大戦乱記

バッファローウォーズ

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ナシュルク解放戦

あ・ま・ご・い

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 メスナ到着の翌日には万全を期した慾彭本隊二万四千が到着した。
これで禹凝城に集結した戀王国軍は于詮隊四千、ナイツ隊三千、メスナ隊五千、慾彭軍二万四千の合計三万六千となった。

 然し、于詮隊に至っては殆どが負傷兵、ナイツ隊も戦える者が二千名といった状態。
更には禹凝城守備の欧離軍も軍と呼ぶに相応しい戦力が残っていなかった。

「于詮殿は俺が預かっている兵を率いて、この城を守って下さい。俺はメスナ隊に加わってナシュルクへ向かおうと思います」

「…………承知、と言いたいが……私とて殺られっぱなしは好まん。私個人だけでも連れていってもらえぬだろうか?」

 先の敗戦を重く捉える于詮だからこそ従軍を強く望む。
彼にとって汚名をそそがぬ内は、生き恥を晒している事に他ならないのだろう。

「……それは、気持ちは分かりますが……」

 総代将でもなければ仲間衆の頭たるナイトでもないナイツは、返答に困った。
自分と于詮の行動を彼にお願いする事はできても、于詮の主張を無下にもできないのだ。
言葉を濁すか直言を伝えるかでナイツは迷ったが、于詮の人柄を思えば直言こそ妥当であると感じ、彼は思ったことを素直に語る。

「俺は貴方の行動を強制させる力を持っていませんが……大勢の部下を持つ将軍の貴方が、一時の感情で動くのはどうかと……」

「ナイツ殿とて、功に焦っている様に見えるぞ」

 それに対する于詮の返答に、ナイツは僅かにムッとした。
自分が戦場を望むのは解放を望む民の為であり、于詮みたく名誉挽回の為ではないと。

 だが、それを言ったところで堂々巡りに発展するのは目に見えており、軍内に要らぬ不和を招かない為にもナイツは口を塞ぐ。

 そんな二人を見かねたキャンディが仲裁案を提示するのは、ナイツが無意識の内に気配を変えてしまった数秒後だった。

「ならこうしましょう。私が城の守りに就くから、于詮殿は行ってらっしゃい」

 それは負傷兵の治癒を兼ねて自分が禹凝城の守りを買って出るといったものだ。

「お願いできるならばお願いしたい」

「すみませんが、ここは母上にお願いします」

 于詮とナイツがこの案に飛び付いたのは言うまでもなく、鶴の一声で方針が定まった。
元々、キャンディ自身が皆の帰る場所を守る人柄であり、義士城であってもそうであるだけに、ナイツ達は妙な自然さを感じたという。

 結果、ナイツと涼周の兄弟はメスナ隊に属し、于詮は慾彭軍に属する事が決まり、彼等はナイト達が先行しているナシュルクを目指して進軍した。



 一方、そのナシュルクでは、ナイトと我昌明の連合部隊が早々にやらかしていた。

「ふっははは! サンケルティア城下は我等が戴いた!!」

「ゴッホッホ! 楽勝・連勝・敵脆弱の三つに尽きますな!!」

 ナシュルクを任されているゲルファン王国軍将軍・ザエンを手玉に取り、民兵主体の反乱軍を勝利に導き……導くまでは良いが筋肉同盟なるものまで発足していたのだ。

「ナイト様に我昌明様だ! うおおぉぉーー!!」

「あのお二方こそ、筋肉神の権化なり! 皆の者、讃えるのだぁー!!」

『おっう! おっう! おっう! おっう! おっう!』

 占領した軍基地の頂きにあって戀王国の旗を掲げる両人に、戀王国兵と反乱軍兵が大歓声を上げて応える。
こう言ってはなんだが、もはや住民扇動もとい洗脳だった。

 だが過去の大戦を経験している仲間衆頭領と錝将軍にとって、これしきの事は容易い。
二人は寧ろ、もっと大きな事を狙っていた。

「ナイト様! 我昌明様! ご報告しますおっう! 逃げていったザエン軍は虎壟コロウ水塞へと退却した模様! 他の諸隊も同地へ集結し、大兵を成して我等を迎え討たんとしております! おっう!」

