大戦乱記

バッファローウォーズ

文字の大きさ
上 下
146 / 448
人の想い、絆の芽生え

突喊! 紅蓮の鬼将・フォンガン

しおりを挟む


 フォンガン隊の奇襲突撃は猛烈を極めた。
彼は並外れた直感を駆使して味方戦艦に指示を出し、大雑把ながらも大損害を避ける水軍指揮を披露。着実に油郡艦隊の壁を喰い破っていく。

 油郡艦隊を率いる老将・タータイクは、フォンガンの強引な戦法に舌を巻いた。
長年水上で戦い続けたが、こんな狂攻姿勢は初めてだったのだ。

 将が浮き足立てば、兵も然り。
承土軍兵は戦々恐々の様を以て、不充分が過ぎる報告をもたらしに来る。

「艦長! フォンガンが……フォンガンが遂に……!」

 艦隊の中を割り込んで猛進するフォンガンの旗艦は、遂にタータイクの許まで迫った。

「だありゃーー!!」

 そしてフォンガンは、接舷を待たずして自身の旗艦から飛び立った。
旗艦同士の距離は約百メートルはあろうか。とても馬の高跳びで越えられる距離ではない。

 だがフォンガンと彼の愛馬はそれをこなす。一切の躊躇いも恐れも抱かず、当たり前の様に慣れた手綱捌きと疾走で、自艦の甲板から敵艦の甲板へと飛び移った。

「ひぃぃ! フォ……フォンガンが、フォンガンが来たぞー!」

「あり得ねぇ! あの距離を……飛び越えやがった!」

 予想外に次ぐ予想外はタータイクの旗艦を、強いて言えば油郡艦隊全体を混乱の渦に陥れた。
全軍の司令塔は完全に麻痺。艦隊中央から後方の承土軍戦艦は具体的な指示も仰げず、フォンガンが残した指示に従う剣合国軍艦隊によって各個撃破されていく。

「さぁーて承土軍の藻屑ども、覚悟は良いかい? まっ、悪くても首は貰うが……なぁっ!」

 極度の混乱状態にあったタータイク直下の承土軍兵は、フォンガン隊の旗艦を迎撃する事も忘れ、彼等の接舷を許してしまう。

 フォンガンは味方の後続を得るや否や、甲板上を駆け出した。
平野に比べれば極端に狭いデッキの上を、無人の荒野を駆けるが如く切り進む。

「フォンガン将軍に続けー! 敵の旗艦を制圧だぁー!」

「おうお前ら! 俺に続けー! 俺が行く先に勝利あり! 手柄を立てるもそこにありぃー!」

 上官に呼応して一気呵成に攻める剣合国軍兵の波に、上官たるフォンガンも盛大に乗る。

 フォンガンと相対する敵にとって、彼の質が悪いと思える点がそれだ。自身が盛り上げた兵達に自身が当てられ、更なる勢いを得て猛進を繰り返す。
フォンガンに戦意ある限り部下達は崩れる所を知らず、その逆もまた然り。

 油郡艦隊の旗艦は各所が瞬く間に制圧されていき、タータイクが冷静を取り戻し、組織的抵抗を見せるよりも早くに陥落必至の状態となる。

「おらぁ、川の上の翁ぁ! 何処だぁ! 隠れてないで、出てきやがれ!」

 下馬して艦内に侵入し、壁ごと切り進むフォンガン。破竹ならぬ破壁の勢いと言えるだろう。

 だが、調子にも乗ってしまった彼の大太刀が思わぬ大惨事を巻き起こす。

「ちょっ! 将軍!? そこ駄目! そ――」

「おへぇっ!?」

 側近の忠告に耳は貸したが手の動きはまた別で、フォンガンは側近に向き直ると同時に危険臭の漂う、とある部屋の壁を切り捨ててしまう。
そこは火薬庫。甲板上の大砲に砲弾を迅速に手配するべく用意された火薬庫だった。

