258 / 448
地固め
想いとは別に、求められる利益
しおりを挟むナイト、安楽武、淡咲が豪族の懐柔案を承認するや、ナイツ達はシュマーユの存在を柔巧中に認知させ、同時に涼周軍内の各将に事情を伝える使者を飛ばす。
カイヨーにあった楽瑜は涼周への挨拶を兼ねて稔寧を派遣し、彼女がシュマーユと顔合わせを行ったのは、ナイツ達が剣合国に帰還してから四日後の事だった。
結論を先に述べるならば、稔寧の妹がもう一人増えた。
素っ気ない兄二人と、心配症な保護者代わりの猛将が上におり、長兄派の主とその護衛少女も年下であった為、シュマーユには稔寧から放たれるお姉様オーラに耐えるだけの免疫がなかったのだ。
「稔寧はすごい人気者だな!」
木彫り人形を手にお土産話をする涼周の聞き相手を務めつつ、軍の状況をシュマーユに教えている長女の稔寧。
ナイツは彼女の聞き上手と、的確で分かりやすい説明を前にして尊敬の念を抱く。
当の稔寧はゆっくりとお辞儀をするに留め、妹達の相手に専念した。
暫くしてシャーズとレモネが本陣に姿を現し、シュマーユに同行を願い出る。
「失礼します。シュマーユ殿、もうそろそろ参りましょう」
「はい、宜しくお願いします。……では行って参ります。皆様、また後程」
「うん、頑張って来てね。シャーズ達も頼んだよ。向こうの出方次第では俺を呼んでくれても構わないから。いざとなったら立場を利用して圧を掛けるつもりだからさ」
「ふふ! 実に頼もしき御言葉。されど、そうならぬに越した事はございません。お手を煩わさぬよう、全力を尽くして参ります」
ナイツの激励を受けたシャーズ達は貴族らしからぬ丸い物腰で頭を下げる。
兄弟に多大な恩を感じる彼等は必然的に士気が高く、とても頼りになる存在と言えた。
それが為にナイツも彼等を信頼し、期待する。
いつしか彼の中にあった貴族嫌いは大分薄れており、自らも協力を惜しまない程であった。
そして兄が兄なら弟も弟。いや、感情をもとにした行動であれば弟は兄以上だった。
「涼周も行く! 行ってお話する!」
『えっ……!?』
いきなりの大将出馬宣言に、皆が素っ頓狂な声を上げた。
しかも涼周の様子から察するに、この子は遊び半分の遠足気分だ。
(……絶対に寝るぞ……交渉中にこっくりと寝よるぞこいつ)
現時点で先が見えるナイツは、別の関心を持たせて涼周を思い止まらせようとする。
「なぁ涼周。稔寧にまだお土産話が残っているだろ? それは良いのか?」
然り気無く稔寧を利用したが、彼女は別段気にしなかった。
寧ろナイツの意図を察し、彼の話に合わせる様に微笑みながら頷いた。
「ぅ、そうだった。ごめんマーユ、涼周やっぱ行けない」
そういう訳で、涼周は本陣に留まる事を決めた。
シュマーユにバイバイする弟を余所に、ナイツは黙って稔寧に手を合わせる。
「ふふふ、お気遣いなく」
涼周の肩に後ろから手を当て、静かに微笑み返す稔寧。
もう本当の姉とも思える程に、彼女のお姉様オーラは眩しかったという。
シュマーユ、シャーズ、レモネ達は安心して出立。豪族の懐柔工作に出掛けていった。
説得初日の成果は中々に上々であった。
シュマーユ厚遇という実例と本人の弁舌が大きな好影響を及ぼし、豪族達の関心を買うことに成功。多くの者が耳を傾け、早くも協力を申し出る者まで現れた。
だが、それでも不支持の姿勢を変えない者達も中にはおり、ナイツはその日の夜にシャーズ等からの報告を受ける。
「以前から強く反発している三つの豪族が、全くという程に耳を貸しませぬ。彼等はこの一帯に於ける有力者でもある為に、自尊心が強いのでしょう」
「前に言ってた、小規模より若干上の者達の事だね。明日にでも俺が伺おうか?」
「いえ、今はまだ結構です。彼等の動きは想定の範囲内ゆえに、先ずは正攻法に則って数百人単位の小規模な者達を取り込むつもりです。そして確実に外堀を埋めた上で、彼等と共に総攻撃を行おうと考えております」
純粋な武力の衝突ではない為に、小さな者でも束になれば実力者に匹敵する。
シャーズは柔巧での勢力図を着実に塗り替えていき、中規模以下・小規模以上の者達は最後に降すつもりでいた。
「なら俺の出番は、その総攻撃でも三つの勢力が揺るがなかった時だね」
「はい。全力を尽くしますが……そうなってしまった際はお願いします」
「承った。因みに、総攻撃までにはどれぐらいの日数が掛かりそう?」
「五日もあれば充分と思われます。今日の様子を見るに、二、三日で殆どの者が帰順を表明するでしょう。偏に……早めの帰順が良い印象を与え、それが家の繁栄に繋がると思っているのです」
シャーズは家の存続を図る者達の心が分かっていた。
だからこそ彼が説得役に適しているのだが、ナイツは彼の発言から複雑な心境になる。
「……こう言うのも何だけどさ……現金な奴等だよね」
誠意を示しても首を縦に振らなかった連中が、利益を望めると知れば手のひらを返す。
真面目で素直で正直なナイツには、彼等の心が理解し難かった。
「…………否定はしません。皆が皆、義や想いで動く訳ではありませんので」
「あっ……ごめん。……これは失言だったね。今の言葉は忘れて」
かく言う自分もまた、彼等と同じ部類であると言いたげなシャーズ。
ナイツは自分の言葉が軽はずみを帯びた皮肉である事を理解して、彼に謝罪した。
「いえ、剣合国は特にそういった貴族・豪族が多い故に……致し方ない事かと」
仕方ないと言っても、どこか複雑な気持ちにならざるを得ない事情が剣合国にはあった。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。
【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~
黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。
転生調理令嬢は諦めることを知らない
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。
追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。
2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。
---------
掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】
しいたけ農場
ファンタジー
誰かが『彼方の大地』と呼ぶ世界。
紅い月の夜、そこにはエトランゼと呼ばれる異世界からの来訪者が現れる。
エトランゼはギフトと呼ばれる得意な力を持つが、この世界ではたったそれだけを頼りに生きていかざるを得ない存在だった。
少女、カナタはこの世界に呼ばれた。
元の名を捨てたエトランゼの青年ヨハンは、この世界で生きてきた。
二人が出会いは大勢の人を巻き込み、この世界の真実を解き明かしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる