大戦乱記

バッファローウォーズ

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剣合国と沛国の北部騒動

マヤ家中、一番乗りを果たした漢

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 黒子共と交戦を始めたマヤシィ隊。
二百名のグラルガルナ兵は豪族兵と比べるまでもない程に強く、数も多い。あっという間にこの場を席巻し、三十人ばかしの黒子共は討たれ、捕縛されていく。

「仕方がない。俺が出る!」

「おぅ、来やがれ真っ黒クロ助!」

 マヤシィから逃れる事はできないと判断した黒ずくめは、逆にマヤシィを討つ事で自らの退路を確保しようと考えた。

「オラよぉっ!!」

 だが両者の地力はマヤシィが完全に凌駕しており、彼は武器を使わずして敵と渡り合い、右拳で黒ずくめの左頬に一撃を叩き込む。

「オラよもういっちょぉ!!」

 仰け反り、強制的に右へ向けさせられた黒ずくめがマヤシィに向き直ると同時、マヤシィは次の一撃として左の拳を叩き込んだ。

「こいつもオマケだぁっ!!」

 真逆の方向を向けさせた後、どてっ腹に向けて強烈な蹴りを喰らわせる。

 黒ずくめは体術を主戦法としながらも、あくまで副戦法の一つにしているマヤシィに勢いと速さと威力で完敗し、大きく蹴り飛ばされてしまう。
それでも打撃による痛みを押し殺し、即座に体勢を立て直す事が可能なあたり、黒ずくめもマヤシィに劣るとは言え相当な強者であった。

 その上、彼には状況に応じた非情な手段を厭わない冷酷さも兼ね備えていた。

「ちっ……! 虜囚となりて我等の闇を明るみに晒すぐらいならば、寧ろ俺の為に死ね!」

 彼は崩れ行く味方部隊を一瞥すると、何ら躊躇うことなく深淵の魔力を顕現した。

盛霊セイレイ様!? 何を……あがぁっ!?」

「何だこいつ……がっ!?」

 黒ずくめ改め、盛霊の周囲に展開された闇の魔法陣。
陣内には禍々しい魔力が漂い、上に立つ生者の心臓を敵味方問わず闇の刃で貫き殺し、生気と魂を悉く吸収して顕現主の力に変える。

「マヤシィ……貴様の勝機は、今正に消え失せた!」

「あっそう」

 両拳を握り締め、おおよそ暗殺者らしくない構えを見せた盛霊の気迫に、マヤシィは一切の危機感も興味もなく呟き返した。

 更に言えば、味方に犠牲を強いる盛霊の肉体強化を、涼周はしかと目に刻み込んだ。

「先程の殴打、千倍にして返してくれる! 死ねぃマヤシィ!」

 魔法陣を収めるや否や、盛霊は一線と化して姿を消し、マヤシィの懐に潜り込んだ。
そして敵味方の目に止まらぬ速さで心臓目掛けて拳を繰り出し、圧迫即死を狙う。

「へぇ、速いじゃんよ」

「!? ――ぎぃやあぁっ!?」

 何食わぬ顔で盛霊の右手を左手で掴んだと思ったら、魔力強化された鋼鉄がごとき腕を逆に握り潰し、いとも容易く粉砕するマヤシィ。

 血が吹き出て骨が露となり、手首から先を失う痛みは流石に押し殺せなかったのか、または弱者のみを相手にしてきたが故に経験しなかったのか、盛霊は耳障りな悲鳴を上げた。

「く……クソガァ!? 何故だ! 何故俺の動きについてこられた!?」

 このままマヤシィの前に留まれば、次は左手を引き千切られると誰でも分かる。
盛霊が再び一線と化し、全力で身を下げたのは当然であり懸命な判断だった。

 一方のマヤシィは右手で頭を掻きむしり、馬鹿に与える頭の治療薬はないと思わせる呆れ顔を見せて答えてやる。

「動きに合わせるとか目で追うとか、そんなんじゃねぇよ、お馬鹿ちゃんが。理由は単純明快……てめぇみたいな小汚い手段で強くなる奴の攻撃が…………」

 声を溜めた後、マヤシィの表情は一変。盛霊をも威圧させる覇気を示す。

「義の銃士たるマヤ家の戦士に効くかよ!!!」

「っぅ!?」

 彼の破声は、盛霊は元より涼周や飛蓮まで気圧させる程に凄かった。
抑々、曲がった行いが大っ嫌いなマヤシィにとって、他者を犠牲にする盛霊の強さは弱さに他ならず、そんな敵に屈する理由が見当たらないのだ。

「てめぇも男だろうが! んならこそこそ戦わず、男らしく――」

 敵に背後を向け、保護された涼周や飛蓮に向き合ったマヤシィ。腕を組んで己の背中に大量の魔力を瞬時に込め、顔を会わせずとも盛霊に直撃する一喝を放つ。

「背中で語れやァーー!!!」

「ぐがはあぁっ!?」

 彼の背後かつ盛霊の足元でドカーン!! と、火を生じない強烈な魔力爆発が起こる。
……もぅ、何でもありと言って差し支えない強さだった。

「イェーイ! やっちゃえマヤシィ様ー!」

 魔力爆発に便乗してグラルガルナ兵達が大歓声を上げる。
この乗りの良さと異常な強さを見るに、何処かの父さんや何処かの愉快な仲間達と彼等は、似た者同士な存在なのだと分かる。

