大戦乱記

バッファローウォーズ

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ナシュルク解放戦

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 開戦から一時間と要さず、虎壟水塞の攻防戦は佳境を迎えていた。
于詮と張真は十合以上も刃を交えて互角の死闘を演じ、割り込みを狙う我昌明にはシュハール隊が懸命な防戦を以て防ぐ。
ザエンもシュクーズの援護を受ける事で辛うじて戦線の保持に成功しており、押されながらも粘り強い守備を披露。ここに来て、前線の城を張る将軍としての矜持を見せ出した。

「………………!」

「はっ。…………成る程、承知致しました。青牙隊と青雷隊は城壁の端を攻めよ!」

 ザエンが底力を発揮すれば、慾彭がそれを上回る猛攻を仕掛ける。

「ザエン様! 敵の後詰めを確認! 慾彭隊直属の青備えが、南端を狙っております!」

「うむむ……! そうはさせんぞ! 此方も残る主力兵を差し向け、何としても阻め!」

 それに対してザエンが更なる奮起を示すか、シュクーズが援兵を送る。
こうしたやり取りが三度ほど続いた結果、攻城力と守備力のインフレは互いの精鋭部隊を投入するまでに至り、戦闘の激化とともに上昇は落ち着きを見せた。

「よし! それでは本攻めといこうではないか! 各隊、指示通りに攻撃開始ーー!!」

 そして、両軍ともに一石を投じるだけで大きく傾きかねない状況にあって、慾彭隊に次いで出陣したナイトが我昌明隊の指揮系統を掌握し、本格的な攻城に乗り出した。

 シュクーズは戀王国軍の総攻撃、取り分けナイト・我昌明隊への対応に手を焼き、二隊の攻撃に曝された城壁北側は大苦戦に陥ってしまう。

「流れに乗ったな。このまま一気呵成に攻め落とすぞ。第三登城部隊も出動させてくれ!」

 いつもなら最前線で剣を振るうナイトが、今回に至っては後方で大人しく指揮をとる。
戦の流れは完全に戀王国軍側であり、ちょっとやそっとではゲルファン王国軍は巻き返せない筈だが、それでも指揮する将軍が居ないのは危険が過ぎると思われたからだ。

(……何より、奥が雨を予見した。予見したなら、必ず何かが起こる。その時に兵を指揮できる者が居なくては、この優勢も忽ち塗り替えられるだろう)

 変事の発生より前に自分も突撃して早期決着をつけようとも考えた。
然し、キャンディを想う彼が彼女の許から離れる事はなく、味方軍と家族の安全を最重視したのだ。

「ん? どうかしたの? チラチラ此方のこと見ちゃって」

「ふっはは! そんなに見ていたか?」

「はふふっ……気が付くぐらいには、ね」

 横目で最愛の妻を見れば、キャンディはそれに気付いて尋ね返す。
彼女は笑みを浮かべているが、何処と無く余裕を感じられないものであり、常時必要以上に神経を尖らせている様子だった。

 ナイトはキャンディを安心させるべく、彼女の目を真摯に見詰めて断言する。

「俺と皆を信じろ。雨なんぞ、所詮は一時の災いに過ぎん。それに対して俺達は万時の宴会好きだ。さっさと勝って、奥ごと皆を笑わせてやる!」

「はふふっ! それもそうね……期待してる」

 キャンディの表情に花と言える笑顔が咲いた。
一時凌ぎであっても、ナイトは妻の気が紛れるならばそれで良しと捉える。

 だが、それだけで終わらせる彼ではない。
本当の花を咲かす為に勝利を望み、意識を集中させて戦略的思考を研ぎ澄ませ、自分の代わりに戦ってくれている全ての仲間達を全力かつ無駄のないように指揮する。

「…………ありがとう……あなた」


 結局この人は、仲間の事ばかりを考えている。
そう思い、実際に想われていると、純粋に嬉しいだけじゃなくて自然と気が楽にもなるし、顔も体も熱くなってしまう。
感情の熱を逃がす様に微笑んで、そして誰に聞こえるでもない声量で呟く。
終わらぬ氷雨に曝されていた私を救い、その上でこんな私を想ってくれた情熱を、今なお衰えさせる事なく想い続けてくれる最愛の夫に、真心を向けて。


 それがナイトに聞こえていたかいないかは、彼が応えていない為に不明であった。
それでも確実に言える事は、キャンディが頬を染めて感謝した直後から、逞しい背中を見せるナイトの指揮が一段と切れを増したという事であろう。

 戦況は益々もって戀王国軍の優勢に進む。
張真は于詮と我昌明の挟撃から脱して自らの直属部隊と合流してしまったものの、ナイト、我昌明、于詮はゲルファン王国軍自体に大打撃を与える事には成功。
壁上を半分以上制圧し、内部へ続く階段にまで迫る勢いを見せていた。

