大戦乱記

バッファローウォーズ

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第二次カイヨー解放戦

散りし光に手向ける花

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 飛蓮が背中に帯びていた哀愁は完全に消え失せ、彼女は背後に現れた楽瑜と稔寧、そして肩車された涼周へと向き直る。

「ちょっと! 君の方がヤバいじゃんか!?」

 そこで彼女は気付いた。合成魔弾発射に続く広範囲の黒霧顕現を行った涼周が、魔力の使い過ぎで息切れを起こし、とても苦しそうに顔を歪めている事を。

「……はっ……はぁ…………ねぇ飛蓮……闇色の声、どこ?」

「え? ……声が何処って、一体何の事?」

 元から白い肌に蒼色まで混ざっている涼周が、心配して駆け寄って来た飛蓮に問う。

「城のいずこかから、涼周殿が入った時より助けを求める声が聞こえているそうだ」

「闇の声は涼周様と同じ、闇属性の魔力を持つ、方の声かと。飛蓮様、この城で戦以外に、人が苦しむような場所、心当たりはありませんか?」

 楽瑜と稔寧の補足を聞いて、何となく状況を理解した飛蓮。
涼周の額の汗を拭う手を止め、城内施設を粗方思い起こしていく。

「苦しむような場所…………もしかして、座敷牢の事かも」

「その座敷牢はいずこに?」

「三の丸。門を入って西に行った先の林の中。楽瑜、涼周殿を背負って付いてきて!」

 飛蓮と楽瑜は登ってきた山道を返し、山城外周部に該当する三の丸までひた駆けた。

「ねぇ、闇色の声ってまさか兄さんのもの?」

 楽瑜の後頭部に抱き付いている涼周は大分落ち着いていた。
飛蓮は全力で走りながら声だけを涼周に向けて、可能性のある存在の事かと尋ねた。

「……飛昭、違う。……違うけど……一度、飛蓮の事呼んだ」

「私の名前を? ……その声はまだ聞こえる?」

 涼周は気まずそうに眉を寄せ、目を細めて彼女の問いに答える。

「さっき。……凄く…………弱かった……もう、無理そう」

「……急いだ方が良い。飛蓮殿、座敷牢は林の中と言われたな。門を西に進んだ場所の中で、迷う様な所はあるか?」

「西側は木が多くて初めての人は絶対に迷…………侶喧!」

 楽瑜が大体の道を聞いて先駆けようとした時、城門付近に侶喧の姿が視認できた。
侶喧は駆け下ってくる飛蓮の声を耳に入れ、部下とともに彼女達の方向へ顔を向ける。

「今すぐ座敷牢へ向かって全力疾走! 楽瑜と涼周殿を案内してあげて! 楽瑜に追い付かれたら飛刀投げてお尻の穴五つにするからね! ほら走った走った!」

「えっえぇ!? はい只今!」

 右太腿に固定された短刀入れから四本同時に取り出して脅す飛蓮の魔力声に、侶喧は本能的な恐怖を感じて一心不乱に走り出した。

「楽瑜。侶喧に続いて全力疾走して。私も後から追い付く」

「承ったぁ!」

 二百メートル先に良い案内人を得た楽瑜はドスドスドスドス! と爆走を開始。一生懸命に走る侶喧を追い立て、本能的な恐怖を更に増幅させてしまう。

「がっ……楽瑜殿!? うおぉ、来たぁーー!!」

 御歳五十五歳の初老に相応しい貫禄と余裕を持つ侶喧が、百戦錬磨の筋肉将軍に追い掛けられる図。真、漢の友情は美しいと息を呑む光景ではないだろうか。
ただ惜しむらくは、ここが山中の戦場であり、夕日・砂浜・青海の美しい浜辺でない事だ。

「楽瑜殿あそこっ! あそこが座敷牢です! あれあれあれあれ!!」

 数分間走った頃、息を上げまくる侶喧は数メートルの所まで楽瑜の接近を許していた。
それでも彼は走り抜き、座敷牢がある林を全力で指し示す。

「真感謝致す!」

 楽瑜はそこで侶喧を追い抜き、座敷牢がある小屋の扉を蹴破った。

「ぬっ!?」

「……ぁっ!」

 小屋に踏み行った楽瑜と涼周が同時に声を漏らし、奥に佇む数人の承土軍兵を睨み付ける。
その足下には、護衛対象を守って全身を切り刻まれた末に絶命した四人の虜兵と、虫の息で仰向けに倒れている一人の青年の姿があった。

「ちっ……! 敵が来やがったか!」

「ひぃっ! 楽瑜だ……逃げろ!」

 八人居た承土軍兵は楽瑜の正体に気付き、小屋の裏口へ回ってさっさと逃げてしまう。
雑兵を追っても仕方ないと、楽瑜は彼等を無視して青年へと駆け寄った。

「…………助けに来るのが遅くなり、真、申し訳ない」

 青年の傷は、深過ぎた。血溜まりも一面に広がっており、まだ息をしている事が奇跡と思える程だった。

 藍色の髪をした青年は残りの力を振り絞り、涼周と楽瑜に問い掛ける。

「……貴方……がたは……?」

 呼吸さえままならない青年の発する声は僅かな魔力の残り香を放ち、風雨の屋外へ出した燭台上の蝋燭の火の様に、いとも簡単に吹き消えそうな程に弱かった。

「我等は――」

「涼周殿! 楽瑜! 誰か居た……」

 楽瑜が名乗る寸前、飛蓮と侶喧が遅れて駆け付ける。
二人がこの場の状況を理解するのに、それほど時間は掛からなかった。

「甘尹殿っ!?」

 涼周と楽瑜が看取っている青年の傍へ、飛蓮は飛び込んだ。
血相を変え、先程まで見せていた元気が嘘と思える程に悲痛な表情を浮かべ、仰向けに倒れる青年・甘尹の血溜まりに体を濡らし、彼を抱き起こす。