「おおぃ、爆発したぞ。ここ火薬庫か。俺ビックリしちまったぞ」

 とてもビックリしている様子に見えないフォンガンへ、側近が堪らず叫びをあげる。

「だから言ったじゃないですか駄目だって! ちょっ、やばいです!」

 火薬はどんどん誘爆していき、側近はこの場と命の危険を訴えた。

「はーはっはっは!! 過ぎた事は仕方ねぇだろ! 逃げるぞお前ら! 旗艦も離れさせろ!」

 対するフォンガンは全く反省の色を見せず、それどころか今の状況を楽しむ節さえ感じられる。

 何だかんだ言ってフォンガン隊は無事に避難完了。タータイク直下の兵達も武器を捨てて我先に投降。降伏を良しとしない一部の者は川に飛び込むが、それらもフォンガン隊の気合いの救助で捕縛される。

「フォンガン将軍。川に落っこちたタータイクを発見! 即座に捕縛した模様!」

「よくやったぞお前ら! それと、翁に深夜の水泳は酷だろうよ。肩でも揉んでやれ」

 爆発・大破していく敵旗艦を眺め、炎上を借景に黒糖饅頭と熱々の茶を頂くフォンガンは、部下の働きとタータイクの気概を労う。

 その頃の状況は、剣合国軍艦隊が油郡艦隊の後ろ半分に圧勝。承土軍の戦艦の多くが各個撃破され、大破若しくは降伏している有り様だった。
そんな中、タータイクの指揮下から外れた前半分の艦隊は急速発進。味方を見捨てて戦場の離脱及びカイヨー部隊との合流を図った。

 当然ながら、その様はフォンガンのみならず、ナイツや涼周の視界にも収まっていた。

「……敵、仲間捨てた。助け求める仲間……無視して逃げた」

 中でも涼周は、逃げる油郡艦隊の後ろ姿に軽蔑の眼差しを向けていた。
残存艦隊の戦線離脱は、旗艦陥落前にタータイクが発した最後の指示に従った行動なのだが、戦略的思考に疎い涼周はそれを理解する事ができず、直感で最低な行動だと思ってしまった。

 一方のフォンガンは、タータイクの判断が被害を最小に抑える正しいものだと理解していた。

「このまま戦っても徒に死人を増すだけ。なら手っ取り早いこと味方と合流し、態勢を立て直すが吉ってな。……んでもって、あいつらが残ってると若君も面倒だろう。半分の戦艦は俺に続け! 奴等を追撃して若君の援護に回るぞ!」

 彼は味方の被害状況や敵の投降具合を聞き、半分の戦力を連れて追撃に移る事にした。
因みに本来の作戦ならば、フォンガンの艦隊は全ての戦艦がこの場に残り、新手の来襲と作戦失敗時を想定した退路の確保に務める筈だった。
故に長時間の追撃は難しいものの、連合軍艦隊にとって心強い遊軍を得た事は確かである。

「何? 敵艦との衝突で穴が空いて浸水している艦がある? はっはっは! 気合いで掻き出せぇい! ……敵艦が邪魔で上手く進めない? はっはっは! 気合いで突破だ!」

 然し、強引な奇襲突撃は安楽武の想像を上回る損害や遮蔽を生じさせていた事も確かであり、連合軍艦隊はやむを得ずフォンガン隊に先行して進軍した。

 この水上戦で油郡艦隊は半壊。
大小合わせて二十八隻の戦艦を失い、内十隻が大破炎上、残りの十八隻が剣合国軍の手に渡る。投降した承土軍兵の数も一万を越え、戦死した者は四千にも上った。
そしてフォンガン率いる剣合国軍艦隊の損害は、二隻が大破、五隻が中破。死傷者は千五百名ほどだった。
連合軍艦隊に至っては盾役を果たした元海賊戦艦を含めた十隻の廃棄予定艦が大破。操舵手等二十名ほどが死傷し、ナイトは彼等を厚く遇した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...