「……マヤシィ、お願い、ある」

「うん? …………へへ、いいぜぇ! 存分にぶちかましてやりな!」

 爆煙収まらぬ内、英雄の父に似たマヤシィへ歩み寄った涼周。
しゃがみ込んだマヤシィにお願いして彼の快諾を得ると、砲弾の様に太く、砲撃以上の威力を誇る彼の豪腕に抱き付き、傷口を作って唇を当てた。

「ぐぞっ……こんな筈では…………ぐはっ!? ……おのれ、雑魚の小娘が……!」

 涼周とマヤシィを余所に、晴れだした爆煙の中で膝を付いていた盛霊。
彼の足には側面へ回り込んだ飛蓮の飛刀が突き刺さり、以後の動きを封じられる。

 飛蓮は盛大な睨みを利かせつつも、限界状態の彼女が行える援護はここまでだった。

「いける!」

 だが涼周には、それだけでも充分すぎる援護と言えた。
マヤシィから火の上位種たる烈火の魔力を吸収し、魔銃の口が光って目に赤光を宿した時。それは盛霊が飛蓮に激情を向け、無様にも意識を大きく傾けた時だったのだ。

「魔銃! 全開!!」

 邪を払う業火のごとき怒りを込めて、魔銃を突き出した涼周。
主の声に応えた魔銃は大量の魔力を放って黒霧の渦を発生。次いで光の粒子となって変形を始め、涼周が妖艶な色化粧を施し終わると同時に大型銃を構築する。

「ターコイズ、仇を撃とう!!」

 黒霧の渦が晴れ、幼体に似つかわしくない魔銃を構えた涼周が鮮明になる。
その姿は妙な統一感と美しさを放ち、見る者の殆どを魅了させた。

 極めつけは涼周の近くを舞うシラウメの花。状況に反した優雅さと無限の優しさを醸し出し、少し離れた場所に居る飛蓮の傷や痛みも全て癒す。

「これが……魔銃……!?」

 噂に聞く涼周の本領を前に、盛霊は前言を撤回せざる恐怖に襲われた。
自身に向けられた銃口が、簡単に捕らえる事ができた幼子が、先程までのそれとは全く別物に感じ、涼周に対して抱く加虐性欲の一切を魔銃が許さない様に見えたのだ。

「お前は俺の目に映らない!!」

 涼周が盛霊を指差し、魔銃に標的を再告知。上唇に塗ったマヤシィの血を舐め取って猛々しく燃ゆる炎を顕現させる。

「かの霊鳥は不浄なる存在を焼き消す聖なる業火!」

 烈火属性の魔力を帯びた左手を魔銃に添え、一発目の弾丸を装填。

「其の翼は悪を畏怖させる漆黒の銃身!」

 下唇に塗った自らの血を舐め取って属性を切り替え、闇の魔力を続け様に装填。

「そして、凶刃により命を奪われた者達に弔いの灯を!」

 最後、胸に手を当てた涼周は自らの想いを手に込めて、魔銃を優しく擦る様に装填。
二つの魔力と一つの想いが魔銃の中で激烈に融合。その激しさ故に魔銃の外殻にまで熱風の渦が巻き起こり、涼周の詠唱によって過去最大級の威力を誇る合成魔弾が生成される。

「浄化しろ!! 火銃鳥 真・ヤタガラス!!」

 天界神話に登場する霊鳥の名を叫び、涼周は両手で制御する魔銃の引き金を引いた。
直後、マヤシィの背中爆発以上の轟音とともに、朱殷シュアン色の合成魔弾が放射され、盛霊へ向かって巨大な火の鳥が飛び進む。
以前のそれよりも大きく速く、深紅の輝きと闇がかった熱風を遺憾なく放ちながら。

「がぁ、ぐあっ!? ぐぅ……あがぁっ!?」

 飛蓮以上に視殺の睨みを利かせる涼周の裁きは下った。
盛霊を貫いた火銃鳥は次の一瞬で形の崩しから再成形を行い、二瞬目には来た道を返して盛霊をもう一度貫通。その一連の攻撃を多方面より連続で行い、彼を限界まで苦しめた後、空高く舞い上がるとともに盛霊を浮かび上がらせる。

「がああぁぁーー!?」

 火銃鳥は盛霊のみを焼き払う巨大な火柱となった後に爆散。黒炭すら残さずに彼を浄化し、爆発の煙とばかりに舞い散った黒霧が周囲の実炎を消火してゆく。

「うへっへへ! 悪たれには勿体ない花火じゃねぇか!! やったな、お疲れさん!」

「ぅにゅぅ……!」

 ヘロヘロになって姿勢を崩した涼周を受け止めたマヤシィ。
彼はマヤ家にあって涼周の魔弾を一番に拝見。幼子に底知れない期待を抱き、これを切っ掛けに一目を通り越し、涼周をとても気に入ったのだと言う。
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