大戦乱記

バッファローウォーズ

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正しき忠誠

添櫂集落救出

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 連合軍の先鋒を務め、添櫂テンカイ集落を包囲するヴァレオーレ軍三千の背後に迫ったのは、涼周と銹達が率いる一千の騎馬隊だった。

 銹達隊の高い機動力と連携力が必要。然しながら彼等は涼周の為にしか戦わない。
それ故の苦肉の策として涼周を先陣に含めたのだが、意外にも銹達は嫌な顔をしなかった。
寧ろ涼周の護衛と民の救出を兼ねた機動作戦として、予想以上の士気の高さを見せる。

「敵を捕捉。銹達隊、いざ参ります!」

 神速の騎馬隊は背を向ける敵部隊に強襲を仕掛け、瞬く間に戦列を突き崩す。

「剣合国軍の援軍か!? このままではまずい! 一度撤退するぞ!」

 前方に添櫂集落を守る剣合国軍兵二千(フォンガン兵と元々の守備兵)、後方に銹達隊と、挟撃状態に陥ったヴァレオーレ軍は動揺も束の間に撤退を開始。
隊長は崩れ行く味方を可能な限り見捨てまいと奮戦するが、肉薄した銹達の瞬槍が彼を一突きし、出会い頭に刃を交える事もなく討ち取られた。

「たっ、隊長が瞬殺された!? 何だかよく分からねぇが、強いぞこいつら!」

 ヴァレオーレ軍の混乱は極限へ達する。
将の指揮もなくなり、敗残兵は個々の判断で戦闘と撤退を行おうとした。

「降参する! みんな降参する! さっさと降参する!」

 そこへ護衛兵百騎を率いた涼周が、黒霧を撒き散らしながら登場する。
敵兵は子供隊長の出現と気絶させる黒霧によって、更に更に右往左往。いや、混乱しすぎて右も左も行き行かなくなっている為、正に立ち往生だ。

「涼周様!? 何故前衛に! お前達、私に付いて来い! 涼周様の護衛に回るぞ!」

「ははぁっ! 銹達隊長に続けー!」

 最強の百騎を護衛に付けているとは言え、最前線に立てば何が起こるか分からない。それも追い詰められた敵兵ほど、何を仕出かすか分かったものではない。
護衛対象の安全を最優先し、不測の事態を討ち払うべく、銹達は涼周との合流を図る。

「涼周様! 御自重下さい! 敵兵掃討は私共が――」

「皆殺し、メッ! 戦終わった! 降参させる!」

 忠言を阻んだ涼周の言葉を前に、銹達は目を見開き、槍を振るうのを忘れて驚いた。

 カイヨー解放戦の折り、韓任の刃から自分を庇った時点で涼周の優しさは知っていたが、それは魏儒が降参した事で銹達も仲間になったからだと思っていた。

 然し、改めて見た涼周の優しさは銹達の枠をいとも簡単に突き破り、彼が抱いていた涼周像を良い方向にぶち壊す。
まさか今の様に完全な敵に対しても、あの優しさが表れるとは思ってもみなかったのだ。

(ふふっ! これは……魏儒様がお気に召される訳です)

