大戦乱記

バッファローウォーズ

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剣合国と沛国の北部騒動

港役人と謎の商人

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 三葉滞在五日目。

 ナイツと涼周、バスナ、稔寧、営水の五名は金品護送隊と共に、ナムール家の管轄下にあった貿易港を訪れていた。
理由はヴァレオーレによって密輸地と化していた港の再整備と、彼の宮殿から押収した品々を換金して内政・軍事資金の足しにする目的だった。

「こらこら……もう充分に食べただろ。いい加減に行くよ」

「ぅーぅ! ……にぃにの意地悪。あれも食べてみたい……」

 そうとは露ほどに思っていない涼周が、左手でナイツの手を引っ張り、右手で屋台に売られている珍しい食べ物を指し示す。
食に関しては強欲であり、ナイトに匹敵する健啖家が拍車を掛けていた。

「さっきの屋台で決めていた金額はもう使っただろ? お兄ちゃんとの約束が守れない?」

「…………ぅにぃ……でも……」

「これもあれも食べてみたいってやってたら、それが癖になって皆のお金を使い果たしてしまうよ。それとね、けじめを付けるからこそ、美味しい物が美味しいと思えるんだ」

 甘やかす事が兄たる役目ではない。
ナイツはバスナの美学の受け売りを以て、弟を優しくも厳しく諭す。

 一方に涼周は、皆のお金とまで言われては流石に理解しない訳にはいかず、目に見えた落胆ぶりを示しながらも、小さく頷いて了承する。

「よし、良い子だ」

 けじめを付けた弟の頭を撫で撫でしてあげるナイツ。
バスナと営水はそんな兄弟の姿を見て微笑を浮かべ、稔寧も発言と雰囲気を感じて顔を綻ばせた。良いお兄ちゃんと良い弟だと。

「さてと、色々寄り道しちゃったけど……何事もなく軍基地に着いたね」

 一旦積み荷を基地に収容し、そこから真っ当な貿易商を探す手筈であり、問題なく拠点となる場所に到着した事でナイツは一先ず安堵した。

「駐留していた役人はヴァレオーレと通じておりましたので、今は新たな者を再配置しています。此処が密輸港となる以前を取り仕切り、ヴァレオーレの要求を拒んだが故に左遷された人物です。既に六十を超えてはいますが、手腕未だに衰えを感じさせない、確かな実力と信頼の置ける方です」

「惜しい人材を突き放したものだな、あのオカマ貴族は。貿易港という地は汚れた手段を行わない姿勢こそが、最も大きな利益を上げる方法だ。汚れた噂が目立つ港には、確かな品物と商人は集まらん。結果、得られる利益は本来の額に相当せず、限られた者のみが悪名とともに満足するだけの富を得る。強いては金が一部にしか廻らず、領主の懐も、結局のところは温まらない。……故に巨大な利益を生む事が可能な貿易港には、目を光らせて治安の維持を努める人材が必要だ。それを自ら左遷している時点で、ヴァレオーレに領主たる資格はなかった訳だ」

 営水の人物評を聞いて、その道に煩い程の興味を持つバスナがもの凄く反応した。
営水の人選を評価すると同時にヴァレオーレの人を見る目の無さを酷評。講師然とした熱弁さを以て兄弟に聞かせ、討伐された駄目貴族を教材にする。

「ばしゅな、ばしゅな。良い人配置すれば、もっと美味しいご飯、手に入る?」

「間違いなく手に入る。それもご飯以外にも、お金や仲間になってくれる人も集まるぞ。……西方に住むとある老師の教えにもこうある。「仁を以て誠実を知り、誠実を以て為政者たり得る」……と。要は優しさがあれば本当の正しさを知る事ができ、本当の正しさがあるから人の上に立つ事ができる。力を持つ者は常に優しさを持っていなければならん。自分の事ばかり優先する者ではいかんのだ」

「……ぅにゅ……涼周、いかんの?」

 意外にもナイツ以上の喰い付きを見せる涼周。
バスナの話に先程の自分を照らし合わせ、食欲に駆られて皆の足を妨げた事を反省する。

「はっはっは! 流石に気付いたか! だが涼周は兄の言葉を素直に聞き入れた。大事な所はそこなのだ。間違っていても周囲の言葉に耳を傾ける素直さが重要。そして今の様に己の過ちを見詰め直す事ができるなら、所謂いかんではないぞ」

