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剣合国と沛国の北部騒動
白髪姫の睨み
しおりを挟むナイツ一行は難民が避難している森で夜を迎える事になった。
涼周や飛蓮子供隊が手伝う衛生部隊の治療は尚も続いており、重傷者は治癒効果を持つ稔寧の結界内に集められていた。
そして夜八時を回った頃、彼等は漸く一息つく。
「……お疲れ様……涼周」
軍議を終えたナイツが様子見に現れた時、涼周は負傷兵達に混ざって眠っていた。
傍に居る兵達は自身の羽織りを集めて涼周に被せ、幼子を守るかの様に控えている。
「ナイツ殿……我ら一同、何と御礼を言えば良いか……」
涼周を起こさない様に頭を撫で終えたナイツへ、同行していたルーキンが小声で囁く。
するとナイツは、振り向き様に左人差し指を口の前で立て、小声すらも制した。
ルーキンは申し訳ないとばかりに口を塞ぎ、ゆっくりと一礼するに留める。
(……ふっ! 本当に……一軍の大将らしからぬ子だな涼周は)
疲れきった弟に微笑みを向けた兄は、静かにこの場を後にした。
「あっ、ナイツ殿丁度いい所に。涼周殿を見てませんか? 捜してるのに見付からなくて」
重傷者を癒している稔寧の許へ向かおうとしたナイツとルーキンは、道中で飛蓮と会う。
子供達と一緒になって作ったのだろうか、彼女の手には形様々なお握りがあった。
「飛蓮もお疲れ様。涼周なら向こうで丸まって寝ているよ。起こさない様に気を付けて。……それと美味しそうなお握り、俺も欲しいんだけど……いい?」
「ふふ、一個だけだよ」
吊り目を緩めた朗らかな笑みを浮かべ、飛蓮は自分のお握りを手渡した。
彼女にとってはナイツも弟の様な存在に映り、それと同時に下の子がお腹を空かしているなら自分を後回しにする程に、彼女は優しかった。
「じゃ、また後で」
「うん、ありがとうね!」
美味しそうにお握りを頬張るナイツの姿を見て、飛蓮は彼もまだ子供である事を再認識。自分も頑張らなくてはと気を引き締め、涼周の許へと向かった。
その後、ナイツとルーキンは稔寧が張っている結界に入る。
淡い桃色の魔障壁によって形成され、内部に温かい風が走る半球状の結界だった。
「稔寧、お疲れ様。此方の様子はどう?」
「ナイツ様……それに、ルーキン様ですね。お疲れ様です。今のところ治癒効果が働き、重傷者の中に、亡くなられた方は、おられません」
「そっか、ありがとう。因みに稔寧が張っているこの結界……どれぐらい維持できるものなんだ? 結構負担になる様なら、余り無理はせずに休憩を挟んだ方がいいと思うけど」
ナイツでさえ魔障壁一つを維持し続けるのは三時間が限界と言うのに、稔寧に至ってはかれこれ五時間近く結界を顕現している。
楽瑜が稔寧の魔力量は相当だと言ってはいたが、如何に魔力の才能に恵まれた彼女であってもそろそろ限界が近い筈だった。
抑々にして、魔障壁の上位守護魔法に当たる結界の顕現だけでも並の者には難しく、それを長時間に亘って維持する事からも、稔寧の実力の高さが窺い知れた。
「頑張ればあと二時間は、保てます。…………目の見えない私には、これぐらいしか、役に立つ術はございません。遠慮は無用ですよ」
「そんな事はありません。稔寧殿のお陰で多くの者が救われております。皆の傷も大分癒えましたので、今日はもうお休み下され」
稔寧に無理を強いない為、ルーキンは敢えて嘘をついた。
稔寧の結界は確かに治癒効果を持っているが、それはキャンディの治癒魔法や涼周のシラウメ効果に比べて微々たるものであり、依然として危ない状態の怪我人は大勢居た。
即ち、稔寧の結界は峠にある者達の命を繋ぎ止める事が限界だった。彼女が結界を払えば、重傷者に再び激痛が走り、ナイトが派遣した医師団の到着は間に合わないだろう。
ルーキンは残酷にも、それを承知で彼女に休むよう勧めた。否、勧めてしまった。
「………………ルーキン様は、中々に酷い事を、仰いますね」
意識を集中して周囲の気配を感じ取った稔寧が、ゆっくりと顔を上げてルーキンに向き合い、彼の心臓に当たる位置を睨み付けた。
目が見えなくとも、苦しみの声が聞こえなくとも、稔寧には気配から人々の感情を読み解き、そこから一人一人の状態を大まかながらも把握する事ができる。
彼女はルーキンが嘘をつき、一人の実力者の保身を優先して、死に近い同胞を半ば見捨てんとした言葉に怒りを覚えたのだ。
「貴方様は皆の頭の筈。頭は最善を尽くして、体の維持を図るが役目。それですのに貴方様は、体裁を重視して両の足を、……国の基たる臣民を、見捨てよと言います。何と酷い頭でしょうか。ここに居られます者の命は、其処らに自生する草木とは違う、のですよ」
「いや! その様に思って申したのでは……! …………いえ、そうですね。私は常に皆の命を深く考えるべき存在……。失言でありました。何卒、お忘れを。そして……皆を頼みます!」
「はい。承りました」
薄黄色がかった瞳を丸く収め、にっこりと微笑み返す守護の白髪姫。
彼女が再び意識を集中させると、この場の想いは安堵一色に染まっていた。
ナイツは、流石は楽瑜の副将にして涼周の仲間だと、稔寧の存在に絶大な好意を抱いた。
それと同時に、彼女等と接する事でルーキンを始めとした豪族連合の将達が、言動ともに丸くなっていく様が面白く感じたという。
稔寧に諭されたルーキンは重傷者達を励ます為にこの場へ残り、ナイツはナイトからの情報確認を兼ねて、一度本部に戻る事とした。
「…………見つけたぞ。主に逆らった非国民どもめ」
だが、闇夜に紛れてナイツ達を捕捉した集団が潜入している事に、この時点ではまだ誰も気付いていなかった。
その者等は森を囲うように、静寂を帯びて広域に展開。静かに、難民を包囲した。
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