「ゴッホッホ! 聞かれたか? ザエンの奴はまだ抗う様ですぞ!」

 戀王国の旗を屋根に刺し込み、代わりにゲルファン王国軍の旗をへし折る我昌明。
彼の問い掛けに対し、隣に立つナイトも仁王立ちのままに不敵に笑う。

「散らばった敵をちまちまと討つ手間が省けた。奴等を追撃するついでに虎壟水塞の門も破壊してやろう。ゲルファン王国軍は度肝を抜くに違いない」

「如何にもその通り! ナシュルク郡解放に丁度良いですな!」

 まるであの頃に戻ったかの様な小気味良さに、我昌明は豪快に笑った。
自分に負けず劣らず、ナイトは何時も豪快な事を考えるものだと。

「狙いは定まった。先ずは敵の足元を揺さぶるとしよう。行くぞ我昌明!」

「おぉ! 奴等が放棄していった拠点を、根こそぎ占拠していきましょう!!」

 ナイト・我昌明隊五千、並びに反乱軍二万五千は旧サンケルティア城跡より更に北上。干上がったドルトア川に沿って点在する四つの集落を懐柔し、同地の民を味方に付ける事で反乱軍の総数は三万にまで上った。

「……うっは……父上達がまた何かやってるよ」

 ナイツ・慾彭の後続軍二万九千はそこで追い付き、大集落・鳥亥チョウイの地で雨乞いの儀式を開くナイト達と合流した。

「おぅ、于詮まで来たのか! 寂しがり屋め! だが少しだけ待ってくれ。もう少しで雨が降りそうなのだ。……はぁぁ、ムゥーーン!!」

 広場にて大勢の群衆に囲まれていたナイトは、拳を突き上げて風雨の神に恵みを求める。
たが残念な事に、完全なる陽の気を持つ彼は雨雲を晴らすことは出来ても、その逆はできなかった。無念!

「ちくしょー! 雨神のお馬鹿さんめぇー! 淡咲を連れてくるべきだったぁーー!!」

「むぅ……こうなれば別の策を講じるしかありませぬな」

 天文の才を持つ凄腕天気予報士かつ元来巫女の一族である淡咲でなければ、雨を降らす事は容易ではない。尤も常人では晴らす事すら容易ではないが。
そして我昌明や于詮はこの行いを当然の様に策だと言っているが、これは抑々にして策なのかと、ナイツやメスナは疑問に感じたそうな。

 然し、失敗しましたで引き下がらないのがナイトクオリティと言うもの。
戀王国の本隊を前に彼と我昌明は一転して四股を踏みだし、釣られて兵達もドスコイ。

(今度はまた……何をする気なのか……)

 雨乞い失敗の後に四股を踏んで何をするのかだって? 自棄くその神前相撲に決まっているのである。神話全書にも書かれているのである。
顔色から内情を悟ったナイトがそう言えば、ナイツは冷めた目で切り返す。

「はいはいはい。分かりましたから皆、特に父上。無駄な水分を使わないで下さい」

 ナイト・我昌明 対 戀王国兵による、血湧き肉踊る取っ組み合いもといナイト・我昌明の出来相撲を制止する者はナイツ。はしゃぐ涼周を抱き止めながら呆れ顔を向ける。

「どうしたのだ息子よ! その無駄な水分を使わないでくれと言いたげな顔は!」

「今さっきそのまま言ったんですが! ちゃんと聞いてくだ――」

「おとーさん相撲! 相撲相撲! もすもう!」

「ちょっと、涼周も落ち着いて! 落ち着――おごぉっ!?」

 無駄とも思える父の行為を諫める中、ナイツは跳び跳ねる弟の後頭部を顎に喰らう。
硬い涼周の頭突きを受けた彼は、目に涙を浮かべて無駄な水分をかなり消費した。

「ぅ? にぃに、どしたの?」

「…………! 暫くの間おんぶ禁止だから……!」

 怒れるにぃにのおんぶ禁止令が施行。まぁその間はナイトがおんぶするのだが……。

「……兎に角、相撲より先に軍議を開いてください! 建設的な行動をするんです!」

 顎を抑えるナイツは此方が自棄くそだわとばかりに進言。
ハッケヨーイからの轢き逃げー! 寸前のナイトと我昌明に軍事的行動を要求した。

「まったく、面白味の欠ける息子ざます。ねぇ我昌明の奥様?」

「そうざますそうざます! 真面目ちゃんざますぅ!」

「そうざますそうざます! うちの息子は真面目ちゃんちゃんこ鍋ごっつぁんざます!!」

『ナイツ様! ごっつぁんです!!』

 対する力士二人は一瞬にして職種を変更。剣合国の大将と戀王国の錝将軍が良い歳こいて貴婦人たる気品と声音を以て批判に興じた。
そして、それに応えるのがナイト教信者たる兵達の責務であろう。皆が一様に御馳になりますとばかりの言動を示し、ナイツに対して士気の高さを見せ付ける。ごっつぁんです!

(くっ……! この二人めぇ……! こんなムキムキなゴリラや熊みたいな御婦人が居て堪るか!)

 キャンディやバスナが居ないからといって、やりたい放題なナイト奥様と我昌明奥様。
遅々として話が進まない事に内なる怒りを抱いたナイツは、二人を抜きにした軍議を開かんとして、漸くこの場の強制終了に漕ぎ着けたという。
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