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正しき忠誠
三葉戦開幕
しおりを挟む深夜二時。梅朝で出陣準備を進める剣合国軍の許へ、三葉からの急報が届く。
ナムール家当主・ヴァレオーレのお抱え軍が居城より出陣。承土軍への寝返りを拒む集落を蹂躙せんとしているとの事だった。
「みんな起きて! 急いで出撃するよ!」
「銹達隊全騎、集結完了! 涼周様、私共はいつでも出られます」
後手に回った剣合国軍だが、涼周軍四千、輝士隊二千は出陣準備が整った状態にあり、ナイツ、李洪、涼周、飛蓮、稔寧、銹達は即座に出撃する。
「息子兄弟! 俺も遅れて駆け付けるが、一先ずはお前達に頼むぞ!」
ナイトも五千の部隊を整えつつあり、輝士隊・涼周連合軍に続く形で出陣する事となる。
「飛蓮、銹達! そっちの部隊指揮は任せるよ! 俺は涼周を抱えながら進む!」
「承知しました。涼周殿の事、お任せします」
「ああ、任された!」
ナイツは馬上にて、自身の前に涼周を乗せた状態で駆ける。
と言うのも、涼周は寝起き後の意識覚醒をまだしておらず、半ば夢の中にあったのだ。
連合軍六千は義仁城を発ち、桜上歌を経由して三葉へ向かう。
報告では昨日の段階でフォンガンが先発隊を派遣し、民の避難や救助に当たっているとの事。先ずは彼等と合流した上で状況の把握をするべきだった。
そして連合軍は、翌朝七時に三葉の国境を跨ぐ。
安楽武の手配により道中の軍基地や集落は連合軍の通過を知っており、ナイツは各地で馬や兵を補充しつつ、自国の利を最大限に活かした速攻進軍を行う事ができた。
「李洪、兵力はどれぐらいになった?」
「各地の兵を加え、現在八千に達しました。……フォンガン将軍が派遣した部隊は総数四千。ヴァレオーレに賛同しなかった前線集落へ分散しています」
「集落の軍基地や先発隊からの報告は届いている?」
「いえ、未だに一報もありません。然し、部隊が展開している場所と避難及び結集予定地は聞いております。三葉の中央部に位置する大集落・葉々季です」
「なら葉々季に向かおう。そこなら現在の詳細な状況も分かる筈だ」
連合軍はそのまま西進。葉々季集落へ向かう。
だが集落の姿を視野に入れたナイツ達は、同時に戦慄を覚えた。
「あれはナムール家の旗!? ……来るのが遅かったか!」
葉々季集落は既に占領されていた。街が損壊や炎上をきたしていない所を見ると、ナムール家に買収されて寝返ったという見方が正しいかもしれない。
そしてナイツが集落の異常に気付いたのと同じく、集落側も連合軍の存在を認識。ヴァレオーレ軍は直ちに出撃し、その数は優に一万を超えていた。
「全軍停止! 速やかに展開を始めろ! 急げ! 来るぞ!」
敵に対応するナイツは全軍を展開させ、行軍用の隊形から迎撃布陣へ切り替える。
ナイツ隊二千が中央、李洪隊二千が左翼、飛蓮隊三千が右翼。涼周及び銹達の遊撃騎馬隊一千が、中央後方に配置される。
(……父上も軍師もフォンガンも……いや、俺達も含めた皆が、高々一貴族の反乱だと甘く見ていた。今迫っている敵は、只の一万ではない筈だ!)
突撃する敵の中に、葉々季を守備していた剣合国軍兵は見られない。
葉々季領主の寝返りを良しとせず、他の集落へ移ったか、用意周到な夜襲でも受けて無力化された後に捕縛されているのか、はたまた皆殺しに遭ったか。
どれにせよ、目前のヴァレオーレ軍に隙がない事は確かと言えた。
「切り崩せぇーー!!」
勇猛な敵の隊長が先陣を切り、ナイツ隊前衛に突入。両翼の李洪隊、飛蓮隊も続いて交戦状態に入り、横陣対横陣の戦闘が繰り広げられる。
「敵将は何処だ! 俺はナムール家家将・高施! 敵将出てこい!」
切込みこそ良かったものの、輝士兵の頑強な守りを前に攻めあぐねる敵将・高施。
彼は敵中にあって高らかと名乗りを上げ、相対する連合軍の大将ナイツを呼び出し、討ち取る事によって形勢の好転を望んだ。
「俺が将だ! お望み通り相手をしてやる! 行くぞ!」
「何っ!? 小僧、貴様が大将だと! ……ははははっ! 笑止、細切れにしてくれる!」
だが高施は世間を知らなさすぎた。つい先日まで宗主と仰いでいたナイトの息子すら知らず、力量の差すら推し測れず、ただ馬鹿力を以て闇雲に進むしか能のない猪突猛進者。
「死ねぇ小僧! はっはは――」
勝負は……
「はは……どうぅっ!?」
一瞬のうちに終わった。馬速と互いの間合いを見切ったナイツの圧勝である。
抑々にして、ヴァレオーレに媚びへつらう事で酒と女を浴びているであろう家将ごときに、日々の練磨を欠かさないナイツが敗れる謂れはなかった。
「わわわ!? 高施様が討ち取られた!」
「逃げろ! 一旦集落へ逃げろぉ!」
将を失ったヴァレオーレ軍は開戦から三十分と経たずに敗走。初盤の勢いは何処へやら、武器や旗を捨ててまで逃げ出した。
「この機を逃すな! 追撃して集落まで一気に進撃だ!」
ナイツは当然の如く全軍へ追撃号令を下し、連合軍は一転して攻めの姿勢に入った。
守備隊形を解いて猛進し、瓦解したヴァレオーレの私兵達を朱に染めていく。
予期していなかった葉々季集落の陥落に士気を低下させていた連合軍の将兵にとって、この流れは好都合だと言える。
あわよくば葉々季集落の奪還を望めるばかりか、敵兵の大量捕縛は情報収集も容易に済まし、戦略の幅も大きく広げる事が可能なのだ。
「大変です姫様! 斥候の報告によると…………」
然し、彼等の逆襲を阻む存在が早くも戦場へ接近しており、それを真っ先に確認したのは右翼北側に配置された飛蓮であった。
「ナイツ殿に伝えて! 北側からの新手、数は八千から一万。真っ直ぐ此方へ進軍中につき、急いで後退するべき」
新手の来襲は直ちにナイツへ知らされ、挟撃を恐れた彼は追撃を中止。南東へ向かって後退を始め、見晴らしの良い丘に布陣した後、周辺一帯の情報収集に努めた。
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