの内面を察した。
「……ふざけるな。そんな筈が……あるか!」
言葉に詰まりながらも、ナイツは否定した。
心を見透かされて大いに動じたものの、何とか戦いの意識を途切れさせる事はなかった。
だが、承咨にはその言動が最たる証拠であると見破られてしまう。
彼は平静を装おうとして逆に怒った姿を嗤い、感情の揺らぎを助長させんとする。
「異な事を言う。第三者として見れば、貴様も好き好んで戦をしている様に映るがな」
「っ!?」
隠していた感情の一部が実際の言葉に表され、ナイツは目を見開いて動揺した。
「せやぁっ!」
「うわぁっ!?」
一瞬の隙を突かれたナイツは剣を弾き飛ばされ、続けざまに蹴り飛ばされる。
「若!? う! ぐぅ……!?」
「……余所見してんなよ。お前の敵は俺だぜ」
主を心配して意識を逸らした李洪も、不意を突かれてシバァの一突きを肩に喰らう。
鍛練を欠かさぬ李洪だからこそ咄嗟に体が動いたものの、そうでなければ心臓を貫かれていた事は想像に易くない程の瞬槍だった。
「李洪っ!? ……っ! この……!」
倒れた体を起こすより早く、承咨が剣を突きつけて動きを封じた。
「部下が弱いと苦労するな。いや、貴様にとってはそれが嬉しいのか」
「馬鹿を言うな! 李洪が足手まといだなんて思った事はないし、自分の力で悦に入るつもりなんて毛頭ない!」
「ふっ……私の言った意味を理解している時点で、悦に入っていよう」
「違う! 俺は皆を守りたいだけでっ――うっ!?」
自分の武力は仲間を守る為のもの。決して自己満足の優越感に浸る為ではない。
ナイツはそう言いたかった。李洪を気遣う為に、承咨の発言を正としない為に、薄々感じていた歪んだ欲求を隠したいが為に。
「違わぬ。貴様は自分の存在を証明したいが為に戦っている」
然し、承咨にはそれがどうでも良かった。
起き上がろうとするナイツを主張ごと踏みつけ、首筋に剣を突きつけて己が主張を述べる。
「いい加減に気付け。貴様は戦場でしか存在を見出だせない戦屋の一人。体よく聖戦を謳ってはいるが、貴様も私と変わらぬ狂王子なのだ。仲間の為、民の為、平和の為と言いながら、強敵との死闘を楽しみ、己の成長のみを願い、強くなった自分が他者を守る事に酔っている。……所詮、貴様は哀れな英雄の一人に過ぎんのだ」
手前勝手な言い分だと、ナイツは承咨を鼻で嗤い返す。
「……はっ、まるでお前が、真の英雄たる存在を知っているみたいだな」
その一言に、承咨は盛大に目を見開いて驚いた。盛大に驚いて、盛大に笑った。
天才とは不様にも欠ける部分がある。今のナイツが正にそれだと言わんばかりに。
「ふふ……はははははは!! 何だ貴様、羨ま死しそうなほど近くに居ながら、全く気付いておらんのか! これは意外なる戯け者だ!!」
突然の高笑いは、ナイツのみに限らず李洪やシバァの動きすら止めた。
特にナイツは、戯け者と侮辱された事に怒りを抱かぬほど唖然とする。
「真の英雄が誰であるか、そんなものは決まっている。……貴様が命を掛けて守ろうとしながら、自分の戦闘欲求の為に戦場を連れ回しておる弟――涼周だ!」
「ちがっ……! 俺は自分の為に涼周を連れているんじゃ……!」
言おうとして、ナイツは言い切れなかった。
確かに承咨の言う通り、涼周を戦場へ同行させてはいるが、それは涼周本人が望んだ事。
……なのだが、何処かそれに甘んじて涼周に無理や危険を体験させている。弟には自分が必要だと思って、自分の存在を涼周ありきにしている。
戦場で弟を守る事に、仲間を守る事に、絶大な喜びを感じている。
