大戦乱記

バッファローウォーズ

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剣合国と沛国の北部騒動

少年との再会

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 バスナの奢りでプリン休憩をしているナイツ達が庭園で寛いでいるのを余所に、バスナが涼周から借り受けた教育に宜しくない本と棒を密かに処分している頃。
一人の営水兵が彼等の許に駆け付け、とある報告をもたらした。

「ナイツ様、涼周様。お休みのところ申し訳ありません。中小貴族の当主達が子息を連れて現れ、御二人に面会したいと申しております」

「貴族達が一体何の用だろう……営水、何か知ってる?」

 今や泉葉城々代である営水に、ナイツは尋ねた。

「はい。彼等も御二人に忠誠を誓いに参ったのです」

 小さく頷きながらも確固たる目力を見せ、微笑も浮かべる営水。
言動や表情から察するに、ナイツ達が沛国に赴いている間、彼は難民の受け入れ準備の片手間に何かしらの裏工作を巡らしていたと分かる。

(……成る程、そう言う事か。だから安楽武は嫌な顔を作ったんだ)

 安楽武は剣合国軍の軍事・内政を司る軍師として、友軍勢力とは言え剣合国の庇護下にある涼周軍が、自分やナイトに黙って勝手な行動をとる事を好ましく思わなかったのだ。
それ故に営水を快く思わない表情を浮かべ、上記の思いを暗に伝えていたのだろう。

 覗き前に営水から受けた相談の答えが分かったナイツは、営水は人の気持ちを推し測る事が苦手なのだと理解。如何にも愚かな忠臣らしいと思った。

「……兎に角会ってみよう。ただ、玉座の間は気分が悪いからここに案内してくれ」

 玉座の間が客殿を兼ねている構造上、仕方なく庭園で見える事とした。

 暫くすると報告にあった通り、子息を連れた貴族達が姿を見せる。
彼等と剣合国軍は元来仲が悪いにも拘わらず、浮かべている表情には面白くないといった不満の色は見られなかった。皆が一様に、納得している様子を示している。

「ナイツ様、涼周様。お初にお目にかかります。ヴァレオーレの後を継ぎ、三葉西部の貴族を纏める事となりました、ミンス家当主のシャーズと申します。此の度は我等の子らを救っていただき、真に感謝いたします」

「あっ、にぃに見て! この人魔物に襲われた人!」

 ナイツに先んじて涼周が気付いた。
シャーズの隣で一礼しているパチクリお目々の黄髪美少年。
彼はヴァレオーレによって地下室に捨てられ、妖花の栄養分にされかけた者だ。

「はい。レモネと申します。あの時はお助けいただき、真に感謝いたします」

 ナイツはシャーズとレモネの言葉から状況を理解した。
玩具とされていた美少年の中には、ナムール家に従う中小貴族の子供達が含まれており、ナイツ達がヴァレオーレと妖花を討伐した事で解放された彼等が礼を言いに来たのだと。

「元気になったみたいだね。あれから体に問題はない?」

「はい。傷口も無事にふさがり、別段問題はありません」

 レモネの丸々とした瞳は、悲壮な経験を感じさせない陽の気配に満ちていた。
それだけでも彼の純朴さが充分に分かり、同時にヴァレオーレの楽園が如何に嫌な場所であったかも図り知れた。

「それにしてもあのオカマ、大貴族だからって他家の子供にまで手を出していたのか」

 ナイトに対して息子兄弟の身柄を要求する手紙を送った厚顔無恥な性格を知っていればこそ、ナイツは今さら驚く事はなかったが、変わらぬ呆れを覚えた。

 そんな彼の溜め息声にシャーズが反応。ヴァレオーレの所業を吐露する。

「……ヴァレオーレは我等に対して「剣合国軍が忠誠の証を求めている。子息の中で最も可愛い者を人質として捧げ、毎年の貢ぎ物も納めるように」と要求し、纏め役の立場を利用して我等と貴軍を騙しておりました」

「はっ……己の欲望の為に俺達を語り、虎の威を借っていた訳か。冗談じゃない!」

「我等も当初は剣合国軍を恨んでおりました。然し営水殿や解放されたレモネ達の証言から、それは間違いだと判明し、いま改めて忠誠を誓いに参った次第です」

 シャーズは続けて語る。兄弟が嫌に思う事を。

「今までヴァレオーレの要求に従い続けた為……我等にはそれほど多くの資産はなく、手の平を返すように誓う忠誠では信頼も置けぬと思います。…………そこで、此の度解放していただいた我等の子らを、御二人の奉公に出そうと――」