「……蓮殿……こんな……形で再開する事……すみま……」

「馬鹿! いいって! そんな事は……いいから……! ……なんで……なんで、貴方がこんな目にっ!」

 目に大粒の涙を浮かべ、何時になく感情的に大声を放つ飛蓮。
何度も顔を合わせ、時には城へ遊びに来た子供達とも一緒に遊んだ存在。面倒見が良くて優しい所が好きだと、大勢の前で恥ずかし気もなく語ってくれた婚約者。政略結婚なんて関係ない程に将来を誓いあった……最愛の男性が、命の灯を消されようとしていた。

「なんで……なんでよ! なんで寄りによって貴方が死ぬの! そんなの……絶対に嫌!!」

「…………すみま……せん……」

 甘尹の胸に顔を埋めて泣きじゃくる飛蓮の頭を、彼は何とか撫でてあげる。

「魔銃全開!」

 楽瑜の肩から降りた涼周が、突如として魔銃を構えた。魔銃の変形後に舞うシラウメの花びらに、甘尹を助けてもらおうと考えたのだ。

 然し、涼周本人に魔銃を変形させる魔力残量はなく、魔銃自体も本来の用途とは違う要求に困り、且つ今の状況は全力を出す条件に該当していない。
持ち主の想いに応えたくとも、魔銃は沈黙を貫くしかなかった。

「魔銃全開! 全開っ!」

 だが涼周は、魔銃を無理にでも起動させようと魔力を込める。
それを制止するのは楽瑜だった。彼は魔銃を握る涼周の両手に自らの大きな右手を添え、魔銃から涼周の右手をゆっくりと離れさせる。

「……涼周殿、止められよ。それ以上魔力を失えば、汝までも死ぬ」

「でも……! でもっ!」

 仲間の想い人を助けたい。純粋なその想いが涼周に無理をさせようとするが、忠誠を誓う者として楽瑜も譲る事はできない。

 何より、見る者の眼から見れば、甘尹はもう手遅れだった。

「……貴方が…………涼周殿。……殷諞殿から……話は聞いて……ます」

 ゆっくりと視線を変えた甘尹が、涼周へと囁いた。

「……貴方の優し……さだけで、充分。……ただ、代わりに……」

 彼は首に掛けた御守りを手に取る。それは馬の毛を朱色の帯で括った、上品ながらもどこか雄々しい物だった。

「これを、兄上に……。そして……皆を……! ……トーチュー……を、解放して……」

 彼の目に色が消え、声も息を吐くに等しくなった。恐らく感覚すらもないだろう。
甘尹はもう助けられない。その事実を理解した涼周は魔銃を収め、御守りを握る彼の右手の上へ、自らの右手をそっと添える。

「ん、約束する。絶対トーチュー助ける!」

 助けられなかった代わりに、彼の頼みを快諾する。それが今できる、涼周なりの最大の手向けだった。

「……あり……がと……ぅ……」

 甘尹は安堵の笑みをこぼし、最期に涼周と出会えた天命に感謝する。
己の想いを皆に伝える事ができる。それだけでも充分嬉しかったのだ。

 だが、彼にはもっと嬉しいことがある。

「……蓮……殿…………私は……どんな……貴女でも……好き、です…………でも……!」

 全ての感覚がなくなったにも拘わらず、彼の目や口は、しっかりと飛蓮を捉えていた。

 飛蓮も甘尹の目を見詰め、口を震わせ、涼周の手ごと彼の手をがっしりと掴みながら、一言一言を胸の奥に刻む様に聞き入れる。

 そして甘尹は最期の、本当に最期の力を振り絞り、飛蓮への想いを強く語った。

「花を咲かす、貴女が、一番好きだ……!!」

「っ……!? ば……馬鹿ぁ……!」

 本当に、この男は恥ずかし気もなくスラスラと語る。あどけない顔色を残しつつも、強き信念を持った様な真っ直ぐな瞳で、想い人の心を簡単に支配してしまう。

 飛蓮は一気に赤面するものの、涙でぐちゃぐちゃになった顔を改めて、彼が好きだと言った笑顔を無理矢理でも浮かべて見せた。

「……だいす……き……です……れん……ど……の。………………」

「甘尹殿……甘尹殿……!? 嫌だ……嫌だよ! 逝かないで! 私を一人にしないで!!」

 甘尹は飛蓮の中で、微笑みながら息を引き取った。
家族や民に続き、飛蓮の大切な存在がまた一人、承土軍の手によって命を落としたのだ。
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