164 / 448
第二次カイヨー解放戦
強さの所以
しおりを挟む魏儒隊と涼周軍が交戦状態にある一方、ナイト本軍は大急ぎで出陣準備に移っていた。
「急げ皆! 茶漬け食ってる場合なんかじゃねぇぞ!」
「茶漬け食ってるのはナイト様だけです!」
「ナイト様、ちょっと落ち着いて下さい! 剣、剣! 剣忘れてますって!」
特にナイト本隊は大慌て。寝巻きの状態で出陣しようとする大将や、剣の代わりに茶碗を持って馬に乗ろうとする大殿や、急ぐあまりに一人で出陣しかけた筋肉父さんや、槍丁を安楽武と間違えてしまうナイトまで、色とりどり様々な漢が動揺していた。
「メイセイ隊、出るぞ!」
「亜土雷隊、出陣する」
真っ先に出撃したのはメイセイと亜土雷の二部隊。メイセイはシセン隊へ突撃し、亜土雷はトーチュー騎軍の牽制に向かう。
「よぉーし! 剣合国軍全軍、出陣だ! 涼周と挟撃して敵を討ち果たせ!!」
「おおおっ!!」
ナイト、安楽武、槍丁、槍秀、亜土炎、ナイツ、韓任の諸隊は遅れて一斉に出陣する。
何だかんだと動転していたナイトだが、ちゃっかりと出陣準備だけはこなしており、寧ろ彼のアホ慌てっぷりを見た兵達に心の余裕を生じさせていた。
「韓任! 前衛は頼んだ! 俺は楽瑜の方へ向かう!」
「……くれぐれも無理なさらぬ様に!」
ナイツは韓任に千五百騎を預け、自身は残る五百騎を率いて楽瑜の加勢に駆け付ける。
昨夜の負傷で戦う事はできずとも、彼は騎兵を統率して戦局を動かす事を考えた。
「楽瑜! 加勢に来た! 手が欲しい所があれば俺達が当たる!」
「ナイツ殿の迅速な対応、真、感謝いたす。……なればナイツ殿は涼周殿の西に回り、新手の来襲に備えられたし!」
楽瑜は遠目にもナイツの負傷を見抜き、彼を遊撃部隊として活用。涼周本隊の西側に攻め込む可能性があるトーチュー騎軍を警戒させる。
「あっ……にぃに居る! にぃににぃに! 涼周ここ、にぃにそこ!」
迂回して西へ向かうナイツ隊を見付けた涼周は、大きく手を振って笑顔を向けた。
それに気付いたナイツも手を振り返し、兄として頼もしい姿を示そうとする。
「おう涼周、守りは俺達に任せと――」
「見たか!? 俺に向かって手を振ってくれたぞ!」
「馬鹿言うな! 涼周様は俺に対して笑みを見せたんだ!」
「お前には手を、お前には笑みを、そして俺は手と笑顔を同時に受けた! 我こそが涼周様に愛された、運命の戦士なのだ! 誉めよ称えよっ!」
然し、ナイツの周囲を守る輝士兵、カイヨー兵が彼の言動を然り気無く妨害。兄を差し置いて、やんややんや、やーやーやーと勝手に盛り上がる。
「お・ま・え・ら・なぁー!」
涼周までの視界を完全に遮られたナイツは怒り、動かせない筈の右腕まで駆使して部下達の頭を退かしていく。
それを見る涼周、ただひたすら笑う。
(うっわ……俺達の新しい大将は、色々と恐ろしいな……)
涼周の護衛を任されている元承土軍兵は、戦場でも楽しそうにする様子と、人の心を簡単に動かしてしまう涼周を内心恐れたという。
話は戻り、ナイト本軍 対 承土・トーチュー連合軍。
ナイトとメイセイは昨日と同じく鉉彰とシセンに当たり、亜土雷、亜土炎、槍丁、槍秀がトーチュー騎軍を抑える。安楽武は荀擲と交戦し、韓任は銹達と再度刃を交えた。
その中で最も熾烈な戦いとなったのは、ナイトと鉉彰の戦場であった。
トーチュー騎軍はやはりと言うか戦意に乏しく、荀擲とシセンは昨夜の被害が災いして派手に立ち回れず、魏儒は徹底的な守勢に陥った為、必然的に両軍の大将戦が加熱したのだ。
そして鉉彰は韓任と渡り合うだけあって、相当の実力を有していた。
彼はナイトを相手に果敢に攻め、戦局の好転を望んで刃を振るう。
「こ……これは何と……!」
「まさか……あの鉉彰様が……!?」
一騎討ちの場を囲う両軍の兵達が、戦いを忘れる程に銀色の火花を散らすナイトと鉉彰。
鉉彰の矛がナイトの反撃を許さず、一方的な攻勢にあるかと思えた。
「ぐっはぁ!?」
「我等が鉉彰様が、一方的にやられている!?」
然し、ナイトは鉉彰の強さを上回っていた。
彼の手にはジオ・ゼアイ一族の当主を示す魔法大剣・王道が握られており、鉉彰の攻撃を正面から受け止めるだけでなく、絶妙な剣捌きを以て軽くいなしていた。
「ちっ! 散々にやってくれるな……ジオ・ゼアイ・ナイト……! ……ったく、樹海戦の雪辱を果たそうとしてたってのに……決まらねぇな、中々と」
「おぅ、俺も樹海戦の借りを返そうとしてた。あの時はよくもまぁ、俺の仲間や息子達を苦しめてくれたもんだ」
馬ごと吹き飛ばされた先で呟く鉉彰に、ナイトも同様の事を言い返す。
宣戦布告もせずに好き勝手してくれた承土軍に、トーチュー騎軍との友好関係を崩してくれた彼等に、ナイトは少なからず怒りを抱いていた。
「お前達は確かに強い。だがその強さは、本当の強さではないのだ」
間合いを縮めんとする鉉彰へ、言葉を投げ掛けるナイト。
対する鉉彰はそれが何だと言わんばかりに軽く流し、馬の腹を蹴って再び切り掛かる。
「強さがどうだの、知らねぇよ! 結局は勝った者勝ちだろうが!」
鉉彰は振り上げた矛に大量の魔力を込め、頭上に巨大な刃を顕現。一気に振り下ろし、ナイトごと周囲の剣合国軍兵を蹴散らそうとした。
「これは防げねぇし、避けれねぇぞ! 死ね、ジオ・ゼアイ・ナイト!」
土属性の魔力をふんだんに帯びた矛の一撃は、強大な地鳴りとともにナイトを頭上から圧死させんとする。防げばナイトが砕け、避けても無傷では済まされない。正に鉉彰自慢の、最大の一撃といえるだろう。
「……ふっはは、えらく軽いな。これなら俺が防がずとも、兵達だけでも事足りる」
「!?」
だが、それでもナイトと王道の力は、鉉彰の上を行く。
ナイトは左手で王道の腹を支えつつ、振り下ろされた魔力の巨大刃を頭上で防ぎ止めた。
無駄な魔力爆発を生じさせる事もなく、持ち主たるナイトは至って平然と王道の刀身から片目を覗かせてほくそ笑む。
「……お前達の強さは支配する者の強さだ。この乱世ならばそれも正しかろうが……俺はそうして得られた力など、一切認めはしない!」
そして右手のみで王道を振り起こし、鉉彰の魔力を霧散させて顕現された刃を打ち消す同時に、旋風を巻き起こす。
鉉彰は再び距離を離され、己の力が通じなかった事に動揺の色を隠しきれなかった。
「……まるでお前が、本当の強さを知っているみたいな口振りだな。気に喰わねぇ」
「知っているみたいではない。知っている。お前には、教えても無駄だろうがな」
「無駄だろ。さっきも言ったが、要は勝った者勝ちなんだから……よっ!」
飛ばされた先に居た部下より奪った矛を左手に、自らの得物を右手に、鉉彰は再度突進。
今度は左手の矛を先行してナイトの馬脚へ向けて投げ、ナイトが地面に王道を突き刺す形で弾き返した隙に、本命の右手の矛を振りかざす。
「殺す前に教えてやろう」
「んなっ!?」
だが首を狙われた危機を前に、ナイトの気配が豹変。鉉彰を一瞬だけ気圧させた。
その一瞬がナイトにとって充分な反撃時間であり、鉉彰にとって僅かな逃亡時間だった。
馬の前方に突き刺した王道を即座に逆手持ちへ握り直し、抜き取り様に高く持ち上げる。
王道の柄先が鉉彰の刃先をピンポイントで防ぎ止め、逆に鉉彰へ衝撃を跳ね返す。
鉉彰の矛は弾かれ、彼は盛大に仰け反った。一閃の刃を叩き込むには充分過ぎる隙であり、ナイトがこれを見逃す筈もなかった。
彼は手首を捻ると同時に王道を手離し、宙で半回転した所で本来の持ち方に握り直す。
「真の強さとは、守るべき存在を守る為にある。覚えておけ」
弾かれた一瞬後の刹那、鉉彰は心へ直接話し掛けられた様な感覚をとても長く感じた。
「ぐっ……!? がはっ!?」
次の瞬間には天へ向かって突き上げられた状態の王道が振り下ろされ、鉉彰が咄嗟に顕現させた魔障壁を空気の如く無抵抗に切り捨てた。
「そして俺は大将以前に皆の仲間であり、皆の父たらねばならん。お前なんぞに敗れては、俺は今までに死んでいった仲間や息子達に会わす顔がない。故に、俺は負けられんのだ」
抱えるものが違い、守るべき存在も知っているナイトが、鉉彰を切れない理由はない。
彼は垂直に一刀両断した鉉彰を一瞥し、自らの強さの所以を、身を以て味わわせたのだ。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説


【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。



[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる