168 / 448
第二次カイヨー解放戦
心の守護
しおりを挟むカイヨー城
剣合国軍本隊が涼周・楽瑜隊と連携し、承土本軍を撃破した頃。侶喧、飛蓮、稔寧が守るカイヨー城に敵が現れた。
輝士隊・涼周連合軍に水上戦で敗れ、後方の軍港まで撤退した殷撰と、ファーテイスの守軍を預かっている衡裔配下の老将シャイ・チャイである。
「はははは! もう遅いわ裏切り者の殷撰! カイヨー城は我等涼周軍が奪還致した! そしてここにあるは、お主の愚息・殷諞だ! 攻めるならば、お主の首ごと殷諞の首も落ちるぞ!!」
『はははは! もう遅いわ裏切り者の殷撰! カイヨー城は我等涼周軍が奪還致した! そしてここにあるは、お主の愚息・殷諞だ! 攻めるならば、お主の首ごと殷諞の首も落ちるぞ!!』
山頂上の飛氏館にて、殷諞を縛り付けた丸太の前に仁王立ちする絶好調の侶喧が、来襲した承土軍へ向けた侮辱を放つ。
それに多くのカイヨー兵も真似して続き、士気高潮な様を示していた。
「うざったいのぉ! ああいう挑発! あの城が天然の要塞でなく、そなたの息子が人質でなければ、即行で城まで攻め込んで奴の首を落とすのにのぉ!」
「申し訳ないチャイ将軍。……これは私の不手際にて、遠慮なく始めて下され」
「そう言われて、うむ始めるぞぃ! ……などと言う柄じゃないわ。それに城には、前線赴任した兵達に伴って移住した家族も、大勢保護されておるのだろう。……何より、長居は無用となったようじゃ」
城下町より外に布陣し、カイヨー城を含んだ全体の様子を窺っていたチャイ。
彼が目を横に逸らした先には、情報部の緊急伝令が駆け寄っていた。
「チャイ将軍、御報告が……」
「ん、ご苦労。鉉彰殿は負けたんじゃな」
「はい。鉉彰様は討ち死に。殿となった魏儒様は現在消息の確認中。シセン様と荀擲様は敗残兵を纏めてトーチューへと避難したとの事です」
前線の報告を受けたチャイは、大きく口を開けて悲嘆の声を上げる。
「かぁー、大惨敗じゃのぉ! 特に鉉彰殿が討たれたのは実に痛い! これではファーテイスも危ういわ! …………という事で皆の者、カイヨー城は捨てて下がるぞ! 城下に火を放って全軍反転だ! 甲兄弟は殿を務めてくれぃ!」
承土軍二万五千は直ちに転進。城下町を焼き払うべく火を放ち、炎の壁を背面の盾とし、その先に堅固部隊を残す鉄壁ぶりを以て、ファーテイスへの撤退を開始した。
「…………奴等、城下にまた火をかけた。承土軍は焼く事と殺す事しか知らないの? ……殷撰もそう、何だってあんな奴等が生き残るの……」
館から撤退する承土軍と燃える町を見て、窶れた表情を浮かべる飛蓮。瞳は赤く、それでいて睨みの角度は楽瑜と初めて会った時と同じ鋭さだった。
「……申し訳ありません。飛蓮様には、辛い想いばかり、させてしまいます」
飛蓮にとって何気ない言葉ではあったが、傍に居た稔寧はそれを聞いて心を苦しめた。
「あぁ……いや……独り言独り言。気にしないで」
気にしないでと言われて気にしない稔寧ではない。彼女はとても申し訳なさそうに目を細め、自ら肩身を狭くしてしまう。
飛蓮は自身の言葉を失言と捉え、場の空気を変えるべく別の話題に切り替える。
「でも、奴等が撤退して行くって事は……」
「……はい。御味方の軍が、前線の承土軍を撃破、したのでしょう」
次は独り言ではない。飛蓮から稔寧への、同意を求めるものだ。
続けて飛蓮は、今後に予想される事を話し合う。
甘尹の死で動揺した上、戦経験に富んでいる楽瑜と主たる涼周が出払い、侶喧達が城下の消火活動に向かった今、カイヨーの守将たる彼女にとって、有力な仲間は稔寧だけなのだ。
「……前線の承土軍は、此方に向かって撤退するかな?」
「……いえ、それはないでしょう。残軍は恐らく、トーチューへ逃れるかと」
「……なら私達はここを守って涼周殿の帰還を待つ……だね」
「はい。先ずは城下の火を、消さなければ、なりません」
稔寧の言う通りだと、飛蓮は大きく首肯した。
彼女は後の情報精査を稔寧に任せ、自身は館を出て侶喧達の加勢に向かおうとする。
「…………あの、稔寧…………殿」
だがそこで飛蓮の足は止まり、稔寧に背を向けた状態でぎこちなく声を掛けた。
当の稔寧は声がした方向へ向き直り、飛蓮が背を向けている事も、どんな表情を浮かべているかも分からないながら、彼女の気配で何が言いたいかは察する事ができた。
「……飛蓮様、私の事はお気になさらず。貴女様の方が、とても苦しい筈……御無理だけは、なさらずに。心はもとより、体にも大きな毒ですから」
「……うん、分かってる。でも、今の私は自分の力で侶喧達を手伝う事ぐらいしか……」
肩を震わして必死に堪える飛蓮の背中に、彼女が羽織る血に塗れた水色の打掛に、稔寧の右手がゆっくりと当てられた。
目の見えない稔寧が手探りで飛蓮に寄り添い、震える肩を優しく撫でてほぐし、次第に飛蓮を包んで彼女を背後から抱き締める。