「なら、けじめ付ける、大事」

「そうだ。ナイツ殿や皆を困らせ続ける事がいかんのだ」

 教え甲斐のある質問を前にして、バスナは腕を組んで上機嫌になった。
ナイトの仲間衆の中で最も年下で弄られ(可愛いがられ)まくった彼は、やはりと言うか面倒見が良く、兄弟にとっての良き理解者を兼ねていた。

「良く分かった褒美だ。明日にでも先の屋台で見掛けた食べ物を奢ってやろう」

「ぅんっ! 明日、楽しみ!」

 飴と鞭の使い方が上手いこと上手いこと。
バスナは食べ物で涼周を簡単に手懐けた。というよりは涼周が食べ物に釣られ過ぎか。

「……うむ、少し立ち話をし過ぎたな。中に入ろう」

 迎えに現れた役人や納品作業を終えた護送兵が次の指示を待っている事に気付き、バスナ達は簡単な屋外講義を終えて基地に入った。

「……ん? なにか騒々しくないか?」

「奥の部屋から、聞こえてきます。何事か揉めている、様ですが……」

 館内に入った途端にナイツが呟き、耳を澄ました稔寧が奥の部屋からの舌戦だと答える。

「小一時間ほど前に怪しげな交易商人を捕まえまして、現在尋問中であります」

 出迎えに現れた基地長補佐の話によれば、営水が再配置したかの老役人こと基地長が取り調べに当たっているらしい。

 ナイツは彼との面会を兼ねて取り調べに立ち会う事を決めた。

司馬宜シバギ様、失礼します。ナイツ様御一行がお越しになりました」

 先頭となって取り調べ室に入った基地長補佐が、ナイツ達を示して老基地長に報告。

 司馬宜と呼ばれた男性は一旦取り調べを中断し、席を立って向き直る。
白髪こそ見えるものの、皺が一箇所も見えないキリッとした顔をしていた。
体躯もがっしりとしており、何より所作の一つ一つに隙を感じられない。武術に心得があるナイツとバスナ、そして武人の気配を良く知る稔寧は、それを以て司馬宜の経歴がただの港役人だけでない事を如実に感じ取った。

「これは……出迎えにも参らず、却って御足労いただき申し訳ありません。私は営水様より盧慧ロケイ港の基地長に任命された司馬宜と申します。ここは少々立て込んでおります故に、場所を変えましょう」

「構わないよ。寧ろ望んで此処に来た訳だから、遠慮せずに続けて――」

「ああー! お姉さん、あんた確か奥州藤原氏の!」

 ナイツと司馬宜の会話を余所に、取り調べ中の商人が思い出した様に突然声を上げた。
皆が何事かと商人の示す方を見れば、そこには微笑んでいる稔寧が立っている。

「はい。十年以上も前ですが、よく覚えておいで、下さいました」

「いやいやー、あんさんみたいな特徴的な美少女いや今は美女! を忘れる様じゃ商人失格ですはい! 寧ろお姉さんも、目が見えんのによく私の事を覚えておられますな! お会いした時もおさげが可愛らしい女の子でしたのに、今はもっとべっぴんさんになりまして! 無礼を言えば看板娘頼みたい程ですはい。それに、まだ健康そうで何よりです! あっ、そうそう! 以前筋肉兄ちゃんに話した魔法使いの話ですけど、つい最近ちょうど新しい有力な情報が手に入りましてな! この頑固な長官さんとの話合いも飽き飽きしたんで代わりにそれを話します! えっとですな――」

「ちょ、ちょっと待って! 話についていけない! 稔寧、彼とは知り合いなの!?」

 矢継ぎ早が過ぎる商人の話を阻んで稔寧に尋ねれば、彼女は過去を懐かしむ様に語る。

「はい。私と楽瑜将軍が心角郡で、仲間となった際。将軍は私の病を治す為に、偉大な治癒魔法使いと実際に取引を、した旅商団体の話を信じて、私を連れて大陸中央に参ったとお話したと思います」

 奥州藤原氏に仕える楽家の四男である楽瑜が、縁戚に当たる稔寧の病を治そうとして旅に出た。行き先は西方の山奥に住むとされる大魔法使い・哲緋儀テツ・ヒギの許が望ましかったが、彼は商人筋の確かな情報によると既に故人となっており、仕方なく彼に匹敵すると噂される大陸中央の魔法使いを探す事とした。

「そしてこの御方が、私達に情報を教えてくださった、ダイサイロ様です。水運を用いた交易で、人界中に商業網を持つ商人組合、青鳥アオイノトリ同盟の会長その人です」

「どうも、青鳥を取り仕切ってますダイサイロです!」

 稔寧の紹介を受けたダイサイロは、剽軽な言動でナイツ達に挨拶した。
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