大戦乱記

バッファローウォーズ

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正しき忠誠

花園が表の光ならば……

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 ナイツと淡咲が洛夏集落に戻った時、既に日が暮れていた。
そして涼周は営水を説得し終えており、銹達も交えた涼周軍閥で出迎える。

「この戦を早期決着に導く策があります。お聞き下さい」

 明日以降の動きを協議する軍議に於いて、営水が一つの良策を述べた。
ナイツ、淡咲、銹達もそれに賛同を示し、連合軍は翌朝を迎えると同時に出陣。二千騎を伴ってナムール家本拠・泉葉城へ向かって駆け出した。


泉葉城

「私です。至急、主上へ報告したき儀があります。開門をお願いします」

「営水様の御帰城だ! 門を開けろ!」

 営水を筆頭に泉葉城へ迫った連合軍は、何ら疑われる事なく城門を潜る。
城の守備に残されていた営水兵五千名も、愚かな忠臣と揶揄される自分達の上官が、敵に寝返っているとは夢にも思わなかったろう。

 門を潜り宮殿に入った営水は、洛夏集落より連れてきた直下兵一千四百名と、営水隊に扮した輝士兵六百名を広場に待機させる。
そして彼の部下に扮したナイツと淡咲、戦利品を収める篭の中に隠れた涼周、篭を持つ二人の将校を連れて、ヴァレオーレに面会を求めようとした。

「主上は現在、何処に居られますか?」

 上官からの問い掛けに、宮殿守備を任された部下は苦しそうに答える。

「……ヴァレオーレ様は今……あの部屋に……」

 よりによって彼処か! 営水の表情が自然と険しさを増した。

(戦時中にも拘わらず、自らの欲望のみを重視するのですね……あの御方は)

 彼は宮殿守備の部下を下げた後、ナイツと淡咲、それと二人の将校(楊俛ヨウメン孔俛コウメン)に囁く。

「ここから先は、私と楊俛と孔俛が参ります。皆様はここで待機をお願いします」

「急だね。何か問題でも起きたの?」

「はい。今から向かう場所は、皆様に……特にナイツ様や涼周様には見せたくない所。旧主を捕らえて直ぐに戻ります故、暫しお待ちを」

「…………分かった、ここで待っているよ。……言うまでもないと思うけど、ヴァレオーレは常識から外れた人物だって聞くから、くれぐれも気を付けて」

「御忠告、感謝いたします。……では楊俛と孔俛、私に続いて下さい」

「ははっ」

 営水は二人の将校を従えて最奥の部屋に向かおうとする。

 だが、踵を返してナイツ達に背を向けた時、彼の手を掴んで歩を止めさせる者がいた。

「……涼周も行く」

 新たな主上と仰いだ涼周だ。篭の中から手と顔をにゅっと出して、営水を見詰めている。
ナイツはそんな弟に対して、営水がこれ程に言う場所へ近付かないように説得するが、涼周は頑として聞き入れない。
偏に、仲間たる営水の思考を曇らせる困った領主に、罰を与えたいという心境だろう。

「なぁ涼周、ここは営水に任せて俺達は……えっ、行かせないと噛む? 俺の事も嫌いになる? …………営水、俺達も行くよ。楊俛と孔俛も、篭を持ってくれ」

(役に立たない兄貴だなぁー)

 説得に失敗し、二人の将校へ涼周の運搬を頼むナイツに、楊俛と孔俛は心の中で笑った。

 結局、作戦通りにナイツ達はヴァレオーレの許へ向かう。
数分に亘って歩いた一行は、裸の美少年をあしらった華美な扉に行き着いた。
明らかにここだけが装飾に凝っており、見るからに面妖な雰囲気を醸し出していた。

「……この部屋です。先ずは、私が入りましょう」

 ヴァレオーレの花園内外には、都合の良い事に衛兵が配備されていない。
宮殿の立地や花園の内部構造が敵を寄せ付けないように造られている訳ではなく、ヴァレオーレ自身が屈強な衛兵を配す事を拒んでいるからだ。

 涼周を篭から出して、各々が武器を取ったナイツ達は、営水を先頭に扉を開ける。

「……っぅ!?」

 その先に拡がる光景に、ナイツと涼周は吐き気と異常な嫌悪感を抱いた。
絢爛豪華な大広間の中で、百を超える美少年達が鎖に繋がれており、中央に居座る醜悪な巨漢がそれらを侍らして、顔に満面の悪花を咲かしている。
明らかに見たくない光景かつ、歪んだ権力者のみが満足する糞の様な空間であった。

「なんじゃ貴様らぁーー!!」

 そしてナイツ達の来襲に気付いた部屋主の怒号が響き渡り、彼の周りに侍る美少年や涼周が体をびくつかせる。とても男らしく荒々しい、外見の装飾衣装に似合わぬ咆哮たった。

「ここは俺の楽園じゃあ!! 俺と美少年の他には特別に営水だけが入ってよい絶対領域! そこの武官二人と……女ァ!! 貴様等は出ていかんかーー!!」

 顔面を肥大化させて唾と汗を撒き散らすヴァレオーレには、どうやらナイツと涼周は許容範囲内だが、淡咲と楊俛と孔俛は許されざる存在らしい。

「私がお呼びしたのです。主上……いえ、悪領主・ヴァレオーレ。内乱終結の為に、貴方にはここで消えてもらいます」

 良くも悪くもヴァレオーレに慣れている営水が話を切り出し、三尖刀の刃を向けた。

 対して、良くも悪くも営水の反論を突っ撥ねる事に慣れたヴァレオーレは、それによって冷静を取り戻し、美少年を抱き寄せながら冷ややかな視線を返す。

「…………あらそぅ……察する所、そこにいるオチビちゃんが涼周で、色目でも使われて寝返ったって訳ねぇ。でも恥じる事ないわよぉ? だって、その子供からは並々ならない色が感じられるもの。あんたもあたしも、惑わされて当然なのよぉ?」

