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地固め
ククク……三流工作員め、笑わせてくれる
しおりを挟む深夜、建方が済んで形の整った館に近付く者達がいた。
大工でも警備兵でもない。とてもその様な生易しい気配ではない。
正体不明の彼等は、やり慣れた仕草をしているが故に浮いており、静寂の工事現場に於いて場違いな存在であった。
「動くな」
魏儒の声と同時に短刀が投げられ、忍び足の下に突き刺さる。
「ちっ! 飛刀香神衆か!」
数人の中にあって隊長格と思しき男が、目に見えた敵意を剥き出しにした。
魏儒は向けられた視線と舌打ちを前に、悪人面を作って不敵に笑い返す。
「クク、三流工作員が……! そのような言い方では、自分達が涼周軍ではないと言っているようなものだぞ」
心なしか楽しそうにも見える彼を筆頭に、ナイツ、李洪、侶喧等も姿を現した。
「貴様等が近い内に動くなど織り込み済みだ。せっかくここまで建てた物を燃やされては敵わん故に、警備を怠る訳がなかろう?」
「…………」
カイヨー兵に囲まれた絶望的な状況が工作員達を諦めさせたのか、彼等は一様に押し黙ってしまう。
「貴様等には幾つか聞きたい事がある。先ずは貴様等、李根の手の者であろう?」
「…………」
「どうした? この期に及んで己が存在の秘匿性を再認識し、口をつぐんだのか? それとも承土軍を裏切った私に向ける口はないか?」
「…………黙れ忘恩の輩め! 死――」
相討ちを狙ったのか、隊長は懐に隠した小銃を取り出そうとする。
だがそれより先に、侶喧や数人の精鋭が短刀を投げた。
「ぐあっ!? お、おのれ……!」
隊長の両腕は瞬く間に針鼠となり、次の瞬間には部下共々取り押さえられる。
「ククク……! 口の中に例の物を詰め込んでおけ。尋問前に自害されては敵わぬばかりか、涼周殿の御殿前で死人が出るのはもっと敵わぬ!」
「ははっ! 例の物、この様にたっぷりと染み込ませてあります!」
魏儒の指示を受けて、数人のカイヨー兵が真っ赤な布を用意した。
「ねぇ魏儒。それはなに?」
ナイツの問いに、魏儒はとても楽しそうな嗤い顏を作る。
「超激辛で知られる三葉産の鷹の爪、それの濃縮液に一週間浸した物だ」
「…………はぁっ!? 何でそんなもんを一週間前から用意して――」
「気にするな。さぁ、親愛なる兵士諸君。問答無用でそいつ等の口を封じてやれ!」
「イョッシャァァァーーーーィイ!!」
残虐な自害防止策に数人のカイヨー兵が激しく応えた。
手慣れた動作を以て(何故手慣れているのかは不明)、他のカイヨー兵によって大口を開けさせられている工作員にジリジリと迫る。
「大丈夫、大丈夫だ! 殺しはしない。少しの間だけ楽しい夢を見るだけだ!」
「そぅーれ! 一気! 一気! 一気! 一気! 一気!」
拘束する者と迫る者以外のカイヨー兵が自然と手拍子を打ち、掛け声を上げる。
どちらも祭りには必要不可欠なもの。そこが分かっているカイヨー兵は流石と言えた。
お祭り男たるジオ・ゼアイ・ナイト曰く、「おぅ! 男前である!」……だ。
「まっ! まへまふぇ!? いっふぉころひて――もごぅがぁぁぁーー!?」
迫り来る真紅の布を前にして、工作員達は早くも降参を声明した。
尋問前でありながら「いっそのこと殺してくれ」と、慈悲にすがろうとしたのだ。
だが、現役の承土軍兵を憎むカイヨー兵が優しさを向ける事は決してない。
抑々にして、涼周の御殿に何か仕掛けようとした者達を許すつもりはなかった。
工作員達は数秒の地獄を体験した後に白目を剥いて気絶……の直後に水を掛けられて意識を地獄に戻し、また数秒後に気絶して水を掛けられる。
これが十数回に亘って繰り返された。
「うわぁ地獄だ……。これは弟君やシュマーユ殿を連れて来なくて……良かったですね」
魏儒やナイツの指示もないのに拷問が始まり、李洪は絶句した。
それと同時にナイツは侶喧に問い質す。
「ねぇ侶喧……信頼できる兵を集めたんだよね……彼等は凄くふざけている様に映るんだけど、信頼できるの?」
「………………涼周様に対する…………忠誠心は…………確かです!!」
「何でそっち向くの。こっち向いて言ってよ」
指揮を逸脱した拷問行為もとい自害防止行為は、どうやら侶喧の想定外だった様子。
目で追うのも大変な程に、彼の視線は泳ぎまくっていた。
「ふん、これしきで音を上げるとは、つくづく三流な奴等め。察するに、度重なる工作活動のせいで李根の下には優秀な者が欠けていると見た」
(これしき!? えっ、この悪魔に似た所業がこれしきなの!?)
不甲斐ない奴等だと、魏儒は敵ながら嘆いた。
対するナイツは甲斐性の基準が分からず、心の中で憐憫の念を抱くだけであった。
「……ともかく、敵の駒を手中に収めるのは成功したね。さくっと情報を吐いてもらおうか」
気持ちを入れ替えたナイツは捕縛したばかりの工作員達に歩み寄る。
だが然し、彼等は全員が白目を剥いて痙攣していた。
「あっ……すんません。虐めすぎて意識戻んなくなりました……」
「なぬぅーー!?」
やり過ぎ注意。死なれては意味がない。
ナイツは急いで口の詰め物を出させ、全うな方法で意識回復に努めさせた。
その甲斐もあってか、目を覚ました工作員達は地獄から解放された喜びで完全降伏を宣言。知っている事を洗いざらい打ち明けた。
彼等は建築中の御殿に火を放った後は豪族達の仕業だと吹聴して回り、予め用意していた族内の男達を密かに殺し、犯人として突き出すつもりだったのだ。
ナイツは眠っていた涼周と護衛の稔寧を呼び出し、端的に事情を説明する。
「何としても男達を解放しなくちゃいけない。彼等が囚われている小屋に向かうよ」
こりゃ眠ってる場合じゃねぇ! と、稔寧は元より涼周も意識を覚醒させた。
ナイツ一行は闇夜に紛れて監禁小屋に近付き、涼周が黒霧を発生させて中の人間を敵味方関係なく気絶させる。
「救出完了! 敵も味方も目が覚めたらビックリするだろうな!」
人の気配を感じなくなったと同時にナイツや兵達が突入し、敵は捕縛、味方は保護。あっという間の鎮圧であった。
「他の工作員がこの小屋に現れるかもしれません。私は監視の為に残ります」
李洪は十数名の兵と共に小屋周辺に待機する。
ナイツは安心のあまり眠りだした弟を背負い、皆と一緒に本陣へ戻った。
そして最後に彼は、カイヨー兵及び彼等へ直接的な指示を下した魏儒を叱責する。
「……上手くいったからいいけどさ、あまりふざけないでね? これから涼周軍の拠点となる場所の門前で、鷹の爪の方がまだましだと思うような真っ赤々な布を突っ込まれて死んだ人間がいるとか、普通に笑えないからねぇ? わかったぁ? 特に魏儒」
「…………うむ……すまん……」
真夜中に良い歳した男達が、十三歳の少年に叱られる図。
冷静を取り戻した魏儒も今回ばかりは言い返す事ができず、素直に反省したという。
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