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剣合国と沛国の北部騒動
漢なら火中を進め
しおりを挟む民の最後尾にあって敵隊長と一騎討ちを繰り広げていた飛蓮だったが、彼女は飛昭以上の強者を前に、為す術なく踏み倒されていた。
「……う……くぅ……うあぁっ!?」
「長く粘ってくれたが、これで終いだ。その豊満な胸ごと、圧殺してやる」
地に横たわった飛蓮の両手を取って上げさせ、それを強く握り締める事で反撃を封じ、心臓の位置に右足を置いて圧迫する。それも彼女の体に対して横向きに足を当て、爪先を心臓に据える一方でまんべんなく左胸を踏み潰している事に悪意が感じられた。
「……あっ……く……ぁあぅ……! …………にぃ……さ……ん……!」
正に手も足も出ない状態に陥り、呼吸すら不可能になった飛蓮。
無自覚のうちに兄に助けを求めるものの、彼女の悲痛な想いが届くことはなく、ここに飛昭は居ない。
「……うああぁっ!?」
「じき楽になる。死――む!?」
胸部が凹む程に力を込めて左胸を圧迫し、飛蓮が涙を浮かべて断末魔を上げた時。
民が逃げていった南の方角から、敵目掛けて無数の魔弾が放たれた。
「飛蓮をいじめるなぁーーー!!!」
轟々と燃える炎の音と逃げ惑う民の叫びを掻き消して、涼周の破声は森中に響き渡った。
敵は飛蓮の上から跳び退き、両の拳で涼周の魔弾を弾いて距離を取る。
涼周はその間に飛蓮と合流し、彼女の前に立って仁王立ちした。
「がはっ! はあっ! ……はぁ……! ごめん、助かりました……!」
「飛蓮、もう限界。稔寧と一緒、離脱する」
直ぐに呼吸を整えて立ち上がる姿は、流石の飛蓮と言えた。
だが実際は首の皮が一枚つながっただけに過ぎず、再び戦うなど無理な状態である。
故に涼周は、彼女へ稔寧と共に森の脱出を勧めるが、敵の強さを知る上で主たる涼周一人を残す事などできないと、飛蓮は拒否。飛刀を手にして改めて敵と相対した。
「ふん、女の次は子供……非国民共の中にこれ程の手練れが混ざっていたとは知らなんだが、束になったところで俺には通用せん。弱者は弱者らしく、屠られろ!」
睨みを利かせて一気に詰め寄る黒ずくめに対し、飛蓮は魔力を込めた飛刀を四本投げ、涼周は魔弾と黒霧を同時に放つ。
然し、黒ずくめは右拳で飛刀を全て弾き、左拳で魔弾を防ぐと、黒霧に対しても真正面から突っ込んで普通に突破。余力のない飛蓮の右腹を右手甲で殴って吹き飛ばし、左手甲で涼周の右手を弾いて魔銃を手放させる。
「いあぁっ!?」
そして即座に右手を戻して涼周の首を掴み、軽々と宙に浮かして地面からも離れさせた。
「がはぁっ! がっ……うぐぅ、涼……周……どの……」
飛ばされた先で苦しみもがく飛蓮はその状況を見て、血を吐きながらも立ち上がり、主を助けんとして震える手を無理やり動かして飛刀を取り出す。
「……ほぅ、どうやら貴様が涼周か。ではそこの巨乳娘は飛刀香神衆の頭領・飛蓮。……くっく、これは良い。お前達、ここへ来い!」
飛蓮が名前を呼んだお陰で、涼周は首を絞め殺されずに済んだ。
だがそれは、ほんの気休めに他ならない。
二人の身分を知った黒ずくめは涼周と飛蓮を捕らえて人質にしようと決め、部下の黒子共を呼び寄せたのだ。
「そこの巨乳娘を捕縛しろ。この幼子と共に連れ帰る。予定は大分狂ったが、これはこれで失敗を帳消しにできる充分な戦果だ」
「…………ぅにぃっ!」
そうはさせんと涼周は、首を掴む黒ずくめの手に当てていた自らの左手の矛先を変え、敵の顔面目掛けて突き出すとともに、爪を伸長させて鋭利な刃物とした。
「爪を非常時の武器とするとは、大将ながら上等な暗器を持っている。感心感心」
黒ずくめは繰り出された涼周の爪を、首を左に傾げて難なく躱し、空いている左手で涼周の左手首を掴んで以後の攻撃を封じてしまう。
涼周は続けざまに左手から黒霧を発生させるが、結果は先程と同じで、黒ずくめの隊長には黒霧が通用しなかった。
「暗殺に特化した技を持つ大将だ。敵でなければ我等の中に勧誘してもよかったぞ」
「……っぅ、な……んで……霧、効かない……!」
「気付かぬか? ……いや、純粋に知らぬのか。……感じるに貴様の魔力は只の闇属性。対する俺は闇をも包み葬る深淵。下位種ごときで上位種の存在に敵う訳がなかろうが」
闇の上位属性に当たる深淵。この黒ずくめ隊長は魔力の才能を極めていた。
魔銃は黒子に回収され、左手は封じられ、右手は未だに痺れた状態。頼みの黒霧も通じず、飛蓮も立つのがやっと。
仲間を助けに来たは良かったものの、涼周も強者の存在に呑まれる形となり、逆に状況が悪化。飛蓮も打つ手がなく、万事休すとなってしまった。
「くっく、所詮は噂の独り歩きにして過大評価だった様だな。幼子ながらマドロトスや承咨を撃退したと聞いて相当殺れると思っていたが、実際に戦ってみればプルプルと震える生まれたての小鹿がごとき雑魚だ。……まぁ、女子供の魔人など、この程度のものか」
肩透かしを喰らったかの様に、面白くなさそうな目を見せる黒ずくめ。
だが、彼が自分自身のやる気を引き出す為にも語りだした途端に、その目は一転して邪悪極まりない不快な色を宿し、本人は涼周と飛蓮の感情に反して愉快な気を放って嗤う。
「運良く利用価値があるお前へ、特別に面白い話をしてやろう。松唐様に逆らった非国民のガキ共の中にもな、お前みたく勇敢に立ち向かってきた馬鹿共がいた。俺はそいつ等の先頭を走るガキの両手両足を引きちぎり、後に続く奴等の中に放り投げてやった。すると他のガキ共は顔色を変えて立ち尽くし、それこそ生まれたての小鹿の様に、プルプルと震えて小便垂らしよってなぁ……くっくく! その光景は正に、奇形異形忌み惨鼻が贈る最っ高の見世物小屋を、大枚叩いて買い漁った天地共鳴の気分だったぞ!!」
「……な……に言って…………狂って……る……!」
全くもって面白くない、侮蔑の過ぎる話を聞かされた涼周は、汚物を見る目で嫌悪した。
ところが涼周の正常を前にしても、異常な存在は己の異常を気に留める事がなく、至って普通に嗤いを収めると、遊戯も程々とばかりに立ち去ろうとする。
「くっく、これも分からんか。まぁよい、長居は無用だ。早々に――っ! 誰だ!?」
然ぁし! 闇ある所に光あり。強敵という存在があるならば、強力な味方もあるのがこの世の中。
「おぅおぅ、あの世へ早々に行くってか? 特急便ならちゃんとあるぜ」
演目の背景たる炎の壁より放たれた深紅の魔弾が、情け容赦のない非情な深淵を遠退け、闇を持つ光の幼子と、光たる証明を示す仲間を解放させる。
「まったく好き勝手やってくれちゃってまぁ……分かってんのか薄巾着共?」
「何奴!?」
黒ずくめに次いで部下の黒子共も、魔弾が迫り来た方角から届く声に向き直った。
それは燃え盛る火炎地獄の中から聞こえた、勇壮極まりない男の声だった。
あり得ない。到底あの中に人が居るとは思えず、木々を焼き払い、天まで届く火の手と煙の高き壁の向こう側から、声と強大な気配があるなど絶対にあり得ないのだ。
「誰かだって? うへっへへ、当然――」
だがそんな常識をいとも容易く覆し、この場に佇む皆の度肝を抜く巨漢が現れる。
「お前等を迎えに来た、あの世からの特急便よっ!! へっへへへーー!!」
炎を蹴散らし焼失させ、道を作って悠々と姿を顕した者は、マヤ家が誇る随一の猛将にして、必殺を誇る烈火の二番銃こと好漢マヤシィ。
その後ろには彼直属のグラルガルナ精鋭兵も続いていた。
「炎獄の射手・マヤシィ!? なぜ、貴様がここに……!?」
紅蓮の炎より現れたマヤシィ隊を前にして、彼等以外の全員が動揺を見せた。
まさかこれ程までに常識が通じない奴等が居るなんて、飛蓮や涼周は元より、流石の黒ずくめ隊長でも思わなかったのだ。
「支援物資と医師団の輸送を要請されたからだ。何らおかしくはねぇだろ」
確かにナイツによって物資と医師団が呼ばれ、ナイトが即座に派遣。輸送員と護衛を兼ねてマヤシィ隊が難民の避難先に現れたのも、言われれば理解できる。
然し、だからと言って炎の中を潜り抜けて来た説明にはなっていない。
もっと言うと、大量の汗をかく部下達に反し、マヤシィは一滴の汗もかかずに長銃を肩に掛けている。それに関しても説明がつかなかった。
「分からねぇか? いや、純粋に知らねぇか。守る者の為なら火の中、炎の中って言葉をよ!」
『わざわざ体現してやってるのに分からねぇかっ!?』
マヤシィに続き、未だ修行不足が否めずに、汗をかく部下達が一喝する。
(…………その理屈は…………おかしい)
黒子共はマヤシィの言った無茶苦茶理論に、心の中で反論した。普通はそうであろう。
だがマヤシィ及び彼の部下達は、普通なんて枠をとっくに放り投げた存在だ。
猿人から人間に進化した者へ猿と言う程に、ちゃんちゃらおかしいのである!
「うへっへへ! 分からねぇならさっさと消えな! ……自称輸送隊! 殺りまくって殺れ。遠慮なんかいらねぇぞ、こいつら皆――」
不敵に笑ったマヤシィは刃の付いた長銃を突き出し、部下達へ突撃号令を下す。
「完全な黒だからよぉ!!」
「ウオオオォォォーー!!!」
地を揺らし火の粉を掻き消す大喚声を上げて、炎の中から一斉に突撃を開始したグラルガルナ精鋭兵。戦局が思わぬ形で好転した瞬間だった。
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