「……貴方の美を見抜く才能が、想い遣りを携えた別の才能となって、民や家臣に向かなかった事。とても悔やまれます」

「……民や家臣……ねぇ。……使い捨ての美しくない道具に情熱を向ける程、あたしは暇じゃないの。それに、道具を束ねるのは家将筆頭のあんたの仕事よ。あたしを責めるのはお門違いってものじゃないかしらねぇ?」

 我田引水にして私利私欲。腐った貴族の代表要素が詰まった言動を示すヴァレオーレに、営水は初めて軽蔑の念を抱いた。

「…………どうやら本当に、仕えるべき主を見誤ったようですね」

 彼の言葉は、過去の自分にも向いていただろう。
涼周を主と仰ぎ直した今だからこそ、自分が救いようのない領主へ愚かな忠義を示していたと良く分かり、旧主を侮辱するとともに自らも馬鹿にする。

 然し、当のヴァレオーレは営水の侮辱を別段怒る事もなく、至って平然と言い返す。
醜悪な顔を歪めて不敵に笑い、右手に抱いていた半裸同然の美少年を離し、代わりに左手に抱く美少年へ全ての愛情を向けつつ、気色・気味悪くほくそ笑む。

「うふふ……いいわよ別に。元々あんた達は只の道具に過ぎない訳だし、失って惜しいと思うのはあんたの顔だけだから。……だ・か・ら、あたしの前から消えなさい」

 言って、右手を玉座の右肘掛けの裏に回し、仕掛けを作動させるボタンを押す。

「うわぁっ!?」

 すると突如としてナイツ達の床が抜け、全員が薄暗い地下に落とされた。

 幸い、淡咲が咄嗟に生み出した魔法陣が落下の衝撃を打ち消したものの、上階までの高さは優に十メートルを超えていた。

「ぅにぅ……ここくしゃい……!」

 上階の床が閉じられると中は真っ暗闇となり、視界が確保されない分だけ鼻が利く。
そしてこの地下室は、黴臭さを極めた異臭と腐乱臭を極めた異臭が混ざりあった、鼻がひん曲がる程の悪臭漂う、臭いだけでも最悪な空間。

 鼻を押さえた涼周が、純粋に嫌な表情を浮かべるのは当然と言えた。

「皆様、御無事で――涼周様っ!」

 更に、着地したばかりの一行を鋭利な何かが出迎えた。それもよりによって涼周に。

 殺気を感じた営水は即座に主を庇い、切られた右肩より出た血が涼周の頬に付着する。

「スイスイ!? スイスイ!?」

「危険です! 御下がりを!」

 負傷した営水に涼周が近寄ろうとするも、楊俛と孔俛がそれを阻止。営水やナイツ、淡咲が睨みを利かせている前面に対して構え、涼周の盾となる。

「これしきの傷、問題ありません。それより、何かが居ります。お気をつけ下さい」

 武術の心得がある彼等は、暗闇の奥に佇む異形な存在を認識できた。

「此方の気配から涼周が一番弱い者と感じて襲ってきた。間違いなく野生の戦闘本能だ」

 人ならざる気配と殺気を放ち、その上で暗闇すらも関係ないとばかりに放たれた正確かつ遠距離な攻撃。相対する存在が人でない事は充分に理解できる。

「あんた達の相手は、あたしに従順な死刑執行人に任せるわぁ」

 ヴァレオーレの声とともに、手入れのされていない地下室の明かりが僅かに灯った。

「うっ……何だあれはぁ……!?」

 地下室には、おびただしい白骨が散乱し、場違いな大きな花が咲いていた。
先端を尖らせた無数の触手を蠢かせ、鮮血をそのまま浴びたかの様な烈朱の花弁を持つ、不気味極まりない巨大な妖花であった。

「…………全員下がってください。私が相手します」

 ナイツ達の前に、細身の槍を握った淡咲が仁王立つ。
普段のおふざけが別人と思える程に殺気を漲らせ、涼周を狙う妖花に面と向かう。

「淡咲は……あれを知っているのか?」

 全意識を集中しているのか、淡咲はナイツの問いに即答しなかった。
だが数秒間に亘って妖花を観察した淡咲は、それが何とか手に負える敵と見破ったのか、若干殺気を抑えた後に改めて返答する。

「…………東方大陸にだけ咲く筈の、吸血花です。美男美女の血を好物とし、血を吸った量に比例して巨大化及び強暴化します。ある程度の知性も備えている為に、上手く手懐ければ軍事利用も可能。一種の魔物として分別され、ライルノウジュの名称で呼ばれています」

 魔物。その名から想像できる通り、凶暴かつ人とは一線を画した存在。
ナイツや涼周にとっては初めての敵であり、それは営水と楊俛と孔俛も同じだった。

「あらまぁ詳しいのね……女ァ」

「泉葉城の立地からして海路の輸入は間違いないでしょうが……問題は貴方が、誰から買ったのかです。梅朝の守将として、これは見過ごす事ができません。全て答えなさい」

「答える訳ないじゃない。特に女相手に……ねぇ? まったく、馬鹿な女ァ」

「…………そうですか。ではさっさと枯らして、貴方から直接聞くとします」

 細身の槍を構え直した淡咲が億劫な声を上げて、ライルノウジュを睨む。
妖花どころか魔物とすら交戦経験のないナイツ達は、彼女に一任する他なかった。
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