 銹達は心の中で満足気に笑い、魏儒の人を見る目に狂いがない事を再認識する。

「承知致しました。では及ばずながら、私共もその様に動きます」

「ぅん、お願い! 涼周も頑張る!」

 涼周の想いを受け取った銹達は、自部隊の方針を掃討から降伏勧告に変更。涼周と自分を筆頭にして敵兵の無力化を強引ながらも推し進める。

 結果、開戦から一時間後に集落包囲軍は降伏。千四百名近い兵が捕虜となり、逃げ延びた者は真っ直ぐ葉々季集落へと向かっていった。

「援軍、感謝致します。然し、貴方々は剣合国軍内では見ない軍装をしていますな。一体、何処の軍に所属しているのかをお聞かせ下さい」

 終戦後、捕虜を纏めている銹達の許へ、集落守備を任されていたフォンガン配下の千人将が声を掛けてくる。どうやら銹達が隊長であると勘違いし、彼に言葉を向けていた。

 銹達は自分達が元承土軍でありながら、今は涼周を主としている事を簡潔に述べる。

「成る程、では貴方が噂に聞く涼周様でしたか。援軍、感謝致します」

「ぅん、間に合った。良かった!」

「…………」

 千人将は至って簡単に銹達の存在を認め、涼周へ向き直って一礼した。
それが銹達には気に掛かり、任務とは関係ない事だが思わず問い質してしまう。つい先日まで敵だった自分達を、そう簡単に信頼してよいのかと。

 すると千人将は恥ずかしそうに後ろ頭を掻き、衝撃の事実を打ち明ける。

「実は私も……覇攻軍に属していた小隊長でして、純粋な剣合国軍ではなかったのですよ」

「それはまた……どういう経緯で?」

 千人将が言うには、過去の戦で剣合国軍の捕虜となった彼はフォンガン隊に組み込まれ、そこで剣合国への帰順に応じたとの事だ。

「フォンガン将軍は他国の捕虜や討伐された賊兵などを自部隊に取り込み、言わば再教育する事に長けた御方。そして実際の所、ナイツ様や涼周様が討伐した元海賊達も、先のカイヨー解放戦に従軍して手柄を立てたそうです」

 フォンガン隊は剣合国軍内にあって、とても多国籍な特殊部隊。
それ故に銹達隊の様な元承土軍兵も珍しくはなく、逆に親しみを感じる程だ。
事情を知った銹達は微笑を浮かべ、フォンガンの才能や部隊運用に興味を抱いたという。

「そういう事でしたか。……私はてっきり、元承土軍という立場が災いして、嫌われたり疑われるものと覚悟しておりました」

「フォンガン隊であろうがなかろうが、助けてくれた相手を嫌う者は剣合国軍に居りません。我々にできる事ならば、何なりと指示を下され」

「それは助かります! では早速で悪いのですが……」

 銹達は捕虜の収用を頼み、同時にナイツの作戦を小声で打ち明ける。
千人将は快く協力を表明。捕虜を連れて集落に戻り、防御を固めて不測の事態に備えた。

 そこから数十分経った頃、ナイツと李洪の率いる輝士隊が合流。三葉までの道中で増員した兵を集落の守備に配し、今度は銹達隊と共に進軍する。

 次の目標地点は現在居る添櫂集落の北西、葉々季集落から見れば南西の文尊ブンソン集落。
葉々季集落への距離は更に縮み、同地に籠った田俚にとっては背後に当たる。

「ナイツ様、物見からの報告が届きました! 田俚が一万以上の兵力で葉々季集落を出撃し、真っ直ぐ此方へ向かって来ます!」

 伝令から報告を受けたナイツは不敵な笑みを浮かべた。
真っ直ぐに迫る事しか能がないのか田俚よと。

「李洪の策、見事に決まったな!」

「まだ安心はできません。先ずは敵を伏兵地点に誘い出しましょう」

「よし来た! では手筈通り進路を東に変更! 隊列も迎撃陣形に切り替えるぞ!」

 ナイツ・李洪隊千九百、涼周・銹達隊九百は進行方向を東に変え、飛蓮隊が潜んでいる川辺周辺へと敵を誘う様に進軍した。

 対する田俚隊一万一千は伏兵の存在など露にも知らず、輝士隊・涼周連合軍が兵数に劣っている状況を絶好の好機と捉えていた。
彼等が恐れる最悪の事態は二つあり、それは文尊集落と連合軍が合流して葉々季の背後を取る事と、ナイトの本軍が到着する事だ。

 故に田俚は、ナイツと涼周の撃破及び捕縛を急ぎ、同時に文尊集落の攻撃も強めた。
ナイツや李洪の策に抜けがあるとしたら、文尊集落への援軍が送れなかった事だろう。
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