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剣合国と沛国の北部騒動
後処理という名の善良教育
しおりを挟む連合軍は恭紳城にて解散。ナイト一行は豪族軍及び難民を率いて三葉へと馬首を変え、道中で安楽武と営水が配備した支援部隊の援護を受けながら、泉葉城へと向かった。
そして安楽武指揮の下、豪族軍は個々の保護区域を割り振られ、泉葉城到着の二日後には皆が居住区への移動を始める。
ルーキン率いるイヒム族は添櫂集落に配属され、同地の拡大を頼まれた。
ナイトと安楽武と李洪は義士城へ、淡咲は梅朝へ帰還。飛蓮と銹達も自身の兵を率いて、カイヨーに居る侶喧や魏儒の許へ向かう。
それではナイツ、涼周、営水、稔寧の四名は何処で何をしているのかと言うと、彼等は泉葉城にあってリサイクル活動に従事していた。
「ナイツ殿、ヴァレオーレが座っていた玉座ですが、どうします?」
「こんな悪趣味な玉座は要らん! 片っ端から分解してしまえ! 装飾の金や宝石を丁寧かつ徹底的に剥ぎ取り、集落運営の資金にするんだ!」
「にぃににぃに! ここ、ここ! こんな所にもお金隠されてる!」
「よし、全て押収だ! ヴァレオーレのへそくり及び隠し財産は残らず取り尽くせー!」
「おおおぉぉ!!」
営水と彼の直下兵協力のもと、ナイツ達はヴァレオーレが蓄えてきた巨万の富を根こそぎ没収していき、宮殿内にある不要な金品までも徴収する。
営水隊は旧主から受けてきた鬱憤を晴らさんものとばかりに、ナイツと涼周は宝探し感覚で異様な熱意を以て、稔寧はそんな彼等の嬉々を感じて微笑む。
「…………えらく容赦がないな。……まぁ、当然と言えば当然か」
「あっ、ばしゅなだ! にぃににぃに! ばしゅな、ばしゅな来た!」
「お疲れ様! どうバスナ、この玉座欲しい?」
安楽武に代わって金品等の換金作業にやって来たバスナ。
彼は着いて早々に、数多の宝石や金が散りばめられた豪華絢爛な玉座をナイツから勧められ、即行で首を横に振る。
「そんな悪趣味な玉座は要らん。隅々まで分解して集落拡張費に当ててやれ」
「だよねー。よぅし皆! バスナも不要だと判断したし、遠慮なく分解してくれ!」
「ははっ! お任せ下され!」
同じ考えを即答したバスナの後押しに、自分が間違っていないと分かったナイツ達は最後の遠慮を突破。一切の躊躇いなく、玉座の分解に移った。
だがファーリムと並ぶ庶民派将軍のバスナは、実のところナイツより質が悪かった。
彼は玉座の間を一通り見回した後、近くの兵達に次々と指示を出していく。
「そこの青磁製の花挿し、朱染めの天幕も要らん。外しておいてくれ。この机も、ただの飾りならば要らん。そこにある燭台とともに出しておけ」
「机や燭台ぐらいはあってもいいんじゃないかな? 日常的に使えるものだし」
玉座の間をすっからかんにした上で、床や壁や天井の金粉まで剥がせと言いそうな勢いのバスナに、ナイツが純粋な疑問を投げ掛ける。
何でもかんでも接収し、質素を極めれば良い訳じゃないと思っていたのだ。
対するバスナは投げやりな答えを返すでも、強引な主張を貫くでもなく、彼にとっての考えと美学をしかと説明する。
「必要以上の美を備えた飾り机があれば、それに見合う一級の添え物が必要となる。添え物の次は机の雰囲気に適する様に、周囲の景色を変える必要がある。景色の次は人の服装、それに次いで心を変える。一つの贅沢品があればそれに連鎖して終わりなき物欲が現れるものだ。……それに、本当の美というものは自然と醸し出される色であり、単純に飾り立てれば出るものではない」
「……ぅにぃ? ばしゅな、よく分からない」
成る程成る程と感心するナイツ達を余所に、涼周には美学が伝わらなかった。
ばしゅなは涼周に向き直り、涼周の得意分野に置き換えて説明し直す。
「調味料をひたすら掛けまくれば美味しい料理はできるか? 例えば美味しい野菜炒めを作ろうと思って、沢山の塩胡椒をまぶせば美味しくなるか?」
「うぅん、しょっぱになる! しょっぱしょっぱくなる!」
「然し民達が頑張って作ったご飯は、そのままでも美味しいだろ?」
「うん美味しい。梅朝はね、沢山のご飯取れる!」
「つまり、本当に美味しいものは余計な手を加えなくても美味しい。……この机を見ても、ただの机であればそれだけで充分なのに、いらん手が加わっているせいで机としての用途がない。無駄な美しさを備えているのだ」
噛み砕いた説明のお陰で、涼周はバスナが自然的な美しさを重視する人物だと理解した。
「ふははっ! そう言えば、将軍職に就いている皆が質素だよね」
ナイトやキャンディは元より、ファーリムやバスナを筆頭に主将の大半が必要以上に飾り立てる事をせず、良く言えば質実剛健、悪く言えば味気ない。
そんな彼等を幼い頃から手本としているナイツも同様の性質を持ち、己の快楽のみを重視した末に敗れたヴァレオーレを見た今は、彼を反面教師に据える程。
「他国から見て示しが付けば良いのだ。…………思えば継承戦争で奪い取った義士城も、かつてはこの城の様に燦爛たる様でな……民の苦死を以て作られた、気色の悪い有り様だった」
「想像したくないけど……こんな感じの玉座もあった訳でしょ?」
「そいつの一回り大きい物が三台あったぞ。しかも、それは宝石だけで作られていた」
「…………そんな物に、俺の祖父や曾祖父は座っていたの?」
「座っていた。今俺達が軍議の間として使っている場所。あの無駄に広い空間がかつての玉座の間であり、俺達がそこまで侵入して尚、ナイツ殿の祖父は玉座に鎮座していた」
「鎮座して、無様にも喚き散らしたんだろ」
同じ血が流れているとは思いたくない存在に、ナイツは辟易していた。
弟だと想いながらも、違う血が流れている涼周を羨ましく思う程に。
「詳しい事は言わないでおく。だが代わりに、これだけは言っておこう。ナイツ殿とナイト殿は、ラスフェやゲンガとは全く別の存在だ。誇りに思って良い」
ナイツの言動には旧剣合国々主のラスフェを敬う気配はなく、ヴァレオーレ以上に救いようのない愚者であると決め付けている。
バスナからすれば確かにその通りではあるが、彼は話すべき部分と語るべきでない部分を分別し、ナイツを想った発言をするに留めた。
ナイツも、これ以上は尋ねようとしなかった。
「ねぇ、ばしゅな。これ、これもラスフェ持ってた?」
「ん? どれ……はあぁっ!? おいっ、何処でそんな物……! いいから俺に渡せ!」
「ぃや。にぃにもみんなも要らないって言ったから、これ涼周の」
ばしゅなの袖を引っ張り、彼にある物を提示する涼周。
それは頑丈な紐で括られた一冊の本と、俗に言ういけない棒だった。
因みに本の題名は…………「夢の花天国! ~今宵も華麗に咲き乱れ……あっ、そんなに奥深く……! 激しく……! 昇天しちゃいます!!~」だ。
表紙には…………「えっ!? こんなにも可憐なお花ちゃん達が!? 良いんですか!?」「大丈夫ですよ、秘の秘まで貴方の為に集めた色子達ですから」「禁断素敵の極上絵巻! これ一冊で貴方の夜にも楽園が!?」「今月号もれなく素敵アイテム付属!!」と書いてある。
そして表紙絵には色とりどりの花々が描かれており、アッーー! な絵柄ではない為、涼周は恐らく文言を理解せずに表紙絵だけでお花の本だと勘違いしている。
「さっきヴァレオーレの玉座下から出てきてさ。皆に聞いても何なのか知らないって言うし……一体なんなの? その本と……やたらとぐにゃぐにゃうねる棒は?」
それは兄たるナイツも同じであり、周りの者も上手く答えられなかった様だ。
「何でもないから寄越せ!! そんなもん持ってても役には立たんし美味しくもないぞ!!」
「いや! これ涼周の本! 稔寧に読んで聞かせるの!」
「見るな! 読むな! 聞かせるな! プリンか!? プリン幾つで交換してくれる!?」
「ここに居るみんなの分、プリン頂戴! そしたら貸してあげる!」
(くそったれあのオカマ貴族!! 面倒なもん残していきやがった!!)
義理も恩もない敵が隠していた秘蔵本を、何故俺が処理してやらねばならないのだ。
バスナは心の中で激しく憤るとともに、財布の中が冬を迎える事を覚悟した。
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