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第二次カイヨー解放戦
身を切って他者を守る者達
しおりを挟む「承土軍総代将・鉉彰! ナイト様御自らが討ち取られたァー!!」
ナイトが勇然と拳を掲げ、傍に居た剣合国軍兵が喉を殺しかねない破声を以て、ナイトに代わって討ち取り表明をする。
この一報が剣合国軍の大歓声へと繋がり、時を同じくして承土・トーチュー連合軍崩壊の合図になる事は言うまでもない。
「マジかよ……鉉彰の奴、殺られたのか……!?」
これには流石のシセンも顔を青ざめ、状況の深刻さを理解。彼女に代わって部隊指揮を執る側近を魏儒の許へ走らせ、早急な指示を仰いだ。
「シセンと荀擲は鉉彰隊の残兵をできる限り連れて西へと下がれ。トーチュー騎軍の案内に従い、彼等の領内に避難するのだ」
「では、我々とトーチュー騎軍が殿を……」
「いや、殿の任は私の部隊が果たす。トーチュー騎軍は帰してやれ」
「えっ!? ですがそれでは……!」
全軍の副将と参謀を兼ね、聖守将の異名も冠する魏儒。彼は従属勢力たるトーチュー騎軍を殿とする事を良しとしなかった。
強いて言えば、自らの本陣部隊のみが残り、銹達を始めとした外殻部隊や若手将校達にも撤退を指示する。
「皆には申し訳ないが、私と共に残ってもらいたい」
本陣守備隊を指揮する歴戦の隊長達は、上官の言葉に顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「はっは、またですかい!」
「今度は中々と厳しいですが……まっ、何とかなるでしょ!」
「んじゃ何時も通り、不退転の構えを作りに行きますか!」
この本陣には過去に、自己犠牲の強い魏儒に助けられ、彼に心服した上で彼を放っておけないと思う将兵がとても多かった。
偏に、魏儒隊の頑強な守りはこれが原因と言える。
魏儒は承土軍にあって、並みいる世の将軍の中にあって、人一倍自己犠牲の強い人物。
彼は友軍を逃がす為、苦境に陥った味方を救援する為、戦に巻き込まれた弱者を守る為、今までに幾度もの死地に挑み、全てを潜り抜けてきた。
その過程で彼に命を捧げる将兵が集まり、いつしか聖守将と呼ばれるようにもなった。
彼は、ナイトの言う本当の強さを無意識の内に持っていたのだ。
「ほっほぉーう! 敵将・魏儒、良か良か! 敵にしておくには、惜し過ぎる人物!」
「……奥の敵、逃げる。……ぅ? 前の敵が……逃がす? …………ぎじゅ、味方助けてる」
魏儒隊の聖守を目にして、ナイトと涼周が魏儒を見抜いた。
本人と直接目を合わさずとも、彼の直属隊から発せられる尋常ならざる熱意と誠意が、自ずと将である魏儒の評価へと繋がったのだ。
「にぃに! ぎじゅ、仲間にしてくる!」
「おうそうか、魏儒を仲間に……何てぇ!? お、おいっ待て涼周!」
ナイトや涼周であっても、部下を見て将の本質を見抜く事は難しい。
それを容易にさせた魏儒に、涼周が強い興味を持ったのは当然の事と言える。
そして無策で魏儒本隊に突っ込む涼周をナイツが追うのも、半ば当然と言えた。
「楽瑜! ぎじゅの所、行くっ! ぎじゅ、仲間にする!」
「うむ、魏儒を見抜かれたか。涼周殿の眼、真に的を射ていよう。ならばこの楽瑜、ただ応えるのみ!! 全軍我に続けェェーー!! 一点を喰い破り、涼周殿の道を切り開くのだ!!」
「ウオオオォォーー!!」
(ああもう! 早いんだよお前等! 俺が追い付けねぇよ! 怪我してるから少し待ってくれ!)