「…………連れて……いる訳じゃ……」
自分は……戦場でしか、喜びを感じていなかった。
何処にあっても変わらぬ心で花を愛で、時には魚を見てはしゃぎ、ご飯を食べて夢心地となり、仲間と一緒になって笑ったりする涼周の傍で……弟の一番近くにありながら…………弟が嫌う戦場に嬉々として挑み、強くなりたい自分に巻き込んでいた。
「魔性の仁徳、敵味方を惑わす甘美な声と体。存在一つで戦を変え、国を興す。奴こそが天の気紛れで産み落とされた乱世の異端児。それに気付かず、自分が存在する為に戦場を渡り歩かせる貴様を戯け者と罵ったのみ。どこに間違いがあると言うのだ?」
「………………!」
「よく考えろ。戦場を駆ける英雄の殆どが戦場で自らを変える体験をし、その後に軍を率いる事で漸く戦場を変える存在となるのだぞ。貴様も、行く行くは私もな」
自分がナイツに劣っている事を、承咨は確かに自覚していた。
だからこそ彼は地に足が着いており、浮いているナイツの心の弱さを見抜く事ができた。
「ところがどうした。貴様の弟は世に言う英雄でありながら、戦場で何かが変わったか? 初陣の折りより何も変わらず、初陣から今の今まで戦場を変え続けて来ただろう。そこいらの英雄を超えて、奴は既に戦を変える存在となっている。だからこそ奴の存在が欲しい! 少人数で敵地に入り、姑息な罠を巡らして、私自らが剣を振るう程に欲しいのだ。飾り物で添え物で普通の英雄である貴様なんぞより、百回り以上もな!!」
「……っぅ…………!!」
自らの欲求を豪語しつつ、ナイツが示す英雄像を酷評する承咨。
ナイツは何も言い返す事ができず、敵を前にして項垂れ、闘志を陰らせてしまった。
「承咨様、お待たせいたしました」
悪い状況は更に続き、南と西からそれぞれ五十名ずつの承土軍兵が到着する。
承咨は大勢が決したとして、剣を構え直した。
戦闘放棄に至ったナイツを簡単に生け捕るべく、彼の利き腕を突き刺そうとしたのだ。
「ふん……様が無いな、哀れな英雄よ。……では大人しく――ちっ!?」
だが、それを含む全ての行いを許さぬ存在がいた。
人質やカイヨー兵達が逃げていった北側の木々の奥に仁王立ち、赤光を帯びた目で視殺の睨みを利かし、銃口を光らせた魔銃を構える涼周だ。
「ふふふ、兄の危機に駆け付けたか! 待っていたぞ涼周! ……今すぐ私に襲われろ……!!」
魔弾を瞬時に避けてナイツから距離を取り、即座に涼周へ向き直る絶好調の承咨。
民やナイツを餌にしてまで強く求めた存在の登場に狂喜し、背徳的な欲情をこれ以上ない程に覚え、身を振るってほくそ笑み、そして吟った。
「貴様を想って眠れぬ日はなかった。貴様の裸体を切り刻み、犯したいと願って抑えられぬ夜はなかった。貴様の存在を欲して奮わぬ一瞬はなかった。
――さぁ、無様な兄を捨てて私の許に来い。終わらぬ絶頂に心も体も蕩けさけ、下らぬ理想郷を払拭させる快楽の桃源郷を約束してやろう。……何より、貴様は私に責められ、とこしえにイキ狂い、咲き乱れてこそ美しい!」
(…………普通にヤバイぞこいつ……)
心胆に刻まれた涼周の甘い香りを感じれば感じるだけ、承咨は嗜虐心を湧き上がらせた。
それは同時に、承咨の気力と武力と知恵と身体能力と精神と積極性と性欲と物欲と性欲その他諸々を超人的に飛躍させたのだ。
そんな彼の存在を、シバァや李洪や承土軍兵が気持ち悪く思ったのは当然だろう。
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