「ゴハハハハハ!! 行けい! 栄えある戀王国の猛者共よ!! 数だけ揃えた敵の防陣ごとき、一撃で噛み砕いてやれぃ!!」

「張真隊に再度突撃を仕掛ける! 全員遅れず俺に続け!!」

 その波を最も強めている者は我昌明と于詮。
現場にあって二人の猛将は全力を余す事なく出しきり、まるで早期決着を望むかの様に攻めに攻め続けていた。

「うおぉ! ゲルファン王国兵共を残らず蹴散らしてやる!」

「このまま突破だ! 内部に入って門を開けるんだ!」

「オオッ! 将軍に続け! ゲルファン王国軍なにするものぞ!」

 先頭を突き進む将軍の闘気に当てられた戀王国兵達。
心を燃やして恐れを忘れ、果敢に攻めてはその都度敵を討ち破る。
彼等は相対するシュハール、張真隊を撃破し、このまま勝利する事を信じて疑わなかった。

 然し、一人の戀王国兵が雨粒を額に浴びて、ふと空を見上げた時。

「うん……雨が降ってき――飛空挺!? こっちに突っ込んで来るぞ!?」

 北の方角から猛進して来る小型飛空挺を確認。
周囲の者も釣られて空を見ると、確かに全長十メートル程の機動用小型飛空挺が衝角を壁上の戀王国軍に向けて、真っ直ぐ突進してきていた。
旗印はゲルファン王国軍を示す「鎖に巻かれた大剣」の他に、もう一つあった。

「ちぃっ! 奴だけが先行して来よったか!?」

 黒地の布に白槍が描かれた旗を見て、我昌明は忌々しげに舌打ちする。

「が、我昌明将軍!? 一体なにを……!?」

「退いてろお主等! ヌゥゥ…………ゴハハァーーー!! これでも喰らえやァーーー!!」

 ゲルファン王国軍の飛空挺。それもかなり厄介な敵が乗っていると分ければ、我昌明に遠慮はない。近くの櫓を力任せに土台ごと持ち上げ、超特大な飛槍の要領で投げ付けた。

 豪快極まりない攻撃方法を見た敵味方が驚きの余り言葉を失って立ち尽くす中、投げられた櫓は行ってきまーす! とばかりに元気(?)良く発進。その僅か数秒後には飛空挺と激突し、派手に爆散する。

「うわぁー!? 結局突っ込んで来たー!?」

 迎撃爆破した事で、寧ろ飛空挺による特攻攻撃は拡散。
ゲルファン王国兵も戀王国兵も一様に逃げ惑い、我昌明も退避を勧められる。

「ゴハハァ!!」

 然し、我昌明は一歩も動かぬ不動の構えを以て飛空挺の残骸に挑み、魔力を込めた大矛で真っ正面から一刀両断した。
飛空挺だった物は更に損壊をきたし、燃ゆる鉄塊となって我昌明の左右後方へ流れる。

「……手応えなし。やはり隕石でも落とさぬ限りは死なぬか。淡咲嬢でも居れば良かったわ」

 振り下ろした大矛を戻しがてら舌打ちして、付近一帯の気配を感じ取る我昌明。
彼曰く、殺害予定の登乗者は死んでいない。必ず刃を繰り出してくる。

「――!? そこかァァーー!!」

 得物を構え直した我昌明が、次は頭上に向けて大矛を振り上げた。
ゲルファン王国軍の新手は撃墜される飛空挺から退避するとともに、上空から急降下して我昌明を奇襲しようとしていたのだ。

 そして互いの魔力が衝突すると大気にヒビが入り、けたたましくも我昌明に似合う轟音と天地を揺さぶる衝撃が水塞一帯に波及した。

「……ちぃっ! 本当に面倒な奴が来よったわ!」

 飛空挺墜落から逃れた敵味方の兵達を更に吹き飛ばして強引かつ強制に避難させた後、我昌明と新手は二人だけの土俵で面と向かい会った。

 その新手は、胸辺りまで伸びた黒い長髪に紅色の毛が混ざった壮年男性だった。
左の利き手に合わせた構えで白銀の槍を持ち、これまた白銀の鎧を身に付けている。槍も鎧も晴天の下であれば、反射した日の光で目眩ましが可能だと思える程に輝いていた。

「戀王国錝将軍・我昌明だな」

 殺気を押し殺しつつ睨みを利かす新手は、とてつもなく低い声で確認をとった。
対する我昌明は面白くない状況ながら無理にでも笑って答える。笑った方が勝ちであると言うナイトやマノトに倣って。

「ゴハハハ。如何にも、我輩が豪牙天剛・我昌明よ。……んで、そういう貴様はゲルファン王国錝将軍、無尽銀刺(ムジンギンシ)・白葯(ハクヤク)だな。来て早々に悪いが、早速死ねぃ」

 奇しくも辺境に当たるナシュルクの地で、両国を代表する錝将軍が相見えた。
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