ナイツの後続を余所に、楽瑜と合流した涼周は一心これ魏儒の為とばかりに突撃。楽瑜を筆頭にカイヨー兵、元承土軍兵が発狂する形で先駆けを果たす。
「あの盛り上がりはまずい! やはり魏儒様の許へ戻るぞ!」
「銹達殿!? 勝手な行動は…………えぇい、魏儒様を心配しておるは我等とて同じ! 全兵反転だ! やはり魏儒様と共に殿に残るぞ!」
「オオォッ!!」
涼周軍の総猛攻を後ろ眼で見た撤退中の銹達や他の将兵も、結局魏儒の許へ戻り、上官の命令を無視して殿の任に就いてしまう。
「ふっははは!! 流石は俺の息子だ! えらい事にしよった! ……メイセイ、韓任! 止めは刺さずに涼周を援護してやれ! 俺は敵の追撃に専念する!」
魏儒を涼周に任せたナイトは一転してシセン、荀擲隊の追撃に移る。
現在の状況として、トーチュー騎軍を先頭にシセン、荀擲隊が撤退を開始。ナイト、安楽武、槍親子、亜土兄弟が鉉彰隊の残兵を捕縛・殲滅しながら追撃を仕掛ける。
魏儒本隊には涼周軍、メイセイ隊、韓任隊が攻撃を仕掛ける。そこへ銹達等、撤退した筈の魏儒配下の将兵が加勢に戻ってきたといった所。
戦自体は勝敗が決し、剣合国軍の勝利は決定的となったものの、魏儒隊の奮戦と涼周軍の爆発が先の大将戦に劣らぬ熾烈さを放っていたのだ。
「そこを退け魏儒兵共! さもなけりゃぶっ殺すぞ!」
「行かせるか、裏切り者の馬鹿共が!」
「力尽で押し通ーる! 涼周様の道を作るんだ!」
「死力を尽くして阻め! カイヨーの飛刀兵を魏儒様に近寄らせるな!」
半時と掛からず、両軍入り乱れの大混戦に発展。互いの主の為に激しく刃を交えていた。
「阻む者、全て切る!」
「よぉーし! 抜けたぞぉー!」
然しその中を、楽瑜と彼に続く涼周本隊は強引に突破。遂に魏儒本陣へ迫った。
「敵が……!? 魏儒様! 直ちにお逃げ下さい!」
「えっ!? 魏儒様……一体何を……! 敵は我等に任せて、早くお逃げを!」
「よい。闘将・楽瑜に迫られれば、誰であろうと逃げる事は叶わん」
大天幕まで迫った楽瑜に対し、魏儒は毅然と迎え討つ。
馬に跨がり剣を持ち、側近の進言を阻んでまで現れた。
彼は勇将然とした佇まいと、若干の睨みを利かした目、それに鳶色の髪と、盾をあしらった小さな銀の耳飾りが特徴的な青年将軍だった。
「魏儒殿、単刀直入に申す。汝等の敗北は、もはや覆らぬ。故に降られよ」
涼周に頼まれずとも、魏儒の才能を惜しむ楽瑜は彼に投降を勧めたであろう。それ程に魏儒の評価は高く、今の世に、強いて言えば涼周に必要な存在であった。
だが、魏儒にも降れない理由があった。
彼は楽瑜の頼みとも言える降伏勧告を、依然として毅然な態度で切り返す。
「楽瑜殿なら知っているであろう。私が剣合国軍に屈する事ができない理由を」
「剣合国軍ではない。涼周殿に降られよ」
「同じだ。涼周とは剣合国を統べる者の子。その者に降る事は剣合国に降るも同じ」
「涼周殿は剣合国軍にあって剣合国軍に非ず。ただナイト殿の御子にして、ナイツ殿の弟なり。軍閥意識をないものと見て、よく考えられたし」
涼周とは、剣合国軍の涼周に非ず。あくまでもナイトやキャンディの子供であり、ナイツの弟。剣合国に属していながら属しておらず、ナイト一家に属しているに過ぎないのだ。
「…………言いたい事は分かる。だが、それでも私は屈する訳にはいかん」
魏儒は声音を強め、楽瑜の背後に控える涼周にも届く声量を以て、己の境遇を語り出す。
「私の家は……祖父は、剣合国に従属を強いられた小国を統べる者だった!」
ここにも、かつての剣合国が憎しみを植え付け、育んでしまった敵がいた。
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