「おこがましかと、思われるでしょうが……御無理だけはなさらずに。貴女様は一人では、ないのですから」
「……っぅ! …………ぅん……!」
優しい声音と温かい人肌が、心身ともに冷えていた飛蓮の全てを癒していった。
「あの、稔寧殿。良かったらその……姉さんって……稔姉さん……って読んでも……」
気持ちを落ち着かせた飛蓮は、一つの願いを頼んだ。
それは突然の事ながら、稔寧を姉に、自分を妹にしてほしいとの要求だった。
元々、兄や弟、年下の子供達に囲まれていた飛蓮に、姉は居なかった。
それ故に彼女は稔寧の温もりに前にして、かつての確執を完全に排除した親しみを感じたのだろう。或いは大切な存在を失った絶望で感情が麻痺し、代わりとなる者を新たに定める事で精神の維持を図ろうとした、本能的な自己防衛だったのか。
どちらにせよ、飛蓮は冷めきった心身を温めてくれる存在を、涼周以外にも求めたのだ。
「はい。私も末娘でしたので、妹の存在がとても愛おしく、想えます。……手の掛かる姉でしょうが、どうぞ宜しくお願い、します飛蓮様」
対する稔寧も飛蓮の想いを快く受け入れ、悲痛な苦しみを抱える彼女を強く抱擁した。
飛蓮は赤面しつつも、棘の道から抜け出せた様な安堵と家族の温もりも覚える。
失う事が多かっただけに、得た喜びはひとしおだったろう。
ほっそりとなめらかでいて、透き通る様な白い稔寧の手を、飛蓮は強く握り返す。
「私のことは……その、蓮って、言ってくれれば……!」
「承りました。……蓮、貴女は私の、とても大切な妹です。貴女の苦しみは、私の苦しみでも、あります。無理をせず、私に打ち明けて下さい、ね」
「…………!」
飛蓮は自分が何て馬鹿なんだと、心の底から思って涙を浮かべた。何故こんなにも優しい人達を忌み嫌っていたのか、何故素直に謝罪や感謝を言えないのか。
「私……助けられて……ばっかり。もっと……みんなの力になりたいよ……!」
「焦る事はありません。貴女は充分、皆様の御力に、なっているのですから。……それに、想いが先走って、自分を見失っては、貴女は貴女でなくなって、しまいますよ」
全身を傾けてまで、飛蓮を抱き締めた。
目が見えない反面、稔寧の嗅覚や聴覚は優れていた。
だが彼女は、飛蓮の着物から放たれる血や泥水の匂いを何一つ嫌がる事なく、寧ろそれすらも受け入れる程の包容力を以て、飛蓮の苦しみを和らげる。
「……あっ……あのね、稔姉さん……そこ……」
然しそこで、思考を働かせるまで回復した飛蓮がある事に気付き、朱色を強めて見せた。
「……私の……胸、揉んでる……!」
稔寧の両手は、知らずの内に飛蓮の両胸を鷲掴みっっっぽくなっていた。
「あ、失礼しました。蓮の胸はとても、大きく柔らかく、とても気持ち良いですね」
「恥ずかしいからそういうのは言わないでっ!」
手を自らの口許へ戻し、うふふと笑う稔寧に、飛蓮は半ば泣き叫んだ。
何はともあれ飛蓮は元気を取り戻し、城下町に繰り出して侶喧やカイヨー兵達を鼓舞。率先して消火活動に当たり、侶喧達からは逆に無理をしているのではないかと疑われたという。
「カイヨーに上陸後、連合軍は二手に別れた。
ナイツと韓任の騎馬隊は北上。鉉彰率いる承土軍を奇襲するも、魏儒の巧みな用兵とトーチュー騎軍の来襲によって失敗に終わり、ナイツ自身も銹達との戦いで負傷した。
あの御方は歩兵軍を率いてカイヨー城へ急行。飛蓮が秘密の脱出路を用いて城内を撹乱。内から門を開け、守将たる殷諞を捕縛した。
然しその一方、疲労困憊のあの御方は城内に入る事が遅れ、密かに囚われていたトーチュー騎軍の弟君・甘尹が放っていた魔力声をつかめず、救出に失敗。許嫁たる飛蓮の前で息を引き取らせてしまった。
悲しみも束の間に、楽瑜はナイト本軍へのトーチュー騎軍急襲を予期して出撃。あの御方も同行し、翌朝には第二の奇襲部隊となって魏儒隊を果敢に攻めた。
ナイト本軍も呼応して攻勢に転じ、ナイトが敵大将・鉉彰を討ち取った。
承土軍は魏儒が殿となってトーチューへ撤退。あの御方は魏儒の自己犠牲に感化され、ナイツ、楽瑜の助けを借りて魏儒隊そのものを仲間に引き入れた。
あの御方はこの戦を語る中で、一つの仮説を立てていた。それは私が時に思うものと同じく、こうであったなら、歴史は変わっていただろうという話だ。
「俺にもっと体力があれば……カイヨー城へ潜入して、甘尹殿の聲を拾えたんだ。それにもしもだけどね……甘尹殿の救助ができていれば…………みんな生き残っていたかもしれない」
悲しみの色を纏ったあの御方の顔を見て、私は筆を止め、姫は静かに目を瞑った」
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説


【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。



[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる