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地固め
王子対王子、側近対側近
しおりを挟む承土軍次期大将 承咨。
カイヨー陥落の一級戦犯にして、続く遜康防衛戦に於いてはカイヨー兵の反乱を招き、心角郡平定戦では相互不可侵条約を無視して剣合国軍に攻撃を仕掛けた狂王子。
「……性懲りもなく、少数の供で敵地に潜入か。馬鹿な猪はお前だ」
見れば彼の護衛と思しき者は槍を持った男ただ一人。
残りは騒ぎを聞き付けて小屋から出てきた戦闘員だけだ。
「ふん、高々十数人で罠に飛び込んだ貴様がほざくな」
言って、承咨の護衛が煙弾を撃ち上げる。
勢いよく天に上った一筋の煙は黎明の空を鮮明に分断。数秒もしない内に森の気配が一変し、大勢の殺気が向かっている事が感じ取れた。
「ちっ、他にも隠してたのか!」
「同じ轍を踏む程、私は愚かではない。……狙いが外れはしたが、貴様とて価値のある男。引っ捕らえて次の餌に利用してくれる」
かく言うからには、今回引き連れている兵は信頼が置ける者達なのだろう。
ナイツはまこと小賢しい奴とばかりに承咨を一睨みすると同時、多勢を得て油断している今が好機だと判断した。
「お前の道具になるぐらいなら死を選ぶ! 李洪っ!!」
ナイツが三つの光刃を飛ばし、彼の掛け声に従った李洪が槍を投げ、それを合図にカイヨー兵達が人質を連れて走り出す。
承咨を相手にする暇はなく、ナイツと李洪は足止めを図ったのだ。
だが二人の攻撃は、承咨の前に乗り出した護衛の男によって簡単に弾かれてしまう。
それは俊敏な動きと躊躇のない判断が、そのまま力に変わった一閃と言えた。光刃を一瞬で霧散させ、李洪の槍を数秒に亘って制御不能にさせる程に、熱を感じさせるもの。
別の言い方をするならば、承咨には過ぎたる一撃だ。
「……シバァ、余計な真似はするな」
何となしに、承咨の声音が緩んだ気がした。
シバァと呼ばれた三十代近い男の方も、まんざらではない様子で言い返す。
「おっと、こいつは失礼。では御自分で」
「無論だ。奴等ごときに遅れは取らぬ」
半ば楽しそうに、承咨は剣を抜いて茂みを超えてきた。
シバァもそれに続き、主の脇を固めながら周囲の状況にも気を配る。
「人質の者達はどうします?」
「李根の手下共に追わせろ。どちらも居るだけ邪魔だ」
端的なやり取りを以て味方に指示を出す二人。
その一つ一つの動作に一切の隙が見られず、これは油断ならない敵だと、ナイツと李洪も気を引き締め合う。
(……侶喧達を傀儡にしてバスナを追い詰めた男が……今回はそれをしない。余程、自分の武芸を高めて自信を付けたんだろう。それにあのシバァという男……聞いた事はないけど相当の実力者に違いない)
姑息な戦法を使う狂王子が正攻法で挑み来る。それ即ち自信の顕れとも言えた。
ナイツと李洪は人質を追い掛ける工作員を追う様に、承咨とシバァと付かず離れずの距離を保とうとする。新手が迫りつつある状況で、この場に残って戦うなどもっての他だった。
「ふっ、逃げながらあしらえる程、私は易い敵ではないぞ!」
当然ながら、承咨とシバァが切り掛かった。
承咨はナイツへ、シバァは李洪へ。立場と得物が同じ者同士の戦いとなる。
ナイツは人質達をカイヨー兵に任せ、当面の敵のみに集中した。
繰り出される瞬刃を防ぎ、弾いて、隙を窺いつつ実力の程を推し測る。
(決して油断するつもりじゃないけど、勝てない敵ではない)
連戦に次ぐ連戦や強敵との死闘が、ここ数ヶ月でナイツの地力を上げていた。
承咨も武勇には長けていたが、武芸の師と言える存在が周囲に居ない彼は強者と手合わせする経験に欠けており、それがナイツとの実力に開きを生じさせている。
だが一方で、李洪とシバァはその逆であった。
文官に近い武官の李洪に対し、シバァは完全な一級武官。
単純な膂力は元より、何故かシバァは強者とやり慣れていた。
(くっ……! この男……想像より強い上に、魔力にも長けている! 一体何者だ!)
無名の実力者を前に、李洪は目に見えて動揺していた。
するとシバァは微笑を浮かべ、馴れ馴れしく敵に話し掛ける。
「兄ちゃんに俺の相手は荷が重いか? 何なら手加減してやってもいいぜ?」
「軽口を叩くなシバァ。そっちの男に用はない。さっさと殺してしまえ」
ナイツと剣を交えながら、横で行われる一方的な語りに注意する承咨。
彼は口にこそ出さないが、自分の担当する敵が意外な手強さを見せる事に苛立っていた。
察するところ、遊んでないで速やかに李洪を討ち取り、ナイツ捕縛に手伝えという事だ。
「ならまぁ、本気で――おっと危ねぇ!」
対承咨で空いている余力をシバァに回すナイツ。
側面から光刃を飛ばして李洪を援護しながら、正面から迫る承咨の剣も防ぎ止める。
「ふふふ、中々どうして! 充分殺るではないか、ジオ・ゼアイ・ナイツ!」
図らずして互角になった事を喜んだのか、承咨の剣筋から怒りの色が消えた。
代わりに彼は嗤い、他力によってもたらされた状況を不様にも楽しみだした。
「お前は、黙って戦えないのかっ!」
「剣撃の音だけ奏でても詰まらぬであろう。何なら楽曲でも歌ってやろうか?」
「なら自分の為に鎮魂歌でも歌ってろ!」
やはり理解し難く、理解したくない存在だ。
ナイツは魔力を込めた剣を横薙ぎに振り、防ぎ止めた承咨を追い払うように後退らせた。
「ふっ、これしきの餓鬼に苦戦するとは、私もまだまだだな!」
承咨はめげずに間合いを詰め、李洪への援護を済ましきったところを狙って切り掛かる。
唯我独尊な一面を持つ彼はシバァと息を合わせる事がない。
それが為にナイツは一人以上二人未満の戦いを続ける事が適い、李洪に至っても不甲斐なさを感じながら耐えていられた。
(承咨の内面が此方に利しているが、このままでは駄目だ! 何処かで俺が巻き返さなければ!)
李洪の分まで奮戦せんとして、ナイツの気は焦りを帯びた。
然し、それと同時に彼の内情には歪んだ想いが湧き起こった。
強くなれた自分が李洪を助けている。彼の生死に大きく関わる働きを示し、二人の相手を同時にこなして仲間から必要とされている。
激戦を潜り抜けた末に高められた己の武力が、今や必要不可欠なものとなっている。
それがナイツには心底嬉しく、苦境を前にして影のある笑みを浮かばせた。
心の何処かに隠し持っていた承認欲求が満たされた事で浮き彫りとなり、戦いの高揚感に一層の酔いを感じた故に強まった、危険な笑みだった。
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