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戀王国の仲間達
張真の慈悲
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「なんとっ!? あそこで兵を率いているのは子供ではないか!? なぜ戦場に居るのだ!」
総崩れをきたした戀王国軍にあって、于詮と共に兵士を引き連れるナイツの姿を、泣きながら兄の手を握って必死に走る涼周の姿を、張真はしかと視認した。
「いかんぞ! あの子供達には手を出すな! 逃がしてやれ!」
「しっ……然し、あの二人は相当な手練れの様です。生かしておけば、後々の災いに……!」
兄弟の討ち取りを進言する側近に、張真は怒鳴り付ける。
「たわけ者! 如何な者とて、子供を殺す事は許さぬ! 他の敵だけを狙え!」
「……ははっ…………承知致しました」
戦時中でありながら非情になれない上官が下す愚かな指示に、張真隊の将兵はやむ無く従うものの、彼等は一様にこうとも感じていた。「騎士道を重んじる事も重要ではあろうが、それは一種の自己満足であり我が儘である」と。
部下達は上官を慕う反面、時として不信感を覚える事もあったのだ。
無論、上官たる張真はその事に気付いている。
(……皆は納得しておらんか……。ならば、我が直接示すしかあるまい!)
目前の敵は軽く流すか部下に任せ、万人の兵・張真はナイツと涼周へ向かって駆ける。
その頃、兄弟及び于詮と護衛兵は、前衛に居た彼等より先に撤退を始めた中衛・後衛の味方兵を追うようにして、塞がりかけた包囲から脱しようとしていた。
彼等が後にした前衛の戦場には依然として多くの于詮兵が残っており、多くが命の盾・肉の壁となって殿の任に当たっている。
然し、今のナイツと涼周にはそちらへ意識を向ける余裕すらなかった。
兄は弟を逃がす事だけに注力し、弟は視野が兄一点となる程に冷静を失っている。
更に言えば、流石のナイツにも体力の限界が近付いており、もはや全ての者を救う事など状況的にも余力的にも不可能だと理解していた。
「ちっ! とうとう来たか! 涼周、先に行け! 俺も後で追う!」
そこへ向かってくる張真の存在は、正に地獄に鬼と言えよう。
ナイツは涼周の手を放して自分より先を走らせようと前に出すが、涼周はそれが兄との別れであると解釈し、首を振って駄々をこねてしまう。
この期に及んで兄と一緒でなければ嫌だと言うのだ。
「俺の言う事を聞けぇ!! いいから先に逃げろっ!!」
「ぃやぁぁー!!」
後を追うと約束した自分を信用してくれない弟に兄は怒りの感情を覚え、突き放す様な仕草を以て涼周を強引に走らせようとした。
護衛兵も涼周を抱えてナイツから引き剥がそうとする。
然し涼周は、小さな体を上手く使って兵の腕を掻い潜り、結局ナイツの許へ戻ってしまう。もう、張真は目と鼻の先だというのに……。
「子供は早く逃げなさい! さぁ、これをあげるから早く!」
そうこうしている間にも、張真は兄弟の護衛兵を押し退けて急接近。巨体に似合わぬ身のこなしで下馬するとともに、泣いている涼周へ木彫りの兎人形を手渡して逃がそうとする。
因みに兎は兎でも、女の子が貰って喜ぶような真ん丸お目々をした、ほんわか兎だった。
「逃がしたいのは山々なんだ! でも敵が迫っているから――」
「いいから子供は逃げるのだ! 後は我がどうにか致す!」
「すまん于詮、恩に着る! 行くよ涼周!」
張真から木彫りの兎人形を貰って落ち着いた涼周の手を取り、ナイツは再び走り出す。
「………………ぅん? あれが于詮……だよな……」
そして気付く。最前衛を率いていた于詮が此方へ向かってくる姿を見て、気付く。
(あれあれあれ……今、俺……誰に後を頼んだんだ?)
緊迫した面持ちで前方から走って来る者は間違いなく于詮だった。
そうなると、木彫りの兎人形をくれた優しいおじさんは于詮ではない。
恐慌状態の涼周を前にしてナイツ本人も動転していた為、違和感すら感じられずにさらっと流れたような気がするが、あのおじさんは……。
「あれが張真じゃないかぁー!! 行くぞ涼周逃げるぞぉー!!」
兎人形を貰った涼周は至って嬉しそうにしているがあれは間違いなく敵だ!
ナイツが振り返ると、張真は先程の優しい言動が別人と思える程の鬼神ぶりを示し、護衛兵達を遠慮なく切り伏せている。
「ナイツ殿! 奴は俺に任せて先を行かれよ!」
「……色々とすまん! 今度こそ恩に着る!」
可憐な兎人形を貰って敵に助けられ、その上で人違いまでしてしまったナイツは、もう……充分な程に赤っ恥をかいた。
こうなれば面子など当に関係なく、涼周を抱き抱えて全速力で走り去ろうとする。
抑々、張真本人が後は任せて逃げろと言ったのだから、彼の言葉に甘えて逃げるのみだ。
(でも……何で俺達を見逃したんだ? 仮に俺達の正体を知らなかったとしても、俺と涼周が並の将校以上の戦果を上げる敵だという事実に、違いはない筈……)
おふざけや気紛れでは説明がつかない張真の慈悲。それはゲルファン王国軍内にあって、自分の立場を危うくさせかねない行動だ。
感謝はするが、ナイツは何か腑に落ちない感情を抱いた。
その一方で、張真は子供以外の敵には容赦が無かった。
彼は兄弟の盾となるべく現れた于詮に対して、持ち前の武勇を遺憾なく振るう。
「切り裂き将軍・于詮! 散々我が同胞を苦しめてくれたな! 一刀の下に消え失せよ!!」
「ぐっ……!? 悪いが、まだ討たれる気は……ないっ……!」
疲弊している敵にも剛力をぶつけ、球を蹴り飛ばすが如く粗暴かつ手軽な吹き飛ばし方には、「慈悲」の「じ」の字すら感じられなかった。
張真の保護対象はあくまでも女・子供・老人。討つべき対象には得物を持った武人。
騎士道に沿った行動をとる彼は、乱戦場にありながらも討つべきでない者には優しさを見せる反面、討ち取りに意識を切り替えれば余念なく討つのみだ。
総崩れをきたした戀王国軍にあって、于詮と共に兵士を引き連れるナイツの姿を、泣きながら兄の手を握って必死に走る涼周の姿を、張真はしかと視認した。
「いかんぞ! あの子供達には手を出すな! 逃がしてやれ!」
「しっ……然し、あの二人は相当な手練れの様です。生かしておけば、後々の災いに……!」
兄弟の討ち取りを進言する側近に、張真は怒鳴り付ける。
「たわけ者! 如何な者とて、子供を殺す事は許さぬ! 他の敵だけを狙え!」
「……ははっ…………承知致しました」
戦時中でありながら非情になれない上官が下す愚かな指示に、張真隊の将兵はやむ無く従うものの、彼等は一様にこうとも感じていた。「騎士道を重んじる事も重要ではあろうが、それは一種の自己満足であり我が儘である」と。
部下達は上官を慕う反面、時として不信感を覚える事もあったのだ。
無論、上官たる張真はその事に気付いている。
(……皆は納得しておらんか……。ならば、我が直接示すしかあるまい!)
目前の敵は軽く流すか部下に任せ、万人の兵・張真はナイツと涼周へ向かって駆ける。
その頃、兄弟及び于詮と護衛兵は、前衛に居た彼等より先に撤退を始めた中衛・後衛の味方兵を追うようにして、塞がりかけた包囲から脱しようとしていた。
彼等が後にした前衛の戦場には依然として多くの于詮兵が残っており、多くが命の盾・肉の壁となって殿の任に当たっている。
然し、今のナイツと涼周にはそちらへ意識を向ける余裕すらなかった。
兄は弟を逃がす事だけに注力し、弟は視野が兄一点となる程に冷静を失っている。
更に言えば、流石のナイツにも体力の限界が近付いており、もはや全ての者を救う事など状況的にも余力的にも不可能だと理解していた。
「ちっ! とうとう来たか! 涼周、先に行け! 俺も後で追う!」
そこへ向かってくる張真の存在は、正に地獄に鬼と言えよう。
ナイツは涼周の手を放して自分より先を走らせようと前に出すが、涼周はそれが兄との別れであると解釈し、首を振って駄々をこねてしまう。
この期に及んで兄と一緒でなければ嫌だと言うのだ。
「俺の言う事を聞けぇ!! いいから先に逃げろっ!!」
「ぃやぁぁー!!」
後を追うと約束した自分を信用してくれない弟に兄は怒りの感情を覚え、突き放す様な仕草を以て涼周を強引に走らせようとした。
護衛兵も涼周を抱えてナイツから引き剥がそうとする。
然し涼周は、小さな体を上手く使って兵の腕を掻い潜り、結局ナイツの許へ戻ってしまう。もう、張真は目と鼻の先だというのに……。
「子供は早く逃げなさい! さぁ、これをあげるから早く!」
そうこうしている間にも、張真は兄弟の護衛兵を押し退けて急接近。巨体に似合わぬ身のこなしで下馬するとともに、泣いている涼周へ木彫りの兎人形を手渡して逃がそうとする。
因みに兎は兎でも、女の子が貰って喜ぶような真ん丸お目々をした、ほんわか兎だった。
「逃がしたいのは山々なんだ! でも敵が迫っているから――」
「いいから子供は逃げるのだ! 後は我がどうにか致す!」
「すまん于詮、恩に着る! 行くよ涼周!」
張真から木彫りの兎人形を貰って落ち着いた涼周の手を取り、ナイツは再び走り出す。
「………………ぅん? あれが于詮……だよな……」
そして気付く。最前衛を率いていた于詮が此方へ向かってくる姿を見て、気付く。
(あれあれあれ……今、俺……誰に後を頼んだんだ?)
緊迫した面持ちで前方から走って来る者は間違いなく于詮だった。
そうなると、木彫りの兎人形をくれた優しいおじさんは于詮ではない。
恐慌状態の涼周を前にしてナイツ本人も動転していた為、違和感すら感じられずにさらっと流れたような気がするが、あのおじさんは……。
「あれが張真じゃないかぁー!! 行くぞ涼周逃げるぞぉー!!」
兎人形を貰った涼周は至って嬉しそうにしているがあれは間違いなく敵だ!
ナイツが振り返ると、張真は先程の優しい言動が別人と思える程の鬼神ぶりを示し、護衛兵達を遠慮なく切り伏せている。
「ナイツ殿! 奴は俺に任せて先を行かれよ!」
「……色々とすまん! 今度こそ恩に着る!」
可憐な兎人形を貰って敵に助けられ、その上で人違いまでしてしまったナイツは、もう……充分な程に赤っ恥をかいた。
こうなれば面子など当に関係なく、涼周を抱き抱えて全速力で走り去ろうとする。
抑々、張真本人が後は任せて逃げろと言ったのだから、彼の言葉に甘えて逃げるのみだ。
(でも……何で俺達を見逃したんだ? 仮に俺達の正体を知らなかったとしても、俺と涼周が並の将校以上の戦果を上げる敵だという事実に、違いはない筈……)
おふざけや気紛れでは説明がつかない張真の慈悲。それはゲルファン王国軍内にあって、自分の立場を危うくさせかねない行動だ。
感謝はするが、ナイツは何か腑に落ちない感情を抱いた。
その一方で、張真は子供以外の敵には容赦が無かった。
彼は兄弟の盾となるべく現れた于詮に対して、持ち前の武勇を遺憾なく振るう。
「切り裂き将軍・于詮! 散々我が同胞を苦しめてくれたな! 一刀の下に消え失せよ!!」
「ぐっ……!? 悪いが、まだ討たれる気は……ないっ……!」
疲弊している敵にも剛力をぶつけ、球を蹴り飛ばすが如く粗暴かつ手軽な吹き飛ばし方には、「慈悲」の「じ」の字すら感じられなかった。
張真の保護対象はあくまでも女・子供・老人。討つべき対象には得物を持った武人。
騎士道に沿った行動をとる彼は、乱戦場にありながらも討つべきでない者には優しさを見せる反面、討ち取りに意識を切り替えれば余念なく討つのみだ。
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