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人の想い、絆の芽生え
楽瑜隊の想い
しおりを挟むカイヨー東河岸
遜康南東の勝利に乗じた輝士隊・涼周連合軍は、大破した東外殻戦艦と別れて進軍。
上陸地点たるカイヨーの河港へと迫っていた。
河港一帯を守る承土軍の将は殷撰。彼は自身の直下兵四千に加え、承土軍兵三千、そしてタータイクの残兵一万三千の計二万を率いていた。
「布陣からすれば、殷撰の船団を俺達が、油郡艦隊を涼周軍が相手にする事になる。……フォンガンの艦隊は、まだ来ていないか?」
「はい。フォンガン様の艦隊は未だ後方にございます。合流まで二刻以上はかかるかと」
輝士隊一万が殷撰隊七千を相手にするのは問題ない。だが水上戦に不馴れな涼周軍一万五千が、ほぼ同数のタータイク残兵部隊を相手にするのは厳しい。
だからと言ってフォンガンを待っていれば、水路奇襲によるカイヨー侵入が大幅に遅れ、承土軍に対応の時を与えてしまう。
ナイツは涼周軍の先陣を務める飛蓮にこう伝令を送った。
殷撰隊を撃破するまで、涼周軍は守りに徹して油郡水軍を抑えてほしい……と。
飛蓮は直ちに了解の意思を示す光信号を送り返し、ナイツの考えを自部隊の戦艦にも伝える。
補助官を付けてはいるが、彼女もこれぐらいのやり取りならば迅速にこなせる程になった。
「よし、では韓任隊とメスナ隊を前進させろ!」
ナイツの指示が届き、河港制圧戦の先陣は韓任とメスナが司る事となった。
両部隊は砲撃に耐えられる重装甲の突撃艦四隻を先頭に押し進む。
「中型艦四隻、小型艦二十隻を前面に出せ。突撃艦の両舷に貼り付いて内部を侵入し、艦内を撹乱して足を止めよ」
対する殷撰は直下の船団と承土軍艦を半々に出し、メスナ隊二千へは殷撰兵一千、韓任隊三千へは承土軍兵一千が迎撃に当たる。
「こっちも小型艦を出して! 突撃艦を援護するの!」
「小舟が集まって来たか。甲板へ登ってきた敵兵は遠慮なく突き落とせ!」
メスナは後方の旗艦から援護射撃を行い、同時に小隊ごとを細かく指揮する。
韓任は自らが突撃艦の片方に搭乗し、乗り込んでくる承土軍兵を逆に討ち取っていく。
二人の戦法は功を奏しており、突撃艦は敵の砲撃を受けながらも速度を緩める事なく前進。
やがて殷撰隊の前衛艦に正面から接触。鋭利かつ強靭な衝角が敵の船体を貫き、破孔を作る。
「ぐぬっ……!? 怯むな、全速前進を続けろ! このまま敵の艦隊を乱すのだ!」
韓任は衝突による振動の中にあっても、矛を振るって敵兵を薙ぎ払い、味方を鼓舞して更なる突撃を命じる。
苛烈な攻めの姿勢に応える様に、突撃艦は最大出力を以て敵中型艦を押していく。
他の突撃艦も敵艦への衝突へ成功。殷撰隊の前衛に楔を打ち付けた。
「第二陣を繰り出し、突撃艦へ戦力を集中させよ。油郡艦隊も半分を突撃させ、縦に伸びた敵艦隊の前後を分断させるのだ」
殷撰は状況を打破する為に、タータイクの残兵部隊の半分を動員。連合軍艦隊の中央を突破しようと、流れに逆らって猛進させる。
「来たよみんな! さっきの生き残りだからって、油断しちゃ駄目だかんね!」
それを迎撃するのは涼周軍先方を務める飛蓮隊七千。
元々油郡艦隊への抑えを頼まれていた彼女の部隊は、敵の動きを察知次第、速やかな迎撃に移る事ができた。
ここまでは何の問題もなかった。飛蓮隊には早くも訓練の成果が表れており、悪天候の中でも迅速な情報伝達と適切な動きを見せている。
然し、実戦ともなれば話は別であった。
「飛蓮様! 前衛艦から伝令です! 「射程範囲につき砲撃の号令求む」との事!」
「えっ、もう!? 急いで前衛艦に砲撃を――あぁっ!?」
前衛部隊には輝士隊から派遣された補助官が居り、彼は砲撃の射程範囲を捉えていた。
だが旗艦に居合わせる飛蓮は、大砲の間合いを読むことに失敗。
結果、両者の間に大きな時間のロスが生じ、前衛部隊は油郡艦隊からの先制砲火を一方的に浴びる事態に陥ってしまった。
「二、三、五番艦被弾! 損害中破! 次の攻撃が来ます! 飛蓮様、ご指示を!」
「撃ち返してっ! 甲板からの一斉射撃で敵艦を――」
「この雨です! 甲板上に大砲は配備されていません! 船首砲の射撃でよいですね!?」
「あっ……うん! 船首の砲門を開いて反撃を始めさせて!」
飛蓮は初めての水上戦で、目に見えて動転していた。
半ば補助官が指示を下す形で飛蓮隊は反撃に移ろうとするが、油郡艦隊は初撃で船首に搭載されている大砲を狙っており、中破した三隻は側面の砲門しか生きていなかった。
故に、飛蓮から下された砲撃号令に応えたのは前衛五隻の内の二隻だけ。
飛蓮隊はその事実確認にも手間取り、そうこうしている間にも残りの二隻の船首砲は封じられ、前衛の損害は大きくなる。
更に、油郡艦隊は方向転換して側面を飛蓮隊へと向け、戦艦に於いて最も攻撃力の期待できる側射砲撃を開始。飛蓮隊前衛を容赦なく攻め立てた。
「前衛部隊、損害大破! 二、三番艦操舵不能! 全艦が救援を求めています! 飛蓮様、ご指示を!」
「ま……待って……! …………どうしよう……前衛を引かせる、このまま突っ込む……それとも……」
拡大する被害と悪化する戦況、それに味方から求められる改善指示や救援依頼。
それら全てが飛蓮にとっては初めてであり、彼女の混乱は拍車が掛かってしまう。
(ど……どうすれば……兄さん……どうすればいい!?)
