大戦乱記

バッファローウォーズ

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剣合国と沛国の北部騒動

それ行け人質大将!

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 マヤシィ隊の援護を早々に終えたマヤメンとマヤトゥーの部隊は前進し、遂には兄の部隊より前に出て豪族連合軍左翼の側面にまで回った。

 豪勇無双のマヤシィと、用兵戦術に的を得たマヤメン。マヤ家を代表する武勇と知略の前では烏合の衆たる敵は訓練用の藁人形も同然。
豪族連合軍の兵達は然したる抵抗をできる訳でもなく、徒に骸を重ねていく。

「ほんっとに容赦ないねぇ……シィ兄さんも、メン兄さんも」

「合戦中。無駄口は叩かぬ様に」

「はいはい。相変わらず私にだけは厳しいんだから」

 女性に対する極度の上がり症を患うマヤメンも、妹の前では厳しい教官となる。
マヤメン本人とマヤケイ曰く、これは愛ゆえの言動との事。

「それにしたって、こんなに圧勝しちゃ敵にも同情して……って、何あれ?」

 無駄口を諫められた事など、マヤトゥーにとっては一切合切関係ない。
彼女はマヤシィ譲りの変わらぬ軽口を放ち、戦場を広く見渡した。
そして気付いたのだ。百人前後の剣合国軍小隊がマヤシィとマヤメンの中間を割って進み、何とマヤメン隊の射線上に踏み入らんとしている事に。

「メン兄さんちょっと待った!? あの子! ナイト様の子が射線内に入っちゃうって!?」

「分かってますよ。だから射撃を中断したじゃないか」

 マヤメンに向き直ったマヤトゥーの目には、右手を掲げて静かに指示を発する兄と、兄の指示を全兵へ迅速に伝わらせている側近衆の姿があった。
皆が一様に睨みを利かし、邪魔に入った涼周隊へ無言の威圧を向けていたのだ。

「うっはぁ……恐いなぁマヤ家の私兵軍は……。稔寧、念のために障壁出してくれる?」

「承りました。敵軍の方には、如何いたしましょう?」

「あぁ、豪族軍に対しては要らないよ。それと…………敵味方双方に告ぐ! 一時刃を収めろ! ナイトの次男・涼周が、豪族軍大将との会談を求めている! 繰り返す、双方ともに刃を収めよ!! 豪族軍大将との会談求む!!」

 涼周隊と合流を果たしたナイツがお膳を立てる。彼の頼みを受けた稔寧も、敵以上に無言の殺気を見せるマヤメン隊に対して魔障壁を顕現させた。

 両軍が戦闘を中断して動揺を見せる中、豪族連合軍側から数人の騎武者が姿を現す。
出で立ちを見るに、中央後衛で守られている壮年の男が大将であり、周囲の者は彼の護衛若しくは親族・副将辺りだと思われた。

「マキュラ、イヒム、タカタァ、ヨゴの豪族連合を率いるイヒム・ルーキンと申す」

「剣合国軍大将ナイトが長男・ナイツ。そして話があるのは弟の涼周だ」

 ナイツに向けて名乗ったイヒム・ルーキンに対し、涼周を示す兄。

 ルーキンが涼周に向き直るや否や、早速涼周が先制を仕掛ける。

「もう充分。降参する」

 短的が過ぎるストレート且つ安易な二言だった。
だが豪族軍が大劣勢の中にあって、剣合国軍側から会談を持ち掛けられた時点で、ルーキンにはある程度の内容が理解できていた。
それ故に、彼はさほど動じる様子を見せなかった。

 ルーキンは涼周を見詰めて瞳の色を確めた後、涼周に敵意がないものと判断。護衛を下げて自らが前に乗り出し、改めて涼周とナイツに向き合う。

 涼周もその間にルーキンの内面を見抜き、目に帯びる哀愁の色から彼等の境遇を察する。

「貴方が噂に聞こえる涼周殿か。貴方が和を求めて乱を望まぬのは重々承知している。…………貴方の求めに応じて降伏したいのは山々だが……果たして貴方の独断だけで、剣合国や沛国が我々の存在を許すとも思えぬ」

 剣合国・沛国から見れば、目の前にいる者達は敵国を支えてきた豪族連合。
今まで積み重ねてきた確執を思えば、両国及び肩入れするマヤ家は降伏を認めない。

 ルーキンが半ば諦めた様に申せば、涼周もすかさず返す。

「やってみなきゃ分からない」

 簡単に言い切ったが、確かに涼周の言う通りだった。
ルーキン達は永らく松氏の許に居た為か、松氏以外の勢力をよく知らず、主家ではない軍勢を勝手に悪と見なしているだけかもしれないのだ。

 然し、ルーキン達は皆が同じ様に眉間に皺を寄せ、自棄になって反論を始める。

「既にやった!! 弥駈ヤク集落の代表を通して沛国への保護を求めた! 全面的に降伏する旨も伝えた! だが守備隊は我等の寝込みを襲い、反撃を受けた今は援軍を要請し、現にお前達は我々の討伐に現れたではないか!!」

(なっ……!? ……そういう事だったのか……!)

 ルーキン達の怒りに満ちた表情と血を交えた言葉を前に、ナイツや涼周達、強いて言えばマヤシィやナイト、オバインまでもが動揺した。

 何せ、もたらされた報告と全く違っていたのだ。

(……突然国境を越えてきた元敵軍の大兵力を前にして……弥駈集落の領主か守備隊々長が恐れをなしたんだ。降伏と保護を求めてはいるがそれは嘘で、油断している隙に集落を占拠する気ではないかと…………若しくは純粋に、領主が敵を受け入れる度量のない人物だったか……)

(…………何にせよ、集落側は機先を制して追い払おうと考えたが、松氏の戦力を担っていた豪族軍は彼等より戦慣れしており、怒りを買って返り討ちに遭ってしまった。集落側の判断が難しい事は確かだが……なんと早まった真似をしてくれる)

 ナイツとナイトはルーキンの言葉が本当ならば、非は集落側にあると見た。

 天に届けたい程の、ルーキン達の主張は尚も続く。

「我々には最早、乱を呼んででも土地を勝ち取るしか生き残る方法はないのだ!! 故郷を松唐軍に追われ! 女子供や年寄り達に食べさせる食料にも事欠く有り様で、保護まで拒まれたら……それが望まぬ戦であろうが挑むしかないっ!! 皆が皆、お前の様に楽観的な考えではないのだ!!」

 切羽詰まった末の、苦渋の決断だったろう。たとえそれが破滅への道だったとしても、守らねばならない命の為にルーキン達は武器を取った。

 彼の主張には流石のグラルガルナ兵も憐憫の情を抱き、自分達が事情も知らないまま、徒に死人を築き上げた事を反省する。

 ルーキンが語り終え、一転した沈黙が形作られると、今度は涼周の番だった。

「涼周、保護約束する。梅朝、来る」

「だから……それは貴方の独断であろう……!」

「涼周、軍の大将。だから独断大丈夫」

 この言葉に、一同が呆然とした。剣合国軍の独立遊軍に当たる涼周軍の大将が、ナイトを差し置いてあたかも剣合国軍大将を思わせる問題発言をした事もそうだが、それ以上にナイツと飛蓮には疑う程に嬉しい事があったのだ。
あの涼周が、にぃにの子と言っていた涼周が、自分を一軍の大将だと言ったのだ。

「涼周殿……!」

「涼周……!」

『とうとう大将の自覚が――』

 実力を有していながらフラフラとする風雲児の自立を見たかの様に、兄と姉は口を合わせて目を輝かせた。

「ぅっふぅー! 何の事?」

「クコォーー!?」

 ところがどっこい、涼周にその気はやはり無いらしく、ナイツと飛蓮から目を逸らして下手な口笛を吹き、ナイツを転ばせる。
どうやらにぃにの子である設定も絶対に止めるつもりはなく、ルーキン達を説得する為に、今だけ大将権力を都合良く発動させたに過ぎない様だった。

「…………貴方の言葉を……証明するものはあるのですか?」

 幼子による、根拠のない強引な主張を疑念に思うのは当然だった。
ルーキンは僅かに押し黙った後に、涼周が噂通りの人物であるか推し測る事も兼ねて、短絡的思考を見せる幼子へ根拠の提示を求める。

 すると涼周は、顔に満開の花を咲かせて言い切った。

「涼周、人質にする!!」

『…………はあぁっ!?』

 味方連合軍、敵連合軍ともに、盛大な声を上げて驚愕の色を浮かべた。
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