「ダメ! 絶対ダメ!!」

「俺も涼周に同じく、お断りします」

 剣合国軍の庇護下にある限り、シャーズ達は領民に対する圧政はできない。
それでも大貴族かつ纏め役たるヴァレオーレの要求に応えなければ、有らぬ疑いを掛けられて営水や田俚の軍に討伐されてしまう。
そして汚職や闇行為を働いて富を稼ぐ者は、ヴァレオーレ配下時代の営水が漏れなく検挙。残る道は貴族ながら質素倹約に努めるしかない。
だから忠誠の証として捧げる物がなく、資金援助を行うゆとりもない。

 故に、息子を人質として捧げるべく、新たな主人に仕えさせようと考えたのだろう。
真っ先に反対する涼周に次いでナイツも拒否。兄弟曰く、正に冗談じゃなかった。

「それ、変わらない。それ、ただの支配って言う。涼周もにぃにも、あの貴族と違う!」

「涼周の言う通りだ。俺達剣合国軍は……ラスフェの時代とは全くの別物。力による支配ではなく、絆による結束を望んでいる。例え奉公という建前であろうと、皆から人質を取るような真似は断じてできない。それは今を進む父上達や、死んでいった者達への裏切りだ!」

「では我等は……どのような誠意を示せば……」

「考えて下さい。皆が笑い合える様になるにはどうすれば良いのかを。……そしてどのような状況であっても、我々剣合国軍は貴方達を私兵だとは思っていません」

 ナイツと涼周の言葉に、シャーズ達は押し黙った。
剣合国軍を代表する兄弟が、これ程まで想ってくれるとは予想だにしていなかったのだ。
そればかりか兄弟の持論は弱肉強食が横行する乱世の理に反するものであり、強者が弱者に求める態度とは一切合切が違った。

「でしたら、その様にさせていただきます。然し礼はさせて下さい。大したもてなしは約束できませんが、静養を兼ねて我が邸宅にお越し下さい」

 シャーズ達の好意を前に、ナイツは迷った。
絆を強める為には彼等の申し出に従って親睦を交わすべきだろうが、戀王国に旅立つ日が定まっている現状、今の内にやっておきたい事を優先したかったからだ。

「……有り難う。でも気持ちだけで充分だ。俺と涼周は皆と繋がれただけで満足しているし、ちょっと先に大事な用事も控えている。それに皆も今は忙しいだろうから、好意に甘えるのは今度の楽しみにしておくよ」

 結局、彼は断る事を決めた。涼周に美味しいご飯を食べさせてあげたいとも思ったが、ルーキンや営水がこれからの統治に尽力している中で、自分達だけが美味しい思いをするのは気が引ける。どうせなら落ち着いた頃に皆と一緒に楽しみたいと。

「代わりと言っては変だけど、営水やルーキン達と仲良くしてほしい。……営水がヴァレオーレに忠誠を誓って、皆の事を半ば見捨てていたのは知っているし、ルーキン達も言わば余所者だ。でも……彼等も事情があって今に至っている。それを理由に不仲になるのだけは……やめてほしい」

「承知致しました。では先ずは、それを以て我等の誠意を示します」

「うん。宜しく頼むよ」

 ナイツの想いにシャーズ達は従った。
営水やルーキンに対して多少の不満や心配を残してはいるが、それでもナイツと涼周が願うならば、ここでこそ誠意を示すべきだとして彼等は従った。

「ナイツ様、涼周様。私だけでもお連れ下さい。御二人の様に強くはなくとも、身命を賭して御仕えする所存。助けられた恩義に応えさせて下さい」

 ただし、実際に命の危機を助けてもらったレモネだけは頑なに同行を願い出た。

「命掛け、良くない。涼周、レモネの体と命が欲しくて助けた、違う」

「分かっております。ですが役に立たせて下さい。……命を救われた上に恩礼も拒まれては、ミンス家の名折れというもの。そうなっては他の方々に示しが付きません」

 ナイツは再び困り顔を作り、涼周も頑として頷かなかった。
この美少年が言う事は正しいのだが、如何せん彼の想いは涼周の考えに反している。

「ヴァレオーレの許に出されて以降、剣を握る事はありませんでしたが、幼き頃は武術の鍛練に励んでおりました。今後はそれに磨きを掛けるべく精進し、すぐに御二人の盾になれるまで成長致します! 何卒、私の同行を御許し下さい!」

「盾になる、ダメ。盾になってもらう為に助けた、違う」

 レモネと涼周は互いの主張を曲げなかった。
貴族でありながら見上げた気概と思考を持ち、顔に似合わぬ頑固さを持つレモネ。
ナイツは彼に大きな興味を抱きはしたが、やはり涼周寄りの考えを以て申し出を断る。

 結果、レモネは父に諭される形で一旦思い留めたが、納得した様子ではなかった。
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