初動の判断を誤り、自分の力量不足が甚大な被害を生み、兄から託された同胞達が傷付き倒れていく。そんな様を見て飛蓮は冷静でいられなくなり、自責の念に脳も体も支配され、終いには補助官の言葉さえ耳に入らなくなってしまう。
(みんな……ごめん……! 私じゃ、どうすればいいか……分からない!)
こうしている間にも前衛の仲間は助けを求めて叫び、若しくは重症を負って気を狂わせ、無惨にも一方的に撃たれ続けている。
油郡艦隊は先の戦で受けた被害のお返しとばかりに、情け容赦のない砲弾の雨を降らせ、反撃のできない飛蓮隊を笑ってさえいる。
戦況は刻一刻と悪化の一途を辿り、実害は第二陣にまで及びだした。
(ちくしょう! ちくしょうちくしょうっ!!)
この苦境に耐える精神、戦況を挽回する知恵と経験、周囲の者達との連携能力が、今の飛蓮にはなく、彼女は巻き返せない戦況と増える死傷者を前に、歯ぎしりして涙するしかなかった。
「はああああぁぁぁーー!!」
「飛蓮達をいじめるなぁーー!!」
だがそんな時、天を揺るがす二つの咆哮が飛蓮隊の中に響き渡った。
一つは正に夜空から轟き、もう一つは旗艦の右側へ突如として現れた大型艦から。
「稔寧! 汝は右半分を! 我は左半分を受け持つ!」
前者の声は空を滑空して現れた楽瑜のもの。彼は稔寧を前衛右方の二番艦へ降ろした後、再び夜空を滑空して自身は左方の四番艦へと降り立った。
……何故空を飛べるのかって? 気合いだ気合い! フォンガンだってそう言っている!
そして楽瑜が魔力を込めた気合いの覇気で、敵の砲弾を空中爆破。稔寧が広範囲の魔障壁を顕現させて砲撃を防ぎきる。
「うおさぁっ! 楽瑜将軍と稔寧副将に遅れを取るな! 全艦、とーつ撃ー!」
「はいさぁっ! 全速力だ! 敵艦に突っ込めぇ!」
更には後続である筈の楽瑜隊二千、大型艦一隻に中型艦二隻も飛蓮隊の救援に現れ、油郡艦隊の正面に砲撃を仕掛けながら凄まじい勢いをもとに突撃を敢行する。
「あっ……あれは……! 元承土軍兵の部隊だぞ……! 何であいつらが俺達を……!」
前衛艦に搭乗している一人のカイヨー兵が物陰から姿を現し、援軍の正体を口走るや、身を隠していた他のカイヨー兵達も続々と姿を見せた。
彼等の純粋な疑問の声は離れている楽瑜隊にも自ずと伝わり、元承土軍兵は大声で返す。
「カイヨー兵ども、俺達を見くびんじゃねぇ! 元承土軍だろうが、俺達だって男だ! 当然覚悟は決めるし、命を預ける主君だってちゃんと決めた上で戦に臨む!」
「それに俺達は承土軍中央の正規部隊所属だ! 東部の糞野郎どもと一緒にすんじゃねぇよ!」
「お前等はそうかもだけどな! 俺達は別にお前等を嫌ってる訳じゃねえぞ!」
元承土軍兵。カイヨー人の中にはその単語だけで忌み嫌う者も大勢いる。
だが承土軍中央の統率の取れた部隊に、カイヨー人が本当の意味で嫌う様な者は多くない。
カイヨーの惨劇を引き起こした承土軍東部兵団。楽瑜が見切りを付け、実のところ衡裔軍や承土本軍からも嫌われている彼の兵団の大多数こそが、真に嫌うべき者達なのだ。
元承土軍だからと言って一括りにされるのは、楽瑜隊所属の兵達にとって極めて心外であり、涼周を主と認めた彼等の心を逆撫でするものだった。
楽瑜隊の兵達は、このやり場のない怒りを爆発させ、かつての味方にも遠慮なく攻撃する。
そして兵が兵ならば、当然ながら将も将だ。
「飛蓮殿! 今の内に態勢を立て直すべし! 前衛部隊の守備は我と稔寧が受け持つ故、汝は艦隊を左右に展開させ、前衛部隊を迂回して敵の両翼を攻められよ! そして……汝、一人に非ず!!」
楽瑜の叱咤激励が、飛蓮の心に大きく響く。
彼女はハッとして目を覚まし、ありがた迷惑と言おうとして、その言葉が出なかった。
「っう……!? ……こぉんの…………えぇい! 言われなくても分かってる! 少しの間だけ耐えて!!」
飛蓮隊は楽瑜の進言に従い、直ちに艦隊を展開。操舵不能状態の前衛部隊を避けて通り、油郡艦隊の両翼へと迫る。
「ぅん! 楽瑜、飛蓮助けたっ! 仲間見捨てず助けたっ!」
飛蓮の旗艦に乗り移った涼周が、先程まで乗っていた本艦と、それに続く涼周軍本隊も便乗。一致団結して油郡艦隊への反撃に転じる!
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