大戦乱記

バッファローウォーズ

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人の想い、絆の芽生え

水上戦の支度

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 玄海躑躅の月 第一週中頃。

 マヤケイがグラルガルナへ帰国し、飛蓮や侶喧達が飛昭の行方を探す中、剣合国軍はカイヨー侵攻の準備を着々と進めていた。

 対する承土軍陣営も防衛戦力を増強。荀擲と殷撰に加え、鉉彰ゲンショウ魏儒ギジュ、シセンの三将と精鋭五万が援軍として派遣された。

 承土は鉉彰を総代将に、魏儒を副将、殷撰を参謀に任命し、前線拠点の急造を指示した。
これを黙って見ている剣合国軍ではなく、遜康守将のメイセイが一万の兵を以て機先を制し、カイヨーへの先駆けを果たす。

 だが彼の軍は、鉉彰の武勇と魏儒の用兵を前に苦戦を強いられた。
メイセイは被害が増す前に撤退を決め、さしたる戦果を上げずに兵を退く事となってしまう。
この状況に際して軍師安楽武は、別の経路による強引な侵攻策を練り始めた。


群州北部シンシャク川  剣合国軍の船渠

「あの時に一応持って帰ってきたボロ艦だけど……これが役に立つのかな?」

 修繕中のボロ戦艦を眺めるナイツが傍に居る李洪に尋ねた。
ナイツ達が今居る船渠は、義士城のある派川を北東に上がり、シンシャク川の本流へと出た後に、西の檬屯湾へと向かう道中に築かれている。

「どうなんでしょう。私も今回の様な作戦は初めてですので……事の成否は何とも……」

 覇攻軍領の洪和郡攻めを前にした海賊討伐の折、ナイツ達は敵艦をお持ち帰りしていた。
目の前で修繕されている九隻の戦艦は正にそれであり、カイヨー侵攻に一役買うとの事。

「にぃに、にぃに! ボロッち! お舟ボロッちいね!」

「うん、本当にボロボロだね。……見れば見るほど、よくこんな艦で北の海から来たもんだよ」

 船体に近付こうとする涼周の手を引っ張り、危険な場所へ近付かせないナイツ。
二人の言葉通り、元海賊戦艦はあの時の戦闘で生じた損壊も含めて、凄まじい痛み具合だった。

「修理が完了するのに、どれぐらい掛かりそう?」

 修繕期間を尋ねたナイツに、技師長が経験則を以て答える。

「そうですねぇ、大分ガタが来てますので……一週間半は最低でも掛かるかと」

 約十日間。軍所属の一流技師を総動員させた大急ぎの作業でも、それが限界だった。
無論それでも充分に早いのだが、承土軍が日々守りを増強している事を考えると、ナイツと李洪には焦りを感じる作業日程だ。

(技師達も本来の業務を保留にさせて、その上で夜を徹した作業に当たってくれている。……彼等を思えば、これ以上の早さは求めるべきじゃないな)

「分かった。無理をしない程度で力を尽くしてくれ」

 ナイツは必要以上の無理を良しとせず、彼等が言った納期を素直に待つ。

 だが、ただ待つのは無駄というものだ。
ならば今の間にできる事を最大まで行うのみ。

「李洪、早速兵練開始だ。外にいる韓任達の許へ行こう」

 ナイツ、李洪、涼周は戦艦修繕の進捗状況を確認しに来ただけではない。
船渠に併設された軍港では韓任やメスナ、楽瑜に飛蓮達が居り、輝士隊と涼周軍による合同水軍訓練の準備を行っていた。

「どう? もうそろそろ始められる?」

「はい。あと一刻もすれば、全部隊の配置が整います」

 ナイツは旗艦に搭乗し、韓任の隣に立って船団を見渡す。
輝士隊の面々は既に準備を終えていたが、民兵主体の涼周軍が遅れている。特に、カイヨー兵は水上戦を不得手とする様だった。

「海賊討伐の時は敵艦に乗り込んで戦うだけでよかったけど、今度は完全な水上戦になりかねないからね。カイヨー兵の皆には頑張って慣れてもらうしかない」

 言って、ナイツは涼周を肩車し、遠くの戦艦からも互いが認識できる様にする。

「ほら涼周、カイヨー兵のみんなを応援してあげて!」

「うぅーん! みんな、頑張る!!」

「うおっ! 涼周様だ! うおぉ!」

「おおぉ! 頑張ってますよー!」

 鼓舞なしでも兵達のやる気は充分だった。残る問題は指揮官だろう。特に飛蓮だ。

「飛蓮殿! ヴァージナル(離れた場所に指示等を光信号で送信する機械。光信号は各勢力ごとに暗号化されており、情報部の兵が解読して伝令役を果たす仕組み)が正しく起動するかを確認する為、我が戦艦に信号を送られたし!」

「うっさい! 貴様に言われなくとも、今やろうとしてた! …………ねぇ侶喧、戦艦のヴァージって、どうやって使うの?」

「私も、戦艦はあまり詳しくなくて……楽瑜殿に聞きましょう」

「絶対に嫌だ。……取り敢えず、こうしてみて…………」

 飛蓮隊と楽瑜隊の連携は飛刀香神衆の頭目達が水軍指揮の経験に乏しい事や、楽瑜隊の兵士が降伏した元鉉彰隊の承土軍兵である事も影響し、滅茶苦茶な状態にあった。
後で聞けば、飛刀香神衆の水軍戦力は河岸守備を任されていた殷撰が纏めていたとの事。

「うわぁっ!? 何これ!?」

 陸地用を参考にした飛蓮が、見様見真似でヴァージナルを操作した途端、甲高い轟音に加えて赤の煙玉まで撃ち上がってしまう。

 壊滅寸前につき迅速な救援求む! ……という意味を持つ最終手段の緊急信号だった。

「緊急信号!? 如何されたのだ飛蓮殿!!」

「うっさぁい! 何でもない! 信号は送った! 貴様は自分の部隊を束ねていろ!」

 純粋に心配する楽瑜の気持ちに、憎さからくる罵倒で返してしまう飛蓮。
彼等のやり取りを第三者の視点で見ていたナイツは苦笑いを浮かべる。

「これは、前途多難……かな?」

 彼は韓任とともに改善策をあれこれと考え、その日は飛蓮隊と楽瑜隊へのフォローに徹した。
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