大戦乱記

バッファローウォーズ

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人の想い、絆の芽生え

安楽武からの指示

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 ナイツは現状を記した書簡を、安楽武とバスナ宛に書いて届けさせた。
義士城に居る両名は、安楽武が返事を認め、バスナが様子見を兼ねて届ける事とした。

「……ナイト殿が嘆いていたぞ? 何で俺には相談してくれないんだぁー……とな」

 バスナはその日の夕方に現れ、ナイツと韓任の三人のみで会談を行う。

「ごめん、何か父上の事を数えていたら……ちょっとね」

「ナイト殿を数えるだと? 悪夢を見そうで嫌だな」

 ナイツは目線を剃らし、韓任は目を瞑り、バスナは全く同じ事を感じていた。

「……ともあれ、俺も軍師殿と話したが、先ずはこれを見た方が分かりやすいだろう」

 言って、バスナが一通の書簡を取り出した。安楽武が認めた返事だ。

 ナイツは徐に受け取り、すがる気持ちでそれを開いた。

「……このまま進めてくれって……それに、これは布陣図じゃ……」

 記されていた事は、作戦実行にあたり各将兵の役割と動員数に変更はないという内容。更には実際の布陣を記した図面だった。

「安楽武は正気なの? 韓任も俺も、今の状況では作戦の失敗を危惧しているのに……」

 返事の内容に、ナイツは納得しなかった。
だが一方の韓任は何かしら思う事があるようで、添付されている図面を見ながら顎に手を当て、とある事をバスナに確認する。

「バスナ殿……投降した承土軍兵を楽瑜隊へ配属するように決めたのは、安楽武殿であったな?」

「ああ。楽瑜殿は涼周軍内に生じる不和を懸念して、反対したそうたがな」

「……そして実際に不和が生じている状況で……この布陣か」

 三人は安楽武が認めた布陣図を注視した。

「輝士隊の先方に韓任、後続にナイツ本隊。涼周軍の先方に飛蓮、後続に涼周と楽瑜。輝士隊が河の西側、涼周軍が河の東側を進み、両軍は隣り合う様に」
布陣図にはそう記してあった。

 ナイツには、韓任隊の先方までは理解できた。だが水上戦に不慣れな飛蓮隊をよりにもよって涼周の先方とする事、涼周軍が承土軍領に面する東側を進む事は理解できなかった。

「……わざわざカイヨー兵を、苦戦させる場所に配置にする意味が分からない。それに楽瑜隊を飛蓮の背後になんて置いたら、彼女達はきっと裏切りを警戒して、ろくに戦えない」

「ナイツ様。安楽武殿がそれを承知でこの配置にしたからには、何かしら意味があります。……それを、バスナ殿に説明してもらいましょう」

 ナイツと韓任は一転してバスナを見詰める。

 注目を浴びて答えを求められたバスナは自信に満ちた目で返す。

「軍師殿の考えはもっと広く長い……彼はこの戦を、ただカイヨー解放の為だけとは思っていない。……あわよくば友好を結ぶ切っ掛けとする。それがこの作戦に隠されたもう一つの目的だ」
 安楽武の狙いを静かに語り出したバスナ。

それを聞いたナイツと韓任は、中々に強引な手の握り方を考えるなあの羽根軍師、と思った。同時に二人は、バスナも中々に過激な浪漫を求めているな、とも思う。

(……確かに今後の事を考えるなら、早い段階で両隊を和睦させるべきだけど……まさかあの安楽武が、危険と隣り合わせにしてでもそれを求めるなんて思わなかった)

 安楽武が望む状況は、彼が武闘派軍師である事を再認識させる友情の育み方だった。
更に言うと、一歩間違えれば大きな被害も出る危険性を承知で行う所に、安楽武の本気度と涼周軍への期待の程が窺い知れた。

 その日、バスナは軍港内に留まる事とした。全軍の様子を直に見る為である。
そして彼は思い知る事となる。涼周軍の騒々しさ、取り分け涼周の恐ろしさを。

「ばしゅな、ばしゅなの筋肉ぅー! ばしゅ筋! ばしゅ筋!」

「俺を典型的な不良みたいに言わないでくれ。それと俺を何処へ連れて行くつもりだ? まさかとは思うが、あの中か? ……何、そうだと? …………止めろ! 離せ! ふざけるな!?」

 楽瑜を筆頭に輝士兵、カイヨー兵、元承土軍兵の筋肉自慢達が上半身裸の状態で手を繋ぎ、大きな円を形作りながら、何か訳の分からない呪文を唱えてぐるぐると回っている。
義士城から遥々やって来た客人たるばしゅなは、彼等の儀式に招待され、満面の笑みを作る涼周に手を引かれて円の中央へと誘われていく……半強制的に。

「ふははっ……まぁーた儀式をやってるよ」

「ナイツ殿! 見てないで助けてくれ! お前は涼周の兄貴だろ!」

 仏像界の模範的無表情を見せて突っ立っているナイツには、外界の声は届かない。
無念! ばしゅなはやがて円の中央へと連れていかれた。

「おいぃ! 何だあれ、キモッ!?」

 夜空が割れ、後光とともに筋肉ムキムキの、小さく厳つい天使達が降臨。よく見れば手には酒を持ち、無精髭も生えており、一糸纏わぬ嬉しくない姿を示している。

「おおおおっ!!」

 何に感動するのか。ばしゅなを囲う兵達は大歓声を上げて回転を速めた。

(なんだ……この状況は……俺は、夢を見ているのか……? というか、夢であってくれ)

 地上に舞い降りたムキムキ天使達はばしゅなを囲い、兵達と同じ様に手を繋いでぐるぐると回り、呪文を唱えて訳の分からない加護を与えた。

 すると突然、ばしゅなの脳裏にピロリローン! といった効果音が響き、一拍遅れて誰かさんに似た、むさ苦しいお父さん声も聞こえてくる。

(貴方の顎髭の成長速度が一時的に加速しました。快便機能が追加されました。咖喱を作る技量が増しました。腹筋が唸り声をあげられる様になりました)

(はぁ……全く以て……全部いらんわっ!!)

 そしてばしゅなを意味もなく空中浮遊させた後、天使達は一様に親指を立て、えくぼの入った魅惑的な尻をちらつかせながら天へと帰っていった。

「…………はっ! やけにムカつく天使がいるもんだ」

 ナイツは既視感を感じるふざけた天使を、鼻で笑って見送った。
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