179 / 448
正しき忠誠
田俚隊の潰走
しおりを挟む添櫂集落北西
小川での囮任務を果たした銹達隊九百騎は、そのまま戦場を離脱していた。
彼等は西に向かって走り抜け、添櫂集落郊外に行方を眩ませた後、田俚本隊による攻撃が始まったと同時に敵の背後を取るべく出撃したのだ。
「てぃやあぁぁ!! 雑魚は退けェ!!」
残像を生む本気の連続突きを放ちながら、銹達は敵部隊の備えを撃滅していく。
「うわあぁ、鬼だ! 化け物だぁー!?」
「こんな奴どうやって止めるって――あばばばば!?」
彼の全力突撃は田俚兵が束になっても止められなかった。
盾を並べて即席の防壁を築いても、先行する衝撃弾が盾ごと田俚兵を蜂の巣状態にする。銃兵も狙いを定める前に蹴散らされ、せっかく整えた銃列も一撃で崩壊。左右から襲い掛かろうとしても銹達の槍は背後以外の三方向に繰り出され、近付く事すら不可能。
「銹達様を真似ろォー! 気合いで槍を突き出して一秒間に十発繰り出せェー!!」
仮に彼の槍を逃れても後に続く狂戦士状態の銹達兵によって突き殺されておしまい。
後続の騎兵も上官に倣り、死に物狂いで爆進撃を補佐していた。
登場から僅か数十分足らずで北西の田俚兵は散々の散々に追い散らされ、止まる所を知らない銹達隊に乗じて李洪隊まで出撃して敵に切り込んでいく。
では何故、これ程までに銹達隊が恐ろしい強さを発揮しているのか。
その答えは銹達の背後にあり、銹達兵に囲まれた安全地帯を駆ける存在にあり。
「頑張って! みんな頑張って! 頑張った、撫で撫で良い子良い子する!」
「やったりますよぉー!! おぅら退け退け雑魚共ぉ!!」
先頭を駆ける銹達の真後ろで、全兵を鼓舞しながら引っ張る涼周の存在が、元来熱すぎる死闘は柄ではない銹達隊の箍を外していたのだ。
特に、銹達にとっては涼周の鼓舞も去ることながら、自らが道を切り開かねば主君に危険が及ぶ故、主の為に死力を尽くす胆力を売りとする彼の性質に上手く作用していた。
それと以前、実際に撫で撫でされた銹達が傾国の長髪を手に入れ、彼の部下達が羨望の念を抱いていた事も、けっこう影響している。
「このままじゃ全滅だ! 撤退、撤退しろー!」
銹達に詰められた部隊長が撤退指示を出し、殿なども配さずに一目散の逃走を始める。
田俚隊の弱点は、この様な中級指揮官の力量不足だと言えた。
田俚が孟傭兵団を追放された際、良識と実力を兼ねた部下は殆どが彼の許から離れていき、手元に残った者は元から傭兵団のやり方に不満を持ち、金を全てとする粗野な者ばかり。
ヴァレオーレに雇われて以降もそれは変わらず、田俚の許に集まる兵は傭兵くずれや荒くれ者が大半を占めていた。
その上、ナムール家自体が剣合国軍の庇護下にある為に、実戦らしい実戦がなく、武力と度胸はあれども実戦で通用する様な軍組織の体を成していなかったのだ。
故に田俚配下の各部隊は、田俚本人の指揮から外れた際に統率力が格段と低下し、予期しない事態へ直面するだけで総崩れをきたす程に脆かった。
「李洪隊はこれより追撃に移る! 味方の騎馬隊と可能な限り並走若しくは援護し、敵陣を完膚なきまで叩くのだ! この一撃に己が全力を込めろ!! 全兵、突撃だー!!」
敵の弱点を逸早く見抜いた李洪は慎重を捨てて完全な攻勢に回る。
当然ながら銹達もこの流れに便乗し、敵部隊長を狙って追撃に出た。
対する田俚兵は為す術なく、連合軍の餌食となるだけだった。
「おのれぇ……! ナイツ、李洪! …………全軍撤退! 葉々季へと……撤退だ!」
まさか自分が、あんな若造共にいい様にしてやられるとは。
怒りを何とか抑えた田俚は全軍に退却指示を下すだけで精一杯だった。彼もまた、孟傭兵団に属していた頃から戦い方はまるで変わらず、力頼みの攻めしかできない人物である。
それだけに撤退の指揮も充分とは言えず、ナイツ、李洪、銹達から見れば優先して防ぐべき軍の崩壊点が幾つも散見され、彼等は撤退せずに戦い続けた方が懸命な判断だと思ったという。
この結果、添櫂集落の戦いは連合軍の圧勝に終わり、田俚本隊は六千近い死傷者を出し、逃げ遅れて捕縛された兵も一千を超えた。
戦後、集落守備組の将達は涼周及び銹達と再開する。
「にぃににぃに! おんぶ、涼周おんぶする!」
「はいはいっと。……銹達達もお疲れ様。皆のお陰で大勝利を掴めたよ」
弟をおぶったナイツは、涼周に撫で撫でされた銹達隊の将兵に労いの言葉を送った。
彼等の頭髪が、異様に清く長く美しくなっている事は無視して。
「私共は李洪殿の策に従ったまでです。礼には及びませ……ふっ、ふふふ!」
「ふひっ、うひひひひ! 嬉し笑いが止まりませんなぁー、銹達様!」
「ヒャッハハハ! 我等が願望、成就せりですな!」
(……あっ、駄目だ。こいつ等もう、涼周に洗脳されてる)
ナイツは壊れた様に笑みを浮かべる銹達隊を見て、手遅れだと感じた。
「にぃにも、にぃにも長くしてあげる!」
「俺は結構です! 遠慮します! やめなさ――ぎょわぁーー!?」
涼周を少しでも手離すと、きっと其処ら中がおかしくなる。
ならば兄である俺が、涼周の手綱を握らねばなるまいと思った瞬間だった。
……手綱を握るより前に、ナイツの後頭部は涼周によって既に握られていたのだ。
そして兄の許可を求めることなく打ち出の小槌ならぬ、撫で手の涼周とばかりに、後頭部を撫で撫でして人生初の長髪を授けてしまう。
美髪、天海を凌駕するとは正にこれ。ナイツは老若男女を魅了し、キャンディやメスナが羨むであろうサラサラストレートヘアーを手に入れた。
「ナイツ殿、とても御綺麗です! ……さあ! 私共とともに、理想郷へ――」
「魏儒ー! 助けてくれー! お前の部下と主が俺を……俺を……あっ、あっ、ああぁぁーー!?」
ナイツは一瞬で包囲され、長髪素敵騎兵達からの洗礼を受けてしまう。気のせいだろうか、馬の鬣まで美髪を極めていた。
「えっと……蓮、李洪様? ナイツ様を、お助けした方が……」
「…………はっ、え……あっ、はぁ……」
「大丈夫大丈夫。ナイツ殿凄い楽しそうだから」
説明の及ばない現象を前に李洪は呆然と立ち尽くし、飛蓮は稔寧に嘘を伝えたという。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説


【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。



[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる