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第二次カイヨー解放戦
安楽武の思惑
しおりを挟む安楽武隊五千の参戦で、剣合国軍は一気に優勢となった。
取り分け安楽武本人はシセン隊の背後を猛烈に攻め、彼の側近達は指示を待つ事なく西側から現れる魏儒兵の迎撃に当たる。
将兵共に、安楽武隊は圧倒的な質の高さを誇っていた。
「シセン将軍! 背後から敵軍師・安楽武が迫っております!」
「あっらぁー!? 出撃したのは味方じゃなかったのか!? なら仕方ない、相手しといてくれ!」
部下の報告を背中で聞いたシセンは、別段恐れる事がなかった。
前線へ現れる敵将にしか興味のない彼女にとって、普段から後方に居る安楽武は意気地無しと同義。しかも軍師と言われたのが悪かった。彼女の頭には軍師は弱く細い存在なのだ。
「あっ! シセン様! お逃げ――ぐだっ!?」
だがその弱く細い筈の存在が、シセン兵を音も立てずに切り伏せながら彼女に迫る。
「だっはぁ!」
然し、シセンには武の実力が充分にあった。
彼女はメイセイと相対しつつ、安楽武へ背を向けたまま矛を後ろに突き出したのだ。
「!?」
安楽武は下から切り上げようとした曲刀の刀身を即座に顔の前へと移し、シセンの右肩上から繰り出された矛の一撃を防ぎ止める。
「おぉ、やるー。今のを止めやがっ……おらよっと!」
安楽武を大きく弾き飛ばし、彼が只の軍師ではないと感心するのも束の間、次は正面に構えるメイセイの一太刀に曝されたシセン。
だが彼女の矛は突き出した状態から瞬速で振り下ろされ、メイセイの大剣を容易く防ぐ。
「俺を横取りされそうになったからって、良い歳して怒んなよ」
「……ちぃ!」
本当に武力に特化した女だと、メイセイは苛立ちを露に舌打ちした。
「軍師! こいつの相手は俺がする! お前はこいつの部隊を片っ端から潰して回れ!」
魔力を使えない安楽武では、彼が如何に優れた剣士だろうとシセン相手では分が悪い。
下手に死なれては困ると見たメイセイは安楽武にシセン配下を殺しに行くよう伝えた。
シセンと実際に刃を交えた本人も、彼女の実力を思い知った事で自重を決め、魔力を扱える猛将の相手は、同じ存在に任せる事とした。
「へっ、怖じ気付いたか。まあいいさ。……さぁ来いよ嫉妬のメイセイ! 続きをやるぞ!」
「ふん……いい加減貴様の相手も飽きてきた。そろそろ討ち取ってくれる」
「くくっ! できると良いな!」
豪快な大剣の攻撃と豪快な矛の攻撃が再び繰り返される。
互いの魔力が大きな音を立てて激突し、生じた衝撃波が近くの兵を吹き飛ばす。
完璧脳筋のシセンと脳筋に近いメイセイ。何だかんだ言って似た者同士の両将は、この後も暫くの間、互角の勝負を演じ続ける事になる。
一方でシセン配下の将兵達も、魏儒の指示を基に奮戦。安楽武の猛攻を前に、派遣された魏儒兵とよく連携して抗っていた。
(……聖守将・魏儒……少々甘く見すぎましたか。彼が用兵に秀でている事は理解していましたが、まさか若君を苦しめる程だったとは……危うく取り返しがつかなくなる所でした。……猛女と名高いシセンも、討つに易い只の馬鹿力女だと思っていましたが、メイセイ殿と渡り合うだけあって大したもの)
魏儒に武力は乏しく、シセンに知恵はない。
然し、魏儒の幕下には銹達を始めとした知勇に長けた将校が多々おり、決して人無しとは言えず、鍛えられた精鋭も侮りがたい。
シセンに至っても、知恵はなくとも妙な素直さがあり、それが好影響を及ぼして魏儒による代理の部隊統率が上手くいっていた。単に知力が低すぎて操られているとも言えるが。
(両者とも承土軍内にあって中々良い評価故に、殿の眼鏡に適う人物やもと思っていましたが……これ程までに殺る様では、寧ろ今の内に討つべきかもしれませんね)
安楽武は魏儒とシセンの存在が剣合国軍にとって後々の災いになると危惧。折りを見て二人を討ち取るべきだと考えを改めた。
そこから彼の部隊は押しに押した。
安楽武本人が指揮と戦闘を同時に行い、集と剛を兼ねる事で戦線をより優勢に導く。
「周囲の敵は粗方々付いた。今から安楽武隊に続いて魏儒本隊を攻める! 警戒を厳としろ!」
「ははぁっ!!」
この攻勢にナイツ隊も便乗。韓任隊から身を退き、後退して魏儒本隊の南側を固めた銹達隊を次の標的と定めて進撃を開始した。
「ナイツと韓任だ! 奴等は先程と違って我等を討つ算段で来ている! 皆、心して掛かれ!」
「委細承知!!」
ナイツ騎馬隊二千三百に対する銹達隊四千七百。
周囲の兵を束ねた上で魏儒から予備兵を回されている為に、その戦力は増強されていた。
だが彼等を倒しさえすれば、魏儒の許までを阻む有力な敵は居なくなる。
ナイツにとってはここが正念場、魏儒にとっては最